第7話「悲しみの風 前編」
パンドラとの戦いが終わってから早数年・・・・僕はあちこちを飛び回り、世界を見て回っていた。もちろん、人間にばれないように地上から遥か高い場所、雲の上からのぞき込むように見回る。
今の僕の気分は爽快そのものだった。ずっと海の中にいてばっかりだった反動からなのか、体に浴びる太陽の光が心地よく、気持ちが穏やかになっていくのを感じる。
(後一回、世界一周したら海に戻ろう。)
僕は心の中でそう決めつつ、雲から顔を出し、地上の様子を見る。
地上は何も変わっていない。平和そのものだ。ふと、視線を海の方に移してみると、海面に渦潮ができていた。
(あれが渦潮かぁ・・・・初めてみるなぁ・・・・)
僕は初めて見る渦潮に見とれていた。すると突然、渦潮の渦の速度が段々速くなり、そのまま渦を巻きながら巨大な水柱が天に向かって伸び始めた。
『な、なんだ!?』
天まで立ち上る水柱の中から、赤く、鋭く光る眼光が、僕を睨んでいた。その眼光は外にいる僕にも見える。
『パンドラの仲間か!?』
僕は咄嗟に身構えた。しかし、それよりも早く、水柱の中から細身の巨人が姿を現し、僕を蹴り飛ばした。
『くっ!』
僕は蹴り飛ばされながらも体勢を立て直し、相手を睨みつける。僕の前に現れたのは、全身緑色で細い体の巨人だった。さらにその巨人は胸に膨らみがあり、腰にはくびれがあり脚はスラッとしている。後頭部にはポニーテールのような触手が垂れ下がっている。そう、僕の前に現れたのは、女型の巨人だった。
『君は一体誰だ!パンドラの仲間か?それとも教団の巨人か!?』
僕がそう言うと、"彼女"は後頭部の触手を髪の毛をいじるような動作をとりつつ、僕の質問に答えた。
『そうねぇ・・・後者、かな。』
『君も教団に改造されたのか・・・・!』
『まぁね。でも、教団には感謝してるわ。あんたをこの手で殺すことができるんだもの・・・・!』
"彼女"はそう言って、僕を睨みつけながら拳を握りしめた。すると、後頭部の触手が鋭く硬質化し、剣の様に変化した。そして、両手首、両脚のつま先から鋭い刃が飛び出す。
『あたしは風の巨人ヴァーユ!あんたをここで・・・・殺す!!』
ヴァーユはそう言うと素早い動きで僕を取り囲むかのように動き回る。その速さはまさしく目に止まらない速さだった。
僕はヴァーユを捕まえようと手を伸ばすも、早すぎる余り手が空振りし、後ろから刃で攻撃を受ける。
『くっ・・・・!』
ヴァーユの攻撃はそれほど大きくはなかったが、連続で攻撃を受ければ、徐々にダメージを受け、体力を削られる。
(なんとかして捕まえないと、こっちの体力がもたない!)
僕はヴァーユの攻撃に耐えながら打開策を練り始めた。そこで僕は、いい考えを思いつき、行動に転じた。僕は体を丸め、全身に力を込めた。すると、僕の体はたちまちマグマのように熱くなり、全身が真っ赤に染まり始めた。
「ウオオオオオオオオ・・・・・フンッ!!」
そして、溜めた熱を解放するかのように体を広げた。すると、僕の体は下に戻り、代わりに体の節々から大量の白い煙が吹き出し、辺りを包み始めた。
「!!?」
突然吹き出した煙に驚愕するヴァーユだったが、すぐに冷静さを取り戻した。
『なによ、こんな煙。吹き飛ばしてあげる!』
ヴァーユはそう言って全身を高速回転を始めた。その回転によって強風が吹き始め、辺りを覆っていた煙を吹き飛ばしてしまった。だが、これで充分だった。ヴァーユが回転を止めたところで、僕はその隙を狙ってヴァーユを羽交い締めにした。
『捕まえたぞ!』
『!!』
ヴァーユは拘束から抜け出そうと腕をばたばたと動かし始めたが、僕とヴァーユの力の差は、圧倒的に僕の方が上。拘束が解けるはずもない。
『なぜ僕の命を狙う?答えろ!』
僕はヴァーユを問い詰め始めた。しかし、ヴァーユは何も答えず、ただ項垂れるだけ。
『答えろ!じゃないと・・・・』
僕は、「答えないと実力行使に出る」と言おうとした。するとその時、
『じゃないと、殺すの?また、あたしを殺すの?エルト・・・・』
ヴァーユの返答に、僕は衝撃を受けた。僕の人間だったころの名前を言い当てただけじゃなく、僕はヴァーユの声、話し方、態度に見覚えがあった。それは、ずっと前、子どものころから知っている人物だった・・・・それは、
『ウィンディ・・・・?ウィンディなのか・・・・?』
『・・・ええ、そうよ。あたしは、ウィンディ。』
ヴァーユの答えに、僕は思わず力が抜けてしまった。その隙を突かれ、ヴァーユは拘束を振り切り、僕を蹴り飛ばした。僕は吹き飛ばされながらも体勢を立て直した。
『どうして・・・・どうしてウィンディが・・・・』
僕は今の状況がとても信じられずにいた。僕の幼なじみが、今目の前にいる。しかも姿が変わって・・・・だが、あの時あの場所にウィンディはいなかった。それにウィンディが改造される理由もない。
僕の頭の中で考えが何回も通り過ぎていく。だが一向に答えが見つからない。そんな僕を見かね、ウィンディが口を開いた。
『わからない・・・・って顔してるわね。いいわ、話してあげる。あれはあなたが国を去った後のことよ・・・・化け物がいなくなってしばらく平和だったわ。でも、突然あたしの家に教団の奴らが現れたの。そしたら、教団の奴らはいきなりあたしの両親を殺して、あたしを教団の本部まで連れて行って・・・・ここからは話すのも嫌になるわ。教団の奴らは言ったわ。「恨むならエルト・ピスケルを恨め」って・・・・それから奴らは、あたしを拷問して、辱めて、あげくの果てに、あたしは殺された。』
『そ、それじゃあ・・・・』
『そう。アグニル先生やあなたみたいに、巨人の心臓にあたし自身を埋め込まれたの。』
『そんな・・・・』
『こうなったのも・・・・全部あなたのせい!あなたが教団に刃向かわなければ・・・・!!』
『ち、違う!僕は・・・・!!』
僕はなんとかウィンディを宥めようとした。しかし、それよりも早く、ウィンディの刃が僕に伸びてきた。僕は咄嗟に攻撃をよけた。
『あなたは必ず殺す・・・・そしてその次は教団の奴らを皆殺しにする!』
ウィンディはそう言って僕に刃を向けた。
僕は戦いたくなかった。子どもの頃からずっと一緒にいた幼なじみを、殺したくなかった。だけど、運命は残酷だ。僕は、大切な人をまた、失うことになるのだ・・・・・




