一章第二話 端麗なる騎士様
「お、話は終わったのかい。監査官殿」
「あ、あー……その呼び方は止めてもらいたい。ヒロトという名前がある」
「ん? そうか、監査官殿などと呼んでいたら皆緊張してしまって自然体を見せられないだろうからな。分かった、ヒロト殿」
というか実際監査官などではないので心が痛いというか。呼ばれ慣れていないから反応出来る自信がない。
メメーリアとの話が終わり騎士のほうへ向かうと立ち上がり、握手を求めてきた。出された手を握る。
山羊の頭を刈り取った者にしては柔らかい手。そういえばこの歳になるまで女性の手を握ったことなんてない。初めての感触に少しドキドキしてしまった。
「どうした? 顔が赤いようだが」
「い、いや。なんでもない。それより、アンタの名前は――?」
「あ、これはすまない。申し遅れた。私の名はシャイン。そこの国、リンドブルムの親衛隊を率いている」
「親衛隊……? 隊長?」
「そのようなものだ。外の魔物が狂暴化していると報告を受けパトロールしていたのだが、その途中で君を見つけたのだ」
『あやや、運がよかったですねー。ヒロトさん。見つかってなかったらあの魔物に潰されてましたよきっと』
(誰のせいだよ……ていうか)
親衛隊。ということは騎士団の団長ということか。通りで強いわけだ。
彼女は馬を引き、俺はその横を歩く。乗ってはどうかと提案をしてみたが、たまには歩くのもいいだろうと断られた。
多分俺のことを考えてくれているのだろう。馬は二人乗りが出来そうなほど大きくもない。鮮やかな黒毛を撫でながら城壁へと向かっていく。
後ろにプカプカと浮いているモニターは違和感以外の何物でもなかった。
「なぁメメーリア。その画面はどうにかならないのか?」
『こうしないとヒロトさん以外の方に話しかけることが出来ないのですよ。どうもこの世界とは通信が確立していないせいか使える奇跡に制限があるようです』
「ふむ、神の御業、奇跡か。見れば見るほど不思議なものだな。しかし町ではあまり使わないようにしてくれ。民が怖がる」
『分かってますよシャインさん。コレがなくてもヒロトさんとは会話が出来るので聞きたいことがあればなんでも聞いてくださいね』
「あぁ、助かる。さすがは女神様だな」
胸を張っているだろう。顔しか見えない画面からでも手を取るように分かる。シャインの社交辞令的な誉め言葉にも鼻高々に誇っているようだ。
単純。まぁそれも彼女の持ち味ではあるのだが。
歩き始めて、三十分は経った頃だろうか。俺は城壁の予想以上の大きさに身震いしていた。
それはメメーリアも同じなようで、「どうだ。大きいだろう」とか自慢げに大きな胸を張っているシャインに応えることもできない。
少なくとも五十メートル以上はあるだろうか。白くそびえ立つ城壁。所々に窓のような穴が開いているのは、銃か弓を放つためか。城郭都市。彼女が住む国はこの世界でも大国と呼ばれる国のようだ。
しかしこの城壁を使い戦争していたのは百年以上前のこと。今では元敵国とは積極的に交流しているらしい。
今では平和で、この城壁は観光名所のようなものだとシャインは言った。
首が疲れてきた。首を横に曲げて城壁をくぐろうとするシャインについていく。
「やぁシャイン様。見回りはもう終わりですかい?」
『はっ!!』
城壁の門。その関所らしき場所にいた一人の男がシャインへ話しかける。タレ目が特徴的なやる気のなさそうな男はヘラヘラとしながら手を力なく振った。
男の声が聞こえた瞬間メメーリアは姿を消す。危ないところだった。
「あぁ、道に迷っている旅人を見つけたのでな。保護して来た。通してもらうぞ」
「あいあい。全く御一人で見回りなんてもうしないでくださいよ? 心臓に悪いったらありゃしない」
「ふふ、すまんな。姫様が申したことだ。許してくれ」
男、恐らくこの国の兵士の一人だろう。その男と優しく話すシャインにはどこか母性を感じた。大人、というか上司としての余裕というか。
男の態度からいってそれなりに信用されているようである。
「と、そっちの兄さんが迷子かい? いい歳して情けないねぇ」
「は、はは……どうも、お世話になりまして」
兵士は笑いながら城壁から中へ入るための小さな扉を開けてくれる。俺とシャインは礼を言ってそこを通った。中はというと、真っすぐな道の先にもう一つ扉がある。
そこから見て城壁の厚さは六メートルかそこらといった具合か。異世界のことなのでどうにも謎だが、結構大仰な壁なのではないだろうか
「この城壁はただ建てただけではなく我が国の大工と魔術師殿が協力しあい建設したものでな。我が国最大の誇りだ」
そんな俺の考えを汲み取ったのか、彼女はそんなことを言う。会った時からちょいちょいと出てくる魔術という言葉。それに俺は少しの期待を覚える。
(せっかく異世界に来たんだし。見てみたいよなぁ、魔法――魔術?)
「さぁ、この先が我が国。王都、リンドブルムだ――」
観音開きの扉を開けると、そこには広大な町が広がっていた。
「――。はぁー――」『おぉー……』
開いた口が塞がらないとはこのことだろう。騒がしい町。などとは言うまい。とても活気のある町。どこまで続いているのか分からない街道。ごった返す人の群れ。色とりどりの屋根と、レンガのようなもので出来た家。
映像でも類をみない街並みがそこに存在していた。
それはメメーリアの目にも同様に映っていたようで、俺の頭の中に彼女の感嘆とした声が響く。
「ははは、ヒロト殿はこういった大きな町を見るのは初めてか?」
子供のように口を開けたまま首を縦に何度も振る。
正直に言って驚いた。都会のビル群のようなものを想像していたが、全く違う。俺は海外に行ったことがないので分からないが、こちらの世界のどこかにもこう行った場所があったりするのだろうか。
二十五年だらだらと生きてきた自分を初めて呪ったかもしれない。
「そうだろう、そうだろう! そう言ってもらえると私も嬉しいよ!」
「ぐっ――げほっ!」
「あ、すまない」
彼女は本当に嬉しそうに笑って、俺の背中を思い切り叩く。
あまりの力強さにむせてしまったが、彼女が背中をさすってくれて深呼吸をする。
「こ、これほど大きい所だったとは……驚いた。こんな所の親衛隊を率いているのか、シャインは」
「あぁそうさ。それに私は姫様のお目付け役、お世話係なんかもしている」
「へぇー……」
お姫様。会ってみたい。そんなことを思った。
「さぁ、それでは城へ向かおうか」
「城!?」
「あぁ、そうだぞ? 今日から君は城に住み込みで働くのだ。当然だろう?」
「え、ちょ――監査官として町に住み色々と情報収集をしたいかなー……なんて」
「――? 何を言っている。情報収集や町に出るなら城からでも出来るだろ? それに、幼い頃の出来事から働くことに異常な思い入れがあるとメメーリアから聞いているぞ?」
(あぁンのクソ女神ぃぃ!!)
『あ、あはは……この人の好感度を上げるために、つい……』
ここで怒り狂い怒鳴るわけにはいかない。ポジティブに考えるんだ。城で働くということはそのお姫様とやらに近づけるということ。
もしかしたらフラグが立っちゃったりなんかしちゃったりするんじゃなかろうか。
(あぁ素晴らしきお城での生活!)
そう自分を誤魔化すことにした。
城壁から町に出た場所からは、真っすぐ城まで道が伸びている。その横には住宅街。少し奥へ行ったところに市場や旅人のための宿があるようだ。
城へ向かう道すがら、シャインからこの王都の話を少し聞いた。
東西南北に分かれる四つの区域でこの王都は出来ているということ。俺らが入ってきたこの区域は南に当たり、川や湖、気候が優れているため住宅が多く所謂住宅街になっている。
他にも西は同じ大国の隣国が近いため商業が盛んであり、北は富裕層が多く住んでいるなど特徴を持っているようだ。
「全ての道は城へ通ず。城には四つ門があり、民がいつでも訪ねて来れるようにしているんだ」
セキュリティ的に問題はないのだろうか。
しかし、説明されている間にもシャインは色々な人から声をかけられている。
元気かい。これ持っていくかい。今日も可愛いねぇ。などなど。シャインという人物が皆に知られ愛されているということだろうか。きっと王も良い人に違いない。
水堀に囲まれた城。予想していたよりも大きくはない。灰色の石材で建築されたソレは何者の侵入をも許さないという意思が伝わってくるほど堅牢そうだ。しかし扉は開け放たれていて、橋がかけられている。
シャインの言う通り、いつでも訪ねられるように実にオープンだ。橋を行き来したり橋の上で商売をしている者も表情は明るい。
大きな橋を渡り、城門下。二人の兵士がシャインに敬礼をする。特に止められることなく通ると、城の美しい装飾が視界に入った。赤や銀の宝石がふんだんにあしらわれた壁、柱。床は……この世界でも大理石というのだろうか、良く見る石材が使われているようだ。目の前の二股に分かれている二階へ続く階段の前に、受付嬢がいそうなカウンターがあった。
「すまない、リコッテを呼んでくれるか?」
「おかえりなさいませ、シャイン様」
丈の長いメイド服を着た女性が電話らしきものを手にして話かける。こんな世界に電話。ちぐはぐな違和感を俺は覚えた。
『あれ、電話というより魔術の類ですね。私とヒロトさんが行っている念話のようなものです』
「……へぇ」
返事はするものの、俺はこの念話とかいうのもよくわかっていない。どういった原理なのか、とか。正直そういうのはノリで理解している。
少し待って、階段の上から少女が降りてきた。カウンターにいた女性と同じようなメイド服を着用した、まだ幼そうな女の子だ。
一五〇センチ程の背、桃色の髪はポニーテールにしており階段を一つ降りるたびに豊満な胸とともに揺れている。
「おかえりなさいませシャイン様!」
「あぁ、ただいまリコッテ」
甘えるようにシャインに抱き着く少女、リコッテ。うむ、目の保養である。まるで妹を慈しむようにリコッテの頭を撫でる騎士の姿は聖母のような暖かささえ感じる。
「で、そちらの方は誰です? シャイン様」
(――あれ、睨まれた?)
「あぁ、姫様が言っていた旅人だ。私は王に報告してくるから、リコッテは旅人――ヒロト殿を部屋へ案内しておいてくれないか? 空いている客間があっただろう?」
「姫様の……? 部屋は空いてますけど……その前にお身体を洗っていただいたほうが……」
なんか敵視されてそうだ。何故だろう。
少女が鼻を摘まんでいるのは外で汗はたくさんかいていたから分からないでもない。臭うだろうし、王様に会うというのにこのままなのも申し訳ない。
「そうだな。部屋に備え付けてある浴室があったろう、そこに案内してやってくれ。では、私は先に行くからな。ヒロト殿、また後で」
「あ、シャイン様……」
手を振ってシャインは階段を上っていく。寂しそうにしていたリコッテは仕方ないといった風に腰に手を当て、俺をじろじろと見始めた。
「えぇと、ヒロト様? では案内しますのでこちらにどーぞ」
(おい、さっきと態度が違わないか?)
彼女はぶっきらぼうに言うと階段へは向かわず左の廊下へ進んでいく。納得はいかないがここで文句を言っていても仕方ないのでついていくことにした。
部屋についたらとりあえずアホ女神様に色々問い詰めたいこと――もとい、確認しておきたいことがある。
そう思いながら、今まで見たこともない城の中を俺は歩いていった。