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一章第十一話  初めての"戦闘"

「え――」


 気が付いた時にはもう遅かったのだ。それが俺の過ちで引き起こした事なのだと、俺は瞬時に理解した。


「ク、クク――」


 笑うのは彼女ではない。先ほど呟いたのも、彼女の口から発せられたものではない。彼女の目の奥。そこにヤツは居た。


 バジェス・マジェス。敵国だった国の宮廷魔術師。マハ・マカを警戒していた男――!


「姫に狙いを定めていて良かった。この魔術はちょいと消費が過ぎるのでな」


 目の奥から男は消えた。ふとローラの影が目に入ると、そこからバジェスの頭が姿を現す。魔術。何らかの魔術を使ってコイツは姫の中に入っていた? 何故。


「動けば気付かれ処分されてしまうからのう。派手に出来んかったが、なんとか掴めたようじゃの」


 ローラは椅子の背もたれに身体を預けぐったりとしている。僅かに汗をかいているようだが、命に別状はないのか、それだけが心配だ。


「お前、お前が――神殺しの男なのか?」


「さて、どうじゃろうな。儂の役目は貴方の正しい姿を知る事。そしてあのマハ・マカの正体を掴むことじゃ。なるほど女神――因果じゃのぉう」


 カッカッカと老人は楽しそうに笑う。白髭と眉が揺れ、その瞳は見えない。俺はなんということをしたんだ。例え姫様が味方になってくれると言っても、こういった能力がこの世界にあるのだと考えもしていなかった。


「不思議そうな顔をしておるの。まぁ、過去から来たのなら無理はあるまいて。儂の魔術は戦闘にこそ向かないものの情報収集には優秀じゃからなぁ……マハ・マカが儂を警戒していなかったのはありがたいことじゃのう」


(ペラペラペラペラと喋ってくれる――!)


 老人は姫と俺の間にいる。西日がローラの影を此方に向けているからだ。その影から出てきた男は一歩も動いていない。ここで例えば何かを出して投げれば、あいつは避けて姫に当たってしまう危険性がある。手出しは出来ない。


 逃げるか。だが逃げたら姫を人質にしかねない。いや、人質にするならもっと前にやっているか? 奴の目的は――


「俺やマハ・マカの正体を知ってどうする。お前が神殺しではないとするなら、報告でもするか?」


「それは貴方が知るべき事ではない――ここで死ぬのだから」


 奴の態度が少し変わった。と同時に、地面を蹴る音。バジェスは姫から離れ、俺との間合いを一気に詰めた。


「――っ!」


 目の前まで来られてようやく俺の身体は動く。遅い。今までの鍛錬はなんだったのかと自分を叱咤する。左足を弾いてサイドステップ。今まで俺が居た空間には、黒い塊が浮いていた。


 魔術。あれは恐らくバジェスが放った魔術。黒い塊は収縮し消滅したが、俺の身体に異常はない。避けられたという事だろう。頬に汗が伝い、足が僅かに震えているのが分かった。あれを食らっていたらどうなっていたのだろうか。


「怖いですかな?」


 図星だ。認めよう。俺は初めて死ぬ恐怖を味わっている。鍛錬とは違う明確な殺意。奴の放つ暗く重い威圧感は俺の身体にのしかかる。


「ん、ぅ」


 姫の吐息が漏れる。そうだ、俺がここで怖気づいては彼女に危険が及ぶ。こいつを、バジェスをここで――


 ――両手に力を。奴に勝てる。俺の力を――


 確かな感触。俺の手に握られたその柄を強く握り直す。思った通りこの力は異世界――過去からだけではなく、この世界からも召喚出来るようだ。使うのは初めてだが短剣での戦い方なんて知ったことではない。今はただがむしゃらに、放つ。


 奴よりも早く俺は動きだした。身体を低くして左手に持ったダークを下から斬り上げる。バジェスはなんなく躱し黒いローブの切れ端が宙に舞った。すかさず二撃目。右手で突き刺すように心臓を狙う。が、それも紙一重で終わった。


 俺から見て右へ身体を逸らし俺の二撃目を避けていたバジェスはその手に自分の左手を添える。トン、と押されると簡単に俺の身体は半回転した。刹那――背中に鈍痛。奴の膝で背中を強く押された俺はなすすべなく地面に這いつくばらされた。


「ぐ――げほっ」


 押されたなんて生易しいものではない。老人とは思えない身のこなしと力。良く見れば奴の膝は黒い膜のようなもの覆われている。


「魔術師が肉弾戦を苦手なものと、勘違いしてやいないか?」


「取り繕うのは止めたのかよ……ペテン師」


 バジェスの話し方は最初の時から明らかに変わっていた。姿は老人のままだがその喋り方や動き方は若さを彷彿とさせる。


「なに、まさか向かってくるとは思わなかったからな。少し相手をしてやろうと思っただけだ」


 そう言って彼は構えを取る。武器は己の魔術と体術だとでも言いたいのか、奴は拳を握りいつでも俺の方へ飛び掛かれるように身体を向けた。


 起き上がった俺は背中に痛みを覚える。逆上がりに失敗して背中から地面に落ちた時なんて比較にならない程痛い。昼に食べたサンドイッチが逆流してきそうだ。唾を飲み込み意地でも抑える。弱音ごと吐き出すわけにはいかない。


 広いとは言え行動に限りのある部屋の中。所狭しと走り回って戦っていてはローラに危害が及ぶ。最小限の動きで奴にダメージを与えなければいけない。


 ジリジリと半歩ずつ俺は右へずれていく。奴は動かない。それは俺を警戒しているわけではなくただどんな行動を起こすのか楽しみといった風だ。


 立ち止まる。これで俺の先に姫はいない。背もたれに寄りかかっていた彼女はいつの間にか机に突っ伏している。寝ているだけならいいのだが、病弱な彼女が今どうなっているのかは俺にも想像がつかない。もしかしたら先ほどのバジェスの魔術が身体に悪影響を及ぼしているかもしれない。


 両手のダークを握りしめて床を蹴った。敵との距離はそれほどない。すぐさま敵の懐へ入り――掌底を下から鳩尾に打ち込まれた。


「か、は――」


 呼吸が止まる。視界がブレてバジェスの姿が確認出来ない。胸に強烈な痛みを感じながら膝に床の感触。かろうじて地に手をつけ留まるが、両手に持った短剣は金属音と共に投げ捨てられた。


 胸を片手で掻きむしる。痛い――脂汗がにじみ出てシャツを濡らす。跪く様に掌を地に付けるその無様な恰好のまま、俺は冷静に頭の中で形を紡ぐ。


(これが――俺のギフトだ)


 床の紋様が僅かに揺らめいた。俺を見下げていたバジェスが異変に気付き、その場から退こうとする。その足首を俺は胸を掴んでいた手で固定する。もう遅い。少しだけ体勢を崩した奴はせめてもの抵抗と言わんばかりに身を捩る。


 瞬間――床から数本の剣が天井目がけて抜けていった。全てあの倉庫で見て、触れていた剣。放たれた剣はバジェスの身を引き裂いていく。


「ぐ、うぅぅ――!!」


 奴の声が聞こえる。身を捩った所で無意味だ。奴の身体を纏うように剣は出現する。床に落ちる血液、黒い布。確実に剣はバジェスの身体を裂いた。


 天井に刺さった剣は順々に消えていく。血に濡れた奴の足が手から滑り抜けた。だがバジェスはよろけながら後退りするだけで反撃しようとはしない。俺が彼を見上げた時には、その瞳は闇に濡れていた。


「もっと、早く……殺しておくべきだった……そんな芸当が出来るとは……ギフトとはまさに神の力か……」


 吐血。血まみれの身体を微かに残ったローブで隠しながら、よろよろと彼はクローゼットに背中をこすり付ける。


「ク、クク……貴様の様な若造に……儂が、殺される……? 油断していたとはいえ無様なものよ。これでは国王に顔向けが出来んわい」


 隣国アンフスバナ。その宮廷魔術師である彼は、自嘲気味に笑い始めた。彼を殺すということは隣国に喧嘩を売るということ。だが、俺はこいつを逃がすわけにはいかない。


 床に落ちていたダークをギフトの力で召喚し直す。そのまま流れるように、俺はその短剣を奴の胸目がけて投げた。


「ぐ――」


「……ラッキー」


 短剣は心臓部分に深々と突き刺さる。バジェスは床へ倒れていくと、そのまま息を引き取った。


 殺したという実感はない。人を殺した事などもちろん一度もないが、何故だかそれほど悪い気分でもなかった。

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