第2話「災いの獄鳥」
俺はその女の子を見て,胸をときめかせ,ボーッとその場に立ち尽くしていた。
俺を心配したのか,女の子は俺の顔を覗き込み,話しかけてきた。
「あの・・・」
「は,はい!」
俺は妙に甲高い声で返事をし,我に返った。
俺はとりあえず,女の子に自己紹介をすることにした。
「お,俺,真銅猛です。」
俺が名前を言うと,女の子は笑顔で,
「あたしは大崎美咲です!美咲でいいですよ。」
美咲という女の子は元気いっぱいに自分の名前を言った。
随分はつらつとした感じからすると,美咲は学生だと推測した。
ときめく胸を押さえながら,俺は話題を石のことに移した。
「石を見たいって言ってたけど,君・・・石のこと分かるの?」
「実は,石を見たいのはあたしじゃなくて,パパなんです。」
「パパ?」
聞いた話によると,美咲の親父さんは考古学者で,古代文明の研究をしているらしい。
俺はそれを知って心が躍った。美咲の親父さんなら,この石のことを知っているかもしれない。もし,知らなかったとしても,石が古代文明に何か関係している可能性はある。
美咲は俺とタクシーに乗り,自宅に向かった。
それから1時間後,俺は青森の田舎町にたどり着いた。
畑,ビニールハウス,りんごの木に商店街がある小さい町。
(すっげー・・・・絵に描いたような田舎だな・・・・)
東京から来た俺にとって,その町の景色は新鮮・・・というよりは久しぶりだった。田舎町に来るのは,ばあちゃんの葬式以来だった。
(そういや,ばあちゃん,よく俺にお菓子とか作ってくれたなぁ・・・・)
美咲に案内される中,俺はばあちゃんとの思い出に浸っていた。
そんなとき,
「猛さん,着きましたよ!」
俺は美咲の声でハッと我に返った。
タクシーを降りると,目の前に周りにある家とは違う,都会にありそうな大きな家があった。東京なら珍しくもないが,こういった田舎町にこんな家があったら,少し驚くだろう。
俺は美咲の後に続いて,家の中に入った。
「パパ,ただいま。」
「おかえり。その人が例の・・・・」
玄関で待っていたのは,眼鏡にあごひげを蓄えたいかにも学者のような男だった。
男は笑顔で美咲に「おかえり」と言った途端,厳しい目付きで俺を睨みつけた。
俺はそれを見て思わずビビッてしまった・・・・でも,俺は落ち着いて名前を名乗った。
「し,真銅,猛です・・・・」
「考古学者の大崎祥悟です。大学で教授をやっております。今回は遠いところからわざわざどうも・・・・」
教授は名前を名乗ると,握手をしようと手を伸ばした。
俺は恐る恐る手を伸ばし,教授と握手をした。
俺と握手すると,教授は俺を居間に案内した。
居間の真ん中にはテーブル,向かい同士のソファ,両端には木製の椅子,周りには本棚,サイドボードに神棚・・・・
教授は手前のソファに座り,俺は向かいの奥のソファに座った。
俺達が座ると,台所から美咲が麦茶の入ったコップと和菓子を持ってきた。
「どうぞ。」
美咲はテーブルにお茶と和菓子を置き,近くにあった木製の椅子に座った。
『・・・・・』
誰も喋らなくなり,居間は沈黙状態になった。
(き,気まずい!!何から話せば・・・・)
俺はこの状態に冷や汗を掻いた。
考えてみれば,俺は学者と話したことなんてないし,ニートだからコミュ力もない。そもそも,自分から話しかけること自体が苦手だ。
でも,この状態を続けるわけにもいかない。
そう思った俺は,石のことを話そうとした。
しかし,それよりも早く,教授が口を開いた。
「君が見つけたという石,見せてくれないか。」
いきなり出鼻をくじかれた。出鼻をくじかれた俺は,慌ててリュックから石を出し,テーブルの真ん中に置いた。
「おお・・・これは・・・・!!」
教授は石を見て,ひどく興奮しているようだった。
俺は,思い切って教授に聞いてみた。
「きょ,教授,この石は,一体なんなんですか?教授は,何を知っているんですか?」
俺がそう聞くと,教授は席を立ち,本棚からルーズリーフのノートを取り出し,その中の一枚を取り出した。教授はおれにその一枚を手渡し,またソファに座った。
その紙を見てみると,紙には見たことのない文字と,その下には日本語が書かれていた。俺はそれを見て,上の文字は古代文字だと察した。
俺が文字を見ていると,教授が口を開いた。
「6ヵ月前,白神岳で板のような石碑が発掘された。それも一枚ではない。最高で5枚ほど発掘された。その石碑には・・・・その紙に書いてあることと同じ文字が刻まれていた。」
教授はこの古代文字を見つけた経緯を話してくれた。
俺は,紙に書かれている翻訳された部分を口に出して読んだ。
「"災いの獄鳥,現れし時・・・地上の守護神なる巨人,地上を守らん"・・・・」
「その文脈から察するに,石碑に書かれていたことは予言だ。」
「はあ・・・・でも,それと石のなんの関係が・・・・」
俺が教授に質問を投げかけようとすると,
「続きを読んでみろ。」
教授は俺を抑え,予言の続きを読ませようとした。
俺は仕方なく続きを読んだ。
「"巨人の力,地上の力注ぎし石にあり。石は地上に眠る。"・・・・」
「そう。恐らく,この石は予言に記されている地上の力を持った石だ。」
俺は教授の話を聞いて,思わず呆然としていた。あり得ない話だが,そう考えると合点がいく。石が光ったのも,巨人が関係していると思えば不思議なことではない。しかし,そう考えると,俺はますます不思議に思った。それは,なぜ石が光ったのかということだ。巨人が存在しているとすれば,石は巨人に反応した。石が光ったのは,巨人が目覚める前兆・・・・巨人が目覚めるということは・・・・
俺の頭に石が光った理由が思い浮かんだ。それは自分の中で納得のいく理由だった。しかし,それは同時ににわかには受け入れがたいものだった。
俺が考えている間に,教授は石を探していた理由を話していた。
「私はこの石がどこかにあるんじゃないかと考えててね。昨日まで探していたんだが,娘の美咲がネットで君がこの石のことを調べていたことを知ってね。」
教授は石を探していた理由を話している。
でも,今,俺の頭に教授の話は入ってこない。
俺は思いきって自分の至った答えを教授に話すことにした。
「きょ,教授,実は・・・この石,昨日の夜光ったんです。」
「なに!?」
教授は俺の言ったことに驚いている。それも当然だ。今,古代文明のことを研究しているこの人にこんなことを言えば,驚くのも当然だ。
俺はさらに続けて言おうとした。
しかし,その時,教授の携帯に着信が入った。
「失礼。」
教授は電話に出た。
早く終わってくれ。俺は心の中でそう思った。早くこのことを伝えなければ・・・・人類は滅んでしまうかもしれないんだ・・・・
その時,
「おい!どうしたんだ!?おい!返事をしろ!!」
教授はいきなり大声を上げた。
「パパ・・・・?」
「教授?」
教授は眉間にしわを寄せ,携帯の着信を切った。
「パパ,どうしたの?」
美咲がそう聞くと,教授は苦しそうな声で話し始めた。
「今,弁天島で古代文明の調査をしていたウチの大学の生徒達から連絡が来たんだが・・・たった今,連絡が途切れた。」
「ど,どういうことですか!?」
「生徒達が言うには,『巨大な鳥が出た』・・・・と言っていた。」
「鳥・・・・」
俺は鳥と聞いて,さっきの予言のことを思い出した。
「災いの獄鳥・・・・まさか・・・・!!」
ふとテーブルに視線を移すと,石がまた光を発していた。
俺は思わず,石を持って教授の家を飛び出した。
「猛さん!?」
「真銅君!!」
俺は走り,石の光が強く反応する場所に向かって走り続けた。
走っていると,だんだん光が強くなっていった。
「次は・・・・」
歩道橋に石を向けると,石は眩く光った。
俺は歩道橋を上がる。しかし,走りっぱなしだったからか,息が切れそうになった。思えば,ニートになってから,ろくに運動もしていない。
俺は歩道橋を登り切り,その場にしゃがみ込んだ。
「はあ・・・はあ・・・・」
俺は胸を押さえながら息を整えた。
そこに,美咲が遅れてやってきた。
「猛さん・・・どうしたんですか?急に出てって・・・・」
「・・・・今まで,俺の考えなんて,当たるわけないって思ってたけど・・・・美咲ちゃん,落ち着いて聞いてくれる?」
「はい。」
俺は息を整え,さっき教授に言おうとしたことを,美咲に話すことにした。
「変に思うかもしれないけど,この石は,昨日,俺の部屋で光ったんだ。ここに来るときも,リュックの中でこいつは光ってた!そして今度は教授が翻訳したあの予言・・・・んで,俺はなんで石が光ったのか考えたんだ。石が巨人に関係していることだとすれば,石が光るのは巨人の目覚めの前兆・・・・じゃあ,巨人が目覚めるということは・・・・?」
「・・・あっ・・・・」
俺の話を聞いて,美咲も俺と同じ考えに至ったようだ。
そう,巨人が目覚めるということは,予言の言う"災い"も・・・・目覚める。
「早くこのことを教授に伝えないと・・・・!!」
俺は慌てて戻ろうとした。
その時,ふと美咲の方を見ると,美咲は向こう側をじっと見つめていた。
「美咲ちゃん・・・・?」
「あれ・・・・」
美咲は向こう側を指差した。
俺は指を指した方向を見た。
見てみると,向こうから"何か"近づいて来ていた。
歩道橋を渡っている人もそれに気づいたようだ。全員で向こうを見た。
"それ"は,最初は小さかったけど,こっちに近づくにつれて,だんだん大きくなって,やがて,そこら辺の建物よりも大きくなっていく。
俺は,"何か"が巨大になってきた時に,気がついた。"それ"には羽がついていた。
このままだと,俺達はそれとぶつかってしまう。
その時,
「みんな伏せて!!」
美咲は大声を上げた。
俺と周りの人は思わずその場に伏せた。
美咲が注意してくれたおかげで,なんとか衝突をさけることができた。
その時,俺は一瞬だけど,"奴"の顔,体,羽,足を見ることができた。
"そいつ"には羽毛がなかった。でも,確かに鳥のような印象も受けた。でも,鳥と言うには明らかに大きすぎる羽,牙,大きすぎる足に,赤色の目・・・・
そうだ・・・・"奴"が,災いの獄鳥だ・・・・
この石と,あの鳥に会った時,俺の人生は変わった。そして,俺の人生にもっとも大きな変化を与えた,あいつに出会った・・・・・