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一章第五話   初夜

 おやすみと言いあって外に出る。壁に寄りかかって待っていたシャインは、こちらを一瞥すると会釈をした。


「姫様が呼んでるぞ。悪かったな」


「いや、ありがとう。姫様とはこれからもちょくちょく話をしに来てくれないか。あの子は寂しがり屋なんだ」


 彼女の顔は慈愛に満ちていた。騎士、姫の従者としてでなく友人か姉としての顔のように。


「私は姫様の世話役でもあったんだ。十五年ほど前からな。私が十、姫様がまだ三歳くらいの時だ。姫という立場からあの子は自由がない。君のような話し相手は珍しい」


(こいつ俺と同い年だったのか)


「本当にありがとうな。おやすみ、ヒロト」


 それだけ言って姫の部屋の中へ入っていく。不意打ちで返す暇がなかった。いつの間に呼び捨てになったんだ。


『ぷぷぷ、エンジョイしてますね!』


「煩い! 部屋に戻るぞ!」


 早歩きで廊下を進む。人はほぼ歩いていない。静かな廊下。踵が大理石を叩く音しか聞こえない。王の間の前にある中央階段。明かりはついているものの、人がいないとまるでホラーゲームの登場人物になったようだ。

 そういえば、ここの明かりに使われているのは松明などではない。これは電気だ。やはり魔術の類なのだろうか。俺の部屋として案内された場所にコンセント等がなかったのを考えると、やはり元の世界のような使われ方はされていないようだけど。


『ヒロトさん、誰かいらっしゃいますよ?』


 メメーリアの言葉で気が付いた。階段の下。こちらを見上げている影。表情は読み取れない。というのも、その者は黒いフードを被っていた。

 俺が一階まで降りてくるとフードの人物は会釈をし、その顔を露わにした。

 老人。白い髭を生やした男が白い眉に覆いつくされた目を少し動かししゃがれた声で俺に話しかけてくる。


「貴方様が、監査官殿ですかな」


「はぁ……まぁそうだけど」


『このお爺さん。ただならぬ気配ですよ!』


「おぉ、警戒なさるな。儂は隣国アンフスバナの魔術師、バジェス。今は王に招待を受けこちらへ来ておるがの。老婆心ながら……一つ忠告をしておきたく」


「忠告?」


「えぇ、元は敵国といえど今はこの国に忠誠を誓った身。この国には危険が迫っているのです」


 危険。ローラが言っていた大いなる闇のことだろうか。それについての忠告。俺はその言葉に耳を傾ける。


「この城に雇われている魔術師。マハ・マカに気を付けなされ。アレは人ではない。アレの存在はこの国、いやこの世界に災いをもたらす」


「マハマカ? そいつが人間じゃないとして……なんで王はそんな奴雇ってるんだ?」


「この城の人間は騙されているのだ。奴は人当たりだけは良い。しかし決して顔を明かさず、口数も少ない」


 それだけでは一概に敵だとは分からない。とはいえ、せっかくの忠告だ。ありがたく受け取っておくことにしよう。


「ふーん……ま、ありがとな。肝に銘じておくよ」


 何故か、これ以上話しているとマズイ。そんな不安が頭によぎる。この老人は殺気すら感じないが、どこか怪しい。

 しかしこの老人の言葉を鵜呑みにするわけではないが、マハマカとかいう人物のことも気になる。明日になったらシャイン辺りにでも聞いてみようか。

 片手を上げフラフラと揺らして礼だけ言いながら自分の部屋の方向へと歩いていく。後ろからの視線を背中に浴びながら。




「はぁぁぁ――やっと休めるのか」


 自室。柔らかい革製のソファに腰を下ろすと、背を伸ばした。疲れた身体が震える。こんなに歩き、疲れたのはいつ以来だろうか。

 メメーリアもモニターとして出現し、もう見慣れた天真爛漫そうな笑顔を覗かせる。


『お疲れ様ですヒロトさん。待望の異世界ライフはどうでしたか!』


「どの口でそんなことを言ってるのか分からないがその内縫い合わせるぞコラ」


『口が悪いですね……それにしても、一日目から色んな人に会いましたねぇ』


「騎士団長様にメイド、王様姫様魔術師。あー、濃い濃い。んでも姫様は可愛かったなー。あれはお近づきになりたい」


『シャインさんにそれ伝えたら面白くなりそうですね』


「――やめて、首どころじゃすまない。絶対に」


 シャワーは王に会う前に浴びたことだし、さっさと寝てしまおうか。俺は着の身着のままベッドへと身体を投げ出す。

 あぁ、気持ちが良い。ふかふかと柔らかいベッドは今までに感じたことのない心地よさだ。仰向けになれば高い天井が――


「あれ?」


『? どうしました?』


 天井に地図が貼ってあった。それは恐らくこの国だけではなく大陸全体の地図であろう。一際大きな城が描いてあるのが多分リンドブルム。

 その周りには七つの小国があり、その先にもう一つ、リンドブルムよりは小さいが他の国よりは大きい一つの大国。しかし注目したのはそこではない。大陸の形。


「なんか日本地図に似てるな」


『そういえばそうですね。といっても日本よりも面積はかなり大きめですけど。島国というか大陸になってますしね』


「そうだなー……」


「一日目からホームシックですか? この先保ちませんよー?」


 誰のせいだ。そんな言い飽きた文句などもう口から出てこない。ここでメメーリアと言い合っても疲れるだけなのだから。でも――


「いや、少し楽しみかな」


『お?』


「これからの生活がさ。今日は疲れたけど、久しぶりに走ってあんな喋って、まぁ充実してたんじゃないか?」


 今までの生活が生活だったからだろう。飽き性な俺がどこまで保つのかは分からないが。と、腹の虫がなった。そういえば今日は俺何も食ってないんじゃ。


『リア充ってやつですか。御茶菓子っぽいのならあるんでそれ食べたらどうですか』


 いや、それでは腹はあまり膨らまない。くそ、シャインやローラはいつ食べたんだ。二人とも夜は食べない派なのか?

 というか夕飯を食べるのも忘れて話しほうけていたというのか。どこまで舞い上がっていたんだ俺は。


「お金があれば食べ物でも出せるのに……」


『うンまい棒ぐらいなら出せるんじゃないですかねー。もぐもぐ』


「んなもん腹の足しに――って何食ってんだ」


『え? 私の夕食です。マグロのソテーです。うまうま』


「――寄越せ!」


 モニターをガタガタと揺らす。しかしメメーリアはびくともしない。そんなことは分かってるのだが、何故か匂いまでするような気がする。


『無理でーす。ヒロトさんの能力じゃないと転移させられませんので。ん~、でりしゃす』


 こいつ。もし戻れたら覚悟しておけよ。そう思いながら俺は寝てしまおうとした、時である。

 ノック音。続いてシャインの声。俺はどうぞとだけ言うと、彼女を部屋へ招き入れた。

 彼女は鎧を着ていなかった。寝間着か普段着か、髪も束ねていてとても新鮮だ。見た目普通の町娘に見える。とでも言ったら殴られそうだ。

 それに加えて良い匂い。これは食べ物の匂いだ。腹の虫がやかましい音で存在感を現す。


「ハハハ、すまないな。すっかり忘れていた。姫様に言われて思い出したんだ。そういえば私も夕食をとっていないとな」


 彼女が持ってきたのはシチューのようなものだ。白いスープ。その皿がテーブルの上に置かれると、俺は今日一番のダッシュで椅子に座る。

 驚いた彼女をよそにスプーンを握り、具を頬張る。これはジャガイモだ。ホクホクとしていて美味しい。


「ジャガイモが腹に染み渡る――!」


「落ち着いて食えよ? 農家の人達に感謝をこめてな」


「まるでおふくろみたいな言い方だな……」


「誰が誰の母親だって?」


 真顔で怒らないでもらいたい。怖い。少し力を入れればスプーンなんて砕け散ってしまうのではなかろうか。

 しかしどうやら、野菜等はこちらの世界と似通っているのか、ありがたいことだ。食文化の違いというのは暮らしにとって一番重要な事柄だ。

 ジャガイモという言葉に疑問符が浮かばなかったということは翻訳がそういった方向になされているのか、元々の名前が同じなのか。そこまでは分からなかった。


『あー! いいなぁシチュー。私も食べたいです……』


(マグロのソテー食ってる奴がなにを……)


「メメーリア殿は何を食べているんだ?」


『チンジャオロースというヒロトさんの世界にある料理です』


(さっきと食べている物が違う!!)


「お前どんだけ食うんだよ!」


『成長期なんです!』


「九百歳なのにか!」


『はい!!!』


 自信満々に答えられてしまった。シャインは「九百歳だったのか!?」などと驚いている。

 そういえば人と食事をするなんて何年振りだろう。そう思って、自分は人との付き合いを避けていたのだなぁと再認識した。

 長続きしない俺は、バイトを初めても大体数ヶ月で辞めてしまう。そのため人との関わりは薄い。というか面倒になってしまう。

 だがこの世界ではそれも通用しない。少なくともこのアホ女神とは長い付き合いになるだろうし、城の部屋を借りている以上シャインやリコッテにも世話になる。

 面倒だと思った時、俺はこの生活を続けられるのだろうか。続けなければならないのだけど。その内独り立ち出来るようにならなければ。



 

 食事を終え、後片付けをしているシャインをぼーっと見る。 なんというか家庭的っぽい。食器を纏め、テーブルを拭き。鎧ではないのも相まって女性らしさが際立っているのか。


「? 何を見ている」


「あぁいや、こうして見るとシャインって結構な美人なんだよな」


「は、はぁ? なんだいきなり。何も出ないぞ?」


 いやいや、結構な本気である。最初に会ったときにも思ったが、顔立ちもスタイルも良い。誰か特別な人とかいないのか? などと聞けば、顔を真っ赤にして「いないわそんなもん!」と返ってきた。

 もったいない。しかしこれ以上詰めると何か鉄拳的なものが飛んできそうなので止めておこう。

 片づけ終わって茶を飲んでいる彼女はとても様になっていた。

 そういえばと、姫様は夕食を摂らないのだろうか。そんな疑問を出してみる。話のタネにと思ったが、これが中々重たい話になってしまった。

 聞くところによると、幼い頃からその能力に悩まされていた彼女は、夜中、予知夢を見た時に嘔吐してしまうこともあったらしい。死や争いを予知した時だ。それ以来彼女は寝る前の食事は摂らずに一日二食。それも小食を心掛けているらしい。

 姫の姿を思い出す。細く白い手足。抱きしめてしまえば折れてしまいそうな儚い身体。

 病弱だと言っていたが、小食すぎることもその病を加速させているようだ。医者や魔術師の話によると体内の魔力が不安定になっていて上手く身体が機能していないらしい。

 と言われても俺にはなんのことだかはさっぱりだが。メメーリアはその話を聞いて深刻そうに黙っていた。コイツが黙り込むということはまぁ、それほどきつい話なのだろう。

 何はともあれ姫様のことが少し知れてよかった。シャインに礼を言うと彼女は「いや――」と一息置いて、俺に手を出すなと忠告してくるのであった。




 シャインが部屋を出ていく。明日の朝一番に仕事を与えるため起こしに来ると言い残して。正直ありがた迷惑なのだが働く他あるまい。

 王や姫に失望されないため、信頼を勝ち取ってこの国での生活をまともにするためには仕事を頑張ることが一番の近道であろう。

 メメーリアはどうやら、この未開世界への転移の原因を調べてくれているようである。会話に入ってこない時は上司に怒られてるか調べているかだそうで、俺は少しこいつのことを見直したが。


『ヒーラーである私を待っている同志(ゲーマー)がいるのでヒロトさんが寝てる間は邪魔しませんから安心してください』


「ゲームしてねぇで仕事しろやぁ!!」


 いや、それは俺も人のことは言えないか。とりあえず明日から頑張ろう。などとニートにありがちなことを思いながら、俺は床に着いた。


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