○終わりの始まり
1
夢を見ていた。
それは、とても幸せな夢だった。
家族と囲む温かい食卓。私のことを一番だと言ってくれた父、私をいつも守ってくれた母、私に一番懐いていたエル。
笑顔で口に運ぶのは母の作ってくれた自慢の料理たち。
形の歪な卵焼きは私が作ったもので、隣にある綺麗な卵焼きは母が作ったもの。
でも、父は私の卵焼きが一番おいしいと、私の頭を撫でながら優しい口調で言ってくれた。
私の心に翳りが生じるが、それを一生懸命消し去ろうと努力してみる。
結果はわかりきっているけど、それでも、抗わずにいられないのだ。
私は知っている。すべては、もう過去の産物でしかないのだということを、そして、その過去に縋ることの虚しさを。
――――――――どれくらい時間が経っただろう。
体感では一時間ほど経ったと思うのだが、どうやらほんの数秒しか経っていないようだ。
だって、私の体はまだ宙を舞っているところだから。
私は、目を見張ってある一点をジッと見つめる。
どんどんと影が大きくなっていくことを確認することができ、私がキチンと落ちていることを認識する。
さっきまでは、あんなにも空に近づくことができたにもかかわらず、一瞬で空からは遠ざかり、今度は地面に近づいている。なんとも滑稽なことだろう。
醒めた頭でそんな皮肉を、自分相手にぶつけながら、この世界を呪う。ただ、ただひたすらに呪う。
ぐちゃり、という生々しい音と同時に私の意識は途絶えた。
2
目が覚めるとそこは見慣れた部屋だった。
「私…生きてる?」
見慣れた、姿見にはあの日の私が鮮明に映し出されていた。
ただ、一つ違和感があるとすれば、恐らく、私は若くなっている。
子どもになっている。この部屋は私が子どものころ、まだ幸せだったころに使っていた部屋だから。
「エリ、起きてる? もう、朝よ」
懐かしい声が引き金となったのか、私の中で閉ざされていた温かな記憶が舞い戻ってくる。
そうか、私はやけにリアルな夢を見ていたにすぎないんだ。とりあえずは、そう思うことにした。
階段を下りると、死んだはずの母が忙しなく家事に専念していた。
「今日は少しお寝坊さんねエリ」
時計を見ると10時を回ったところだった。
「えへへ、なんだか怖い夢を見ちゃって」
「へー、珍しいわね。どんな夢だったの?」
「んー、とても辛い夢だったような気がするんだけど…。ごめんね、お母さん。あんまりよく覚えてない」
本当はすべて覚えている。
私の14歳の誕生日だった。母も父も、そして私もとても仲の良い家族だった。そのため、誕生日にはお祝いだと言って外食に連れて行ってもらえる予定があったのだが、その帰宅途中に運悪く事故を起こしてしまい、前に乗っていた父と母は死んだ。
それからは、地獄の日々だった。
私は、一命を取り留めたが、親戚をたらい回しにされ、結局は施設に入れられることとなる。
そして、そこでは、私を憐れむものと恐れるものがいるだけだった。
【先生】と呼ばれる大人たちは、私が両親を一度に亡くしたものだからと悲劇のヒロインとして扱った。
子ども達は、私を悪魔と呼んだ。私が両親を殺した。そんな心無い噂が独り歩きを始めるのも必然だった。
(あの子と一緒にいると死んじゃうんだよ!)
(知ってる。あの子悪魔の生まれ変わりなんでしょ?)
(あ、あの子、こっち見てるよ。ヤバイ、呪われる)
(怖いね、あの子とは関わり合いたくないね)
毎日、毎日毎日毎日、そんなことばかりを耳にする。
「…なんて、言えるわけないよね」
ボソっと呟く。
母は、「んー? なにか言った?」と反応するが、すぐに何でもないと伝え、この話を終わらせる。
すると、母は満面の笑みで私にこう言った。
「明日はエリの14歳の誕生日だから、お父さんが素敵なお店でディナーにしましょうって! どんなお店に行くのかしら、楽しみねエリ」
「え…」
私は言葉を失った。