第2話「ノア、誕生」
家を出てから数十分・・・僕は王都にある専用の開発室にたどり着いた。
「兄さ・・・・」
「クソッ!!またダメだ!!」
僕は大声を出して部屋にいる兄さんを呼ぼうとした。すると、部屋の奥から兄さんの声と何かを叩くような音が聞こえた。僕はその声が聞こえた方に足を進めた。
奥へ進んでみると、そこにいたのはテーブルの前で立ち尽くしている兄さんがいた。
「兄さん、どうしたの?」
「エルトか・・・・昨日から、ノア本体とコアになる物質の融合実験をやっているんだが・・・・上手くいかないんだ。有機物や無機物・・・・『ギルハルコン』も試したんだが・・・・」
「昨日からって・・・・まさか、寝ずにやってるの!?」
僕は驚きながら兄さんに問いかけた。兄さんはそれを冷静に答え始めた。
「大丈夫だ、四時間は寝てる。」
「でも、少しは休まないとダメだよ!ゆっくり、少しずつでいいんだから・・・・」
僕は兄さんにそう言いながら荷物を置いた。すると、兄さんは突然僕の両肩をつかみ始めた。
「ゆっくりだと!?そんな時間はない!このノアの開発は・・・父さんと母さんが、この世界のために命をかけて行ったことだ!早く完成させないと、二人は安心してあの世に行けない!それに、街を覆っている『ギルハルコン』の壁も、いつまでもつかわからん!だからこそ、早く完成させる必要があるんだ!!」
兄さんは僕の肩を掴みながら、力説し始めた。兄さんの言うことはわかる。僕だって早くノアを完成させたい気持ちはある。だけど、そのために自分の身を顧みないなんて、間違ってる。僕はそう思ってはいたが、兄さんの気持ちを察すると、そんなことはとても言えなかった。
「とにかく、実験を続けるんだ。エルト、手伝ってくれ。」
「わ、わかったよ・・・・」
僕は荷物を置き、兄さんの実験を手伝った。それから二人でコアになる物体の物色を始めた。ありとあらゆるものを引き合いに出してみたが、兄さんの言う通り、計算してみてもコアになるにはほぼ遠いものだった。鉱物、機械・・・・考える全てのものを考えたが、ダメだった。
「クソッ・・・一体、どれが正解なんだ・・・・!?」
兄さんは開発に憤り、テーブルを拳で叩いた。
「書物を調べてみようよ。何かいい案があるかもしれない。」
僕はそう言って本棚を物色し始めた。その時、僕は本棚の中に、変な本があることに気がついた。本棚の本は全て、背表紙にタイトルが書いてあるのだが、その本だけタイトルがなかった。
僕はそれを不思議に思い、思わず手に取り、本を開いた。
「これは・・・・」
僕が見つけたのは、父さんの日記だった。僕はてっきり、事故の時に燃えてしまったのだとばかり思っていた。
(こんなところにあったのか・・・・)
僕は中を開き、日記を読んでみた。日記にはその日の出来事や家族との思い出が書かれていたが・・・・開発に関することは書いていなかった。
僕は軽くため息をつき、日記を閉じた。その時、僕は気づいた。日記を閉じるとき、変な違和感を感じた、右の表紙と左の表紙で厚みが違ったのだ。僕はそれが不思議に思い、表紙を剥がした。すると、左側の表紙と本の間から一冊の薄い本が出てきた。厚みを感じたのは、これが挟まっていたせいだったんだ。
「なんだこれ・・・・」
僕は挟まっていた本が気になり、思わず開いてみた。そして、それを見た途端、僕は驚愕した。
「こ、これは・・・・!!兄さん!兄さん!」
そこに書かれていたのは、ノアの開発時の記録だった。僕はいても経ってもいられず、それを兄さんに見せた。
「ノアの開発記録・・・?なんで隠れていたんだ・・・・?」
「きっと、父さんは自分の技術が悪用されるのを恐れたんだよ!だから・・・・」
「・・・とにかく、中を見よう。」
兄さんは本を開き、朗読し始めた。
「『開発は上手くいっている・・・・だが、コアになる物質が見つからない。この前は鉱物で試したがダメだった。巨人のエネルギーであるアースエナジーがコアと共鳴しなかったのだ。それから私と妻はアースエナジーと共鳴するコアを探し始めた・・・・だが、見つからなかった。最終段階で、私達は挫折してしまった・・・・そんなとき、私は東の国の話を耳にした。東の国では、"人身御供"と呼ばれる人間を生け贄に捧げる儀式があるらしい。なんでも、強大な力を持つ存在に対し、人間を捧げることにより、その力を納めることができるらしい。その話を聞いた瞬間、私はあることを考えついた。しかし、それはあまりにも非人道的なことだった・・・・』・・・このページはここで終わってる。」
兄さんはそう言って次のページを開き、読み始めた。
「『私が考えた方法、それは・・・・人間を生体ユニットとして巨人の体に組み込み、コアとすることだ。だが、そんなことをするわけにはいかない。そんなことをすれば、私はマシン開発を止める。そんな残虐なことは、私にはできなかった・・・・だが、このままでは巨人が完成しないことは事実だった。そんなとき、妻が言った。「私が生体ユニットになる」と・・・・私は当然それを否定した。だが、妻の意思は固かった。私は妻の意思に押され、実験を開始した・・・・』」
兄さんはそのページを読み終わった途端、記録を床に落とした。
「兄さん、続きは・・・?」
「ここで・・・・終わってる・・・・次のページはない・・・」
「えっ・・・じゃあ・・・・父さんと母さんは・・・・!!」
僕は頭の中で嫌な想像をした。記録が終わってるということは、この記録は、両親が死んだあの事故と関連していて、父さんは母さんを生体ユニットにして、コアに組み込んだ・・・でも、そこでノアと母さんに拒絶反応が起き、大爆発を起こして二人とも死んだ・・・・
「そんな・・・・そんなの嘘だ!!」
僕は頭を抱え、その場にうずくまった。こんな事実を、僕は認めたくなかった。母さんが死んだのが、父さんの実験のせいだったなんて思いたくない・・・・そう頭の中でずっと念じ続けた。でも、いくら念じても、現実が変わることなんてなかった。受け入れるしかなかった・・・・
「おやおや、兄弟2人、おそろいのようだな。」
その時、開発室に白い服を着た集団が現れた。
「な、なんだ貴様らは!ここは立ち入り禁止だ!」
兄さんが集団に向けてそう言うと、その集団のリーダーらしき老人は目をカッと見開いた。
「我が神聖なるアルケー教団に向かって、なんだその口は!!」
老人は目を見開いたまま叫んだ。僕と兄さんはその気迫に押され、思わずたじろいだ。
「巨人の開発をすぐに止めていただく。」
「何を言う!これは王族達から受けた大事な仕事だ!お前らにそんなことを言う権利はない!」
兄さんがそう言うと、アルケー教団の者達は突然笑い始めた。
「クククッ・・・・王族とは・・・・こいつのことか?」
老人がそう言うと、奥から教団の1人が現れた。その男の手には木の板があり、その上には・・・・人間の生首が乗っかっていた。しかもその顔は、見たことがある顔だった・・・・
「ま、まさか・・・・!!」
僕達に巨人の開発を命じた者・・・・それが今、生首として僕達の目の前に現れている。
「我々アルケー教団は、目的のためなら手段は選ばない・・・・さあ、死にたくなければ開発をすぐに中止しろ。」
「こ、断る!」
「そうか・・・・ならば・・・」
老人は腕を上げた。すると、教団の者達は一斉に弓を構えた。
「兄さん危ない!!」
「撃て!!」
一斉に矢が放たれた。僕は兄さんに当たると思い、体当たりで兄さんを突き飛ばした。そして、飛んできた矢は僕に集中し、僕の体に無数の矢が突き刺さった。
「がっ・・・はっ・・・・!!」
「エルト・・・・エルトーーーーーー!!」
「兄・・・さん・・・・」
僕は僕はそのまま床に倒れ込んだ。兄さんはそれを見て、僕の元に駆け寄り、抱き起こす。
「エルト・・・お前どうして・・・・!?」
「兄さんは・・・僕より、ずっと・・・頭いいから・・・・兄さんは生きて、絶対にノアを完成させて欲しいんだ・・・・兄さんなら、きっと・・・・」
「エルト・・・!!」
「続けて構え。」
アルケー教団は、僕達に構わず、再度弓を構えた。その時、後ろの方で爆発音が聞こえた。
「なんだ!?」
「襲撃です!数は1人です!」
「1人だと!?さっさと殺してしまえ!」
「い、一体何が・・・・!?」
兄さんは今起きている状況に混乱しつつあった。その時、1人の男の声が聞こえた。
「エルトーーーー!!ディルスーーーー!!」
その声は、アグニル先生の声だった。
「今のは・・・・アグニル先生!」
「2人とも、早く逃げろ!!ここは俺がなんとかする!!」
先生は大きな声で僕達に呼びかけた。兄さんはその呼びかけに答え、僕を連れて部屋の奥へ進み、壁にあるレバーを下げた。すると、天井から緊急用の防護壁が下がってきた。この防護壁には「ギルハルコン」が使われていて、かなりの強度を誇る。
防護壁が下がったことで、僕と兄さんは壁とノアがある場所の内側に立てこもることに成功した。
すると、兄さんは突然部屋にある機械をかき集め、さらにノアの胸元に続く階段まで設置し始めた。
「兄さん・・・?」
「待ってろ!すぐに助けてやるからな。」
僕は、兄さんの一言で、兄さんがやろうとしていることが理解できた。
兄さんは僕とノアに機械を繋ぎ始めた。
兄さんがやろうとしていること、それは・・・・父さんが母さんにやった"人身御供"・・・・生体ユニットだ。
「ダメだ・・・ダメだよ、兄さん・・・・!!」
「今回ばかりは・・・お前の言うことは聞けない。」
兄さんは淡々と作業を進めながら、僕にそう言った。
「俺にとって、お前はたった1人の家族なんだ。お前を死なせたくないんだ!」
「でも、もし拒絶反応が起きて爆発が起きたら、兄さんまで・・・・!!」
「・・・・大丈夫だ。」
兄さんは僕を持ち上げ、ノアの胸元へと運び、ノアの装甲を開き、僕を胸の奥へと運んだ。
「俺の全技術を総動員して、お前を助けてやる。その代わり、これだけは覚えておいてくれ。お前は誰よりも優しい男だ。ノアになれば、お前は優しさと強さを兼ね揃える・・・・いいか?人は弱い生き物だ。簡単に傷つくし、絶望もする。だからこそ、お前のような強くて優しい者が、手を差し伸べてやるんだ。」
兄さんは僕をノアに設置し、優しい声で語りかけた。
その時、後ろで爆発が起き、壁が破壊された。
「いたぞ!」
「エルト、わかったな!?」
兄さんはそう言って設置を完了し、胸の装甲を閉じた。
そして兄さんは下に降り、起動するためのレバーを引いた。
それと同時に、弓矢が兄さんに向かって飛んでいった。
「頼むぞ、エルト・・・・!!」
そして、兄さんの体に弓矢が次々と突き刺さっていった・・・・それが、僕が"エルト・ピスケル"として見た、最後の光景だった・・・・
(兄さん・・・・兄さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!)
その瞬間、僕の意識は途絶えた。
「オオオオオオオオオオオオオッ!!!」
そして次の瞬間、人とは思えない叫び声が、部屋中に響き渡った。それは、紛れもなく僕自身の声だった。
その時、僕はふと自分の体を見た。全身が灰色で、胸は分厚くて大きく、巨大な鉄の球のような肩、鉄の筒を何十倍にも大きくしたような両腕両脚、トサカの映えた兜を被った頭にマスク・・・・それを見た僕は、理解した。
僕は・・・僕は、ノアになったんだ。




