一章プロローグ 前略見習い女神様
「おめでとうございます!! 特等! 異世界への移住権を獲得致しました!」
夕食の買い物の帰り。買った時に貰った福引券をどうせだから使ってみようと軽い気持ちで使ってみた。
荷物を片手にやる気なくガラガラと回して出た球は虹。金でも白でもなく虹だった。
これはなんだと思ったが、受付の兄ちゃんはカンカンカンカンと煩い手持ちの鐘を鳴らし、先ほどのセリフをどでかい声で言ったのだ。
「えぇ……」
これはさすがの俺もドン引きである。人生の全ての運をここで使い果たした気がしてならない。
西暦一九八九年。日本が平成へと移り代わる頃。世界は異世界との通信、行き来を可能とした。
西暦二〇〇一年。自由に行き来出来てしまうことに侵攻、戦争が起こってしまうのではないかと不安になった神々が、初めて人類の前に姿を現し、世界各地、異世界各地に移動や通信を取り締まる機関を設立した。
異世界管理局、スターゲイザー。この施設が設置されたおかげで神の遣いとして異世界への旅行、移住が認められた。もちろん、それが可能とされるものは神の試練をクリアする必要があるのだが。
(あー、どうしよ。持って帰ってきちゃったよ)
たまにこうやって運だけで移住権を受け取れる者もいる。それは数十年に一人いるかいないかの確立で、今まで何人いたのか、どんな人物なのかは一切明らかにされていない。
旅行者には基本、一人につき神が一人ついてくれる。マンツーマンというやつだ。主に道案内や現地人との仲を取り持つ役目だが、悪さをすれば神の権利を発動し強制送還。
(とりあえず、明日行ってみるかな)
俺、秋山ヒロトはいわゆるニートである。二十五になっても未だ働いていない。
いや、働いたことはあるんだ。あるんだけど……長続きしない。少し貯金が出来ると止めてしまって豪遊する。そんな生活が続いている。
親もそんな俺を見放して遠くに住んでいる。この安アパートの一室で俺は孤独を満喫している。
どうせだから旅行してみよう。この貰った券さえあれば無料なんだから、と俺は軽い気持ちで決めた。
券の後ろには名前と生年月日、性別、住所を書く欄があったので書いておく。
まるで遠足に行く前の日のような気分で、俺は就寝した。
朝起きて着替える。異世界なのだからラフな格好で行こう。荷物は、食料と着替えくらいでいいだろうか。乗り気ではなかったが、いざその日になってみると胸が高鳴る。心が躍る。
髪は……いつもならワックスで固めるのだが止めておこう。特徴のない髪型だけれど。
家を出て鍵を閉めて駅へ向かう。管理局は隣の町。駅からは徒歩五分ほどにある。スマホで友人や親に少し連絡が取れなくなるかもとメールを送っている間に、目的地についた。
それほど大きな建物ではない。が、中に入ると外見以上の空間が広がっている。これは設立者の神が空間を捻じ曲げることに長けており、世界のスペースを出来るだけ使わないためにと工夫を凝らした結果らしい。
見た目は銀行っぽい。五十人近くが座れるであろうソファと、暇つぶしのための液晶テレビ。
受付カウンターでは堅物そうな役人が訪問者の対応をしている。
俺はその内で空いている受付へ近づくと、七三分けのサラリーマン風な人が出てきたので券を渡した。
「あー、くじ引きで当たったんスけど……いいですかね?」
「はい、わかりました。少々お待ちくださいませ」
待合室のソファに座って少し待つ。スマホを見ると圏外だった。ここの空間が捻じれているからだろうか。……テレビはどうやって流しているんだろう。
うつらうつらと船を漕いでいると、名前を呼ばれてバッと立ち上がる。先ほどの受付員が呼んでいた。
「ヒロト様。神様の準備が整いましたので二番の部屋へどうぞ」
受付の右側。一から十までの扉があった。まるで病院の診察室みたいだ。そう思いながら、二番のドアノブに俺は手をかけ、開いた。
「いよっしゃぁ! そこだ! 行け! 追い越せ! 引っこ抜けええぇぇ!!」
そんな声が聞こえて、俺は部屋に入った途端動けなくなった。
「あぁ! 待って待って待ってえぇ! な、んでそこで落馬すんのよもおぉぉぉ!!」
女神? はテレビを見ながら叫んでいる。彼女の耳には赤いペン、片手に新聞。テレビには走る馬。馬から落ちる騎手。これは――
(競馬――!? 神が! 競馬!)
ぶつくさ文句を言いながら、その女はこちらに振り向いた。
キラキラ光るような金髪に、翡翠色をした双眸。若干十歳前後とも思える肢体だが、背中からは白い、体格に似合わないほどの翼が二つ生えていた。天使。そんな言葉が頭に浮かんだが、思えばこの娘は神様である。機嫌を損ねないようにしなくては。
「あら、あらあら。お客さん来てたんですねー。いやー、失敬失敬。あれ、お客様!?」
「な、なに……驚いてるんだ?」
驚きたいのはこちらのほうだ。
「だってだってだって! このメメーリア初めてのお客様なんですよ! これは張り切っちゃいますよー!!」
「――チェンジで!!!」
力一杯叫んだ。嫌な予感しかしない。初めてということは新人。新人が接客? 前に競馬なんか見ているのか。これは地雷――! 明らかな地雷――!
「残念、出来ません♪」
(マジか!)
「というのも、ここへ来る方によって私たちは一番合っている者が選ばれるのです」
「つまり……?」
「アナタという人間に合う女神が私だったということです。フフン。それは性格であったり、立場であったり、世界のどのような立ち位置にいるかによって違うのです」
(てことは最底辺と同じってかこいつ!)
「んま、私という力づよーい女神がついているのです。大船に乗ったつもりで異世界へ行ってきてくださいませ! アッハッハ!」
(あー、ついてないなこりゃ……泥船だわ)
カウンターの向こう、椅子に立って胸を張り声高らかに笑う女神。確かメメーリアと言ったか。可愛らしいが性格に難あり。そんな感じの女神だった。まぁ、曲がりなりにも神である。安全ではない、ということはないだろうが。
「さってと。さっそく手続きを致しましょうかー。あ、私の名前はメメーリア。見習い女神ですが神様学校を主席で卒業した天童なのです! ちなみにナリは小さいですが九百年生きてるのでアナタよりずぅっと年上ですからね!」
(ババ――いや、ロリババァか。どうせ人間に換算すると九歳くらいなんだろうけど……)
ジャンプして椅子にポスンと座り、カウンターの上に乗っているノートPCをカチャカチャとタイピングしている。USBで繋がっているゲームのコントローラーのようなものは見なかったことにしておこう。
「ヒロトさん。目的は移住ですね。では住む所はこちらで手配しておきますね。仕事は向こうで探すことも出来ますが、こちらに戻って今の仕事を継続することが出来ます。どうします?」
「あー、俺無職なんで。向こうで」
「…………。はい、向こうでですね。わかりました」
(あ、こいつ明らかに今侮辱したような目を向けた)
向こうでも働く気がない。なんて言ったらどんな顔されるのだろうか。というか物価がある程度変化ないようにされているとはいえ、向こうの仕事なんてきつそうでやってられない。
「こちらへは基本いつでも帰ってこれます。その場合は管理局に行ってもらって手続きをする必要があります。また、悪事を働いた場合は私の力で強制送還させていただきます。そこまで大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫……っス」
「それでは、アナタのステータスにパラメータを振ってください」
(ぱらめーたー?)
メメーリアがパソコンの画面をこちらに向けると、俺の顔写真といくつかの項目、数値が出てきた。
腕力、体力、精神力、素早さ、運の良さなどそれぞれにポイントが振れるようになっていた。
「向こうは危険なので、魔物から身を守るために多少身体が強化されます。尚、こちらへ戻ってきたときは今の状態になるので上がったままというわけにはいきません。振れる数値には限りがありますが、自分の長所を伸ばすのをオススメします」
(なんだそりゃ便利だな――って俺の現在のパラメータ一ばっかじゃんか。長所もなにもあったもんじゃないな……とりあえず、力と素早さを多めに振って残りを体力に……防御とかあるけど、いっか)
「――ぷっ。攻撃と素早さ特化とか、脳筋みたいですね、ぷふっ」
いくら女神とはいえ殴りたい。
「それでは、次にスキルの説明です」
「あぁ、異世界に行くと誰でも一つスキルが貰えるっていう。選べるのか?」
「選べません。それは移動した際に担当の神の質によってランダムで選ばれます。まぁ、私が担当なんです
からきっと素敵なチートスキルですよっ!!」
(あー……どーでもいいスキルだなこりゃ)
なんでこの女神はこんな自信満々なんだろう。不安が加速する。この脳内のお花畑でゲームやりながら馬に乗って落ちてそうな神に任せていていいのだろうか。
「と、アナタの所持金はこちらのほうで換金して向こうの銀行に預けておきます。こちらへ戻ってくるときは再申請していただければ大丈夫ですからね。アナタの今の貯金額は――」
「あ、ちょっと!」
「――。一万と二千円ですね。ハイ。換金しておきます」
(これはセクハラならぬマネーハラスメントとか言わないんだろうか)
苦笑いをしながら彼女はパソコンにしばらくタイピングをした後に、画面をこちらへ向けた。
「この内容を読んでいただいて、問題ないようであれば下の赤いボタンをクリックしてくださいな」
その画面には俺が打ち込んだパラメータ。移動する異世界の名前、町、宿の名前等が書かれていた。
そして規約。これは、読まなくてもいいか。てきとうに呼び飛ばして、俺はオーケーと書かれた赤いボタンにカーソルを合わせてマウスを左クリック。その瞬間――カウンター横、奥にある赤い扉がいきなり開いた。
(びっくりしたぁ)
「さぁ、この扉に入ってください。そうしたらアナタの素敵な異世界ライフが始まります。私はアナタの脳内に直接語り掛けてナビゲート致しますので安心してください」
「――それってずっと見られてるってこと?」
「そうですね、神は四六時中旅人を見張っているので眠る時間はないですし必要もないので、基本はずっとです」
「それは困るなー。ほら、夜とか、向こうの娘と懇ろになったりとか――」
「そういった場合はこちらからシャットダウン致しますので早く行きなさいこのニートォ!!」
右手の人差し指と親指で輪っかを作り左手の中指を出し入れしてみる。それを見て顔を赤くした女神は受付机に手を置いて飛び上がり見事なライダーキック。俺の腰が痛いと悲鳴を上げる暇もなく、俺は扉の向こうに吸い込まれていった。
「まったく――あ、あら? なにこれ」
彼女のパソコンに重大なエラーが発生しましたと警告が出ていたことは、その時の俺は知る由もない。
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