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一章第一話   現実世界に帰して下さい。

「――――ぅぁぁぁあああああ!!! ――ぐえっ!」


 落とされた先は、荒野だった。

 辺りを見渡すと、少し遠くに城壁のようなものが見える。


(あの女神め……送る先を間違えたな。町に出るんじゃなかったのかよ)


 やはりそういうドジキャラだったか。とりあえずあそこへ向かうとしよう。と、小腹が空いたので荷物から食料を取ろうとする。が――


(あれ、ない)


 なかった。食料がではない。荷物を入れていたバッグそのものがだ。扉へ入る直前までは背負っていたはず。となれば。


(あの飛び蹴りの時に落とした!?)


「おい! こら女神! 出てこい!」


 呼びかけに答える声はない。落ちているバッグに気づいて無視を決め込んでいるのか。仕方がない。腹は減るが少し早歩きで町へ向かおう。

 思えばこれは大きな一歩だ。今までろくに家から出なかったニートが、異世界へ足を踏み出すのだから。

 俺の心はとても期待に溢れていた。だからこそ、忍び寄る影に気が付けなかった。


「GRURURURUU――」


「――ん?」


 歩き始めた俺の背後から獰猛な獣のような声が聞こえた。まるで口を開け今にも俺を飲み込まんばかりの威圧感。汗が止まらない俺は、ゆっくりと後ろを振り向いた。

 そこにいたのは山羊。ではない。山羊の頭をした人間。大きな黒い翼。大きな角。二足歩行で歩いてはいるが足は明らかに人間のものではない。臀部から生えている尻尾の先は蛇の頭のようになっていた。

 右手には、木の幹のようなものを担いでいる。身長はゆうに俺の二倍以上。四メートルはいっていそうだった。


「――――」


 気絶しそうな頭を切り替える。そうだ、こういった危険がない時のために町を転移先にしているというのに。しかし俺もパラメータが上がっているはず。戦える。多分。


「GURURUGAAAAA!!!」


「んー……無理です!!!」


 怖いものは怖い。俺はすぐさま城壁へ向かって走り出す。奴はもちろん追ってくる。

 速い。すごく速い。で、俺は遅い。素早さに振っていたはずなのに何故。

 危うく追いつかれそうになるが、俺は急に立ち止まって身を屈めた。

 巨体は俺を跨いで速さを調節出来ず通り過ぎる。俺はすぐさま逆方向へと再び走り始めた。そんなときである。


『ヒロトさん!』


 あのドジ女神の声が聞こえた。


「なんで呼んでも出ないんだ!」


『あぁ、やっと繋がった! すみません、そこは未開世界です! 私のパソコンにエラーが発生していて、まったく違う世界に飛ばされてしまいました!!』


 未開世界。管理局が存在せず、未だに他の世界との連携が取れていない未発達の世界。管理局が存在しないということは、もちろん帰る手立ては一つしかないということである。


「なら強制送還してくれ! 俺は今襲われてる!」


『え? って、あれはバフォメット!? に似てるけど……なんでここに……。あ、そう!それが出来ないんです! こうして通信を飛ばすことが精いっぱいなようで……パラメータは反映されているしスキルも発動できるみたいですけど――』


(なんてことだ――! 帰れない? 冗談じゃない。なら俺は――!)


「はぁっはぁっ――なら、戦うぞ! それしかない!」


『そ、それがぁ――』


 女神はどうしてか歯切れが悪い。まだ、帰れないこと以上に厄介なことがあるというのだろうか。


『パラメータにも不手際がありまして……その、他パラメータが最低値な代わりに運極振りになってましてー』


(運極振り!? マックス!?)


「じょおぉぉだんじゃない!! スキルは!」


『そ、それは使えます。この世界に来たことでアナタのスキルは確定されました!』


(それなら良い。早いとこそのスキルで倒して町へ行って俺はビールを飲む!)


『アナタの能力は好きな無機物をその空間に出現させることが出来ます!』


「おぉ、それは便利じゃないか! 使い方は!」


『まず、出現させたい空間をイメージして――』


 俺は山羊――バフォメットの上に転移してくるであろう空間を言われた通りにイメージする。

 チート能力のお披露目といこうじゃないか!


『そして、なんでもいいから叫んでください!』


「よし、なんでもいいから重いモン! 出てこおおぉぉい!!」


『あ、でも一つ言い忘れてたことが――』


 彼女が何かを言い始めた瞬間、山羊の上の空間に歪のようなものが生まれる。空が紙を手で潰したときのような皺を作り、何かを産み落とした。

 ポンッ――

 ――ガィン!

 とても、痛そうな音が聞こえた。

 山羊の頭に直撃したそれは地面に落ちるとこちらまで転がってくる。これは、樽? 見たことあるような、ないような。


『あー……樽、ですね。ビールの』


 樽の横にはKIRI〇のロゴがあった。その横には、伝承でよくきく麒麟の絵が彫られている。それに二十リットルと丁寧に書いてある。


『キ〇ン一〇搾りの二十リットル樽ですね』


「なんでそんなものが!!!」


『ビール飲みたいとか思ってませんでした?』


 確かに思っていた。思っていたけれども! ここは巨大な剣かなんかを召喚して敵をバッサーと倒すところじゃないのか!


(しかも樽から飲むには専用のビールサーバー必要なんですけど!!)


 飲み屋で何度も見たことがある樽だった。機械にチューブを繋いでこうレバーを入れてシュワーってなるアレだ。専用のチューブやサーバーがないと使えない代物だった。

 仕方ないのでこれを武器にしようとしたが――


「軽い! 空の容器じゃねぇか!!」


 片手で持てるほど軽かったそれを俺は山羊に向かってブン投げる。樽は角に当たった。


「あ――」『あ――』


 声が重なった。何が起こったか分からず頭を撫でていた山羊は、俺を再認識すると、赤い目をさらに赤くして木の幹を振り上げる。


「く、くそ――剣かなにかこい!」


 もう一度スキルを使おうと試みる。しかし、何も出てこない。間に合わない――。

 急いで横に飛ぶ。ごろごろと転がり、掌を地面について俺は起き上がる。俺が今いた場所には巨大な幹がめり込んでいた。山羊の横をすり抜けるようにして、俺は城壁への逃走を再開する。

 山羊は振り下ろした幹が地面に少し埋まってしまったらしく、抜くのに四苦八苦していた。

 走り、逃げながら女神を呼び出す。


「へ、へん! ざまぁ見ろ! で女神よ! なんでスキルが使えん!」


『あー、さっき言おうとしたんですけど。そのスキルにはちょっとした……ちょぉーっとしたデメリットがありましてぇ』


「なに!?」


『スキルを使って呼び出すとですね。呼び出した物の金額を払わなければならないと言いますかですね。アナタの全財産から引かれます。そして全財産以上の物は基本、呼び出せません』


「――樽っていくらなんだ?」


『相場だと一番〇りの二十リットルは一万一千円ほどですね』


(俺の! 全! 財! 産! がっ!!!)


『なのでしばらくは使えないというか……稼がないと――あ、あぁ。泣かないでください』


「泣いてねぇよ!? 能力は能力でもなんでデメリットがあるんだよ! ていうかなんでそんな大事なこと、言わなかったんだ!」


『い、言おうとしたんですよー! ヒロトさんが早漏だったんじゃないですかー!!』


「早漏って言うんじゃねぇ!! 俺はどちらかと言えば遅漏だ!!」


『聞いてませんよっっ!!』


 いや、そんなことを言い争っている場合ではない。幹を諦めた山羊の足音が聞こえてくる。やはり速い。このままでは追いつかれる。それに俺の体力も限界だ。


「くそ……っ。ここで死ぬのかぁ――俺」


『そ、そんなこと言わないでくださいいぃぃ!』


 半ば諦めて俺は地面に崩れ落ちる。後ろから聞こえる足音が前からも聞こえてくる気がする。空耳か、仲間が挟み撃ちをしようと俺に向かってきているのか、俺は肩で大きく息をした。


(願わくばかわい子ちゃん連れ込んでイチャコラしたかった――!!)


『ヒ、ヒロトさん! あれ!』


 女神が叫ぶ。それと同時に、俺の横を通り過ぎていく風。山羊の悲鳴のような叫び声。何かが落ちる音。

 振り向いた俺の前には、赤く、腰まで伸びた髪を風に揺らしながら騎士が黒い馬に跨っていた。


『翻訳は――出来そうです! 話せますよ!』


「無事か、旅人よ」


 その声はとても美しい女のものだった。振り向いた彼女の後ろで、首のない山羊が倒れていく。美しいと俺は感じざるを得なかった。少しツリ目だが愛嬌の溢れる顔。綺麗な真紅の瞳に血のように鮮やかな髪。身長は俺より少し低そうな。一七〇程だろうか。

 身体のラインを隠すような白く立派な鎧は山羊の返り血を浴びて所々赤黒く光っていた。


「あ、あ――」


「可哀そうに。怖くて声も出ないか。旅人よ。護衛はどうした? まさか冒険者ギルドの許可を得ずに旅をしているわけでもあるまい。奴にやられたか?」


『ヒロトさん、この人現地の人っぽいですよ! 助かりました!』


 その言葉は俺の耳には入っていなかった。美麗な立ち居振る舞いと先ほどまで立たされていた恐怖で頭がおかしくなりそうだ。気が付けば、俺は馬を降り近づいてきた彼女の腰に抱き着いていた。


「ちょ――な、なにをする痴れ者! 離せ! 離さんか!」


 腕で頬を思い切り押され、否応なく離れる。力が物凄く強かった。これが異世界の騎士。同時に情けなくなってしまう。


「それで、君は誰なんだ。よく見れば荷物も持っていないようだし。浮浪者か?」


『それは私から説明しましょう』


 何かが破裂したような軽い音を立てて、女神を映し出したモニターのようなものが俺と女騎士の間に出現した。


「な、なんだ!? 魔術の類か! 貴様――なにものだ!」


『わわわ、待ってください。私はメメーリア。アナタ方の世界でいう神です!』




 体育座りをしている俺を放置し、女神と騎士は会話を重ねる。どんな話をしているのだろうか。騎士の方は驚いたり涙ぐんだりしている。嫌な予感がする。ある程度時間が経った後、二人――というか一人と一個は俺の方へ歩いてきた。一個は浮いてきた。


「うむ、文献で読んだことはあったが、まさか異世界が本当に存在していたとは。しかし監査をするのに我が国を選ぶとは監査官殿もお目が高い!」


「――……ん? 監査?」


『わわわわわ!』


 俺の身体がモニターに引きずられる。物理的に触れるのかこのモニターは。

 どうもメメーリアの話だと上司からの雷を避けるため俺を監査官として未開世界へ送り出したということにしたらしい。勝手なことをと怒られたものの、もしパソコンに不具合があってメメーリアのミスで俺が送られた場合、もっと怒り狂っていたようだ。


(余計なことを……!)


『うぅ、睨まないでくださいよぉ……最初の仕事からこんなことしでかしたらクビが飛んじゃいますからぁ……』


 甘えるような声で両手を合わせ、祈るように頭を下げるメメーリア。正直俺はこう妹みたいに甘えられると弱い。仕方ない。フォローはしてくれ。そう言うと女神は突然笑顔になった。


(騙されたか!)


『と、いうわけでですねー。ヒロトさんは幼い頃両親を亡くして孤独だったところを神に拾われて育ったということにしてありますので』


「なんでそんな設定なんだよ!」


『お涙頂戴な設定の方がこの世界の方々に受けると思いました!』


「自信満々に言うんじゃねぇ! だからさっきあの人涙ぐんでたのか!」


『結構ばっちぐーでしたよ!』


 ウィンクしてグっと親指を立てるその姿に結構イラついた。モニターを掴んで振るがやはり画面は画面。向こうへは一切効果がないらしい。残念。これ以上文句言っても仕方がないので、言われた通りに振舞うしかない。

 少なくとも帰る方法が分かるまでこの世界で暮らしていかなければならないのだ。


(生きていくにもスキルを使うのにも働かなきゃいけないとか……苦痛。超苦痛)


「女神様」


『はい、なんです?』


現実世界(リアル)に帰りたいです」


『無理ですね。はい、あの方の所に戻りましょう』


 俺の願いは神へと届けられなかった。

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