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馬が見える駅  作者: 増田和崇
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⑤ 嵐の日常

枡家に嫁いでから早4年の月日が経っていた。子供の出産、進一の病気の発症……次から次に問題が起こる日々だか、はたしてまちはどうかるのか?

「 ドンドン!!」

 またか・・・まちは山崎のYショップを営んでいる枡家で品出しの最中にいつものお呼びがかかったのだ。


 まちは枡家に嫁いでもう5年が経っていた。嫁いでちょうど1年にもなろうという時に初めての子を妊娠し、めでたく出産した。長男の良成である。


 ちょうどそのころ義理の妹の敏美が嫁いだのだった。敏美は風のような女だ。まちとは学年では一つ下だが、まちは早生まれなので生まれ年は同じだ。敏美を家で見たことは嫁ぐまでの2年間でほとんどなく、ご飯をゆっくり食べている所すら見たことがない。

習い事や、遊びが忙しく常に急いでいる。朝早く出て終電で帰ってくる毎日。田舎の農村でのんびりと育ったまちとは生活のリズムも、せっかちすぎる性格も、呼吸のタイミングすら違う人種なのであった。


 ある朝少しだけ寝坊した敏美が駅の真ん前の枡家の二階の窓から敏美の使い走りと化した駅員に向かって叫んだ。

「すぐに行くからちょっと待って!!」二階からダッシュして約30秒ほどで駅まで着き、何事も無かったよな涼しい顔で電車に乗り込む敏美なのである。ある意味この近所の朝の風物詩というか、名物になっているほどである。

敏美はまるでマシンガンのように話す。バルカン砲と言った方が適切かも知れない。口喧嘩で負け知らずで、やくざにでも啖呵を切ることも恐れない。なので周りがかなり気を使う。もともと群馬県人は早口の人が多く、しゃべる時の声量も大きめである。敏美は通常の群馬県人の3倍はあるのではないかとも思う。


 とにかく全てが風のように早い敏美はあっという間に見合いの縁談が来て、半年もしないうちにあっさり嫁いでしまったのだった。

まちにとってはほとんどいないも同然の人だった。

そしてその年は身体障害者の義弟:三男が桐生市にある全寮制の養護学校から、枡家に何年振りかで戻ってくる年だった。ちなみにもう一人の義弟の建造は東京の大学へ通い新宿に下宿していた。


進一は初孫ができて大そう喜んだ。もともと遊び好きで豪快な進一は近所に良成をおぶっては出かけて、近所の人たちに自慢したものだった。そして良成の2歳の誕生日の夜に、いつものように数軒はしごして寿司屋で酔って寝ていた。

店の店主や知人たちも「酔って寝るなんて珍しいな」と皆が思っていた。何回か身体を揺すって起こそうとしてもかなり深い眠りに入っているらしくまったく反応がない。そして大きないびきを発していた。

 客の中に「前にこういった人で前脳溢血になった人がいたよ」と心配になり救急車を呼んだほうがよいのではないかということになった。


進一は夜の救急病棟に搬送され2週間ほど意識が戻らなかった・・・・・・


 それから二年後に二男の一矢が誕生した。この頃にもなると、枡家は昔ほどの勢いが無くなってしまった。家には半身まひで仕事ができない進一と障害者の三男、80に届く初子と普通の家にはまずない家族構成。それに義母の辰子と山崎パン系列Yショップを経営し4歳の良成と0歳の一矢である。


 枡家は駅の真ん前なので自転車預かり所も経営していた。朝も夕方もひっきりなしに学生やサラリーマンが自転車を預けていく。自転車だけではなくバイクや車も数台も月極めで貸している。

 まちの仕事はまさに嵐か台風かという忙しさであった。尿瓶を求める進一、その横で「俺も!」と三男、「飯はまだか?」と初子、良成は保育園のお迎え、一矢はずっと泣きっぱなしである。そんな時でも辰子はお構いなしの商売である。

仕事は早いが雑である。洗い物のコップに至っては2回スポンジで上のほうだけ擦ればマシなほうで、口紅が着いたコップでも客人に出してもお構いなし。人に注いでおいたお茶も別の茶碗に注いで新しい客に出すという荒業で、これがホントの日常茶飯事なのである。


 辰子はトイレに入っている時は何時でも外の声が聞こえるようにドアは基本開けっぱなしである。ズボンを上げるのを忘れて店まで来ることも幾度となくあった。さすがあの「風の女」敏美の母である。

一度に三つくらいの用事を無理やりこなしてしまうのである。雑だが・・・・・・


 普通の嫁ならばこんな家だとノイローゼにでもなってしまうのではないかと思うのだが、まちはまた違う意味で神経が図太い。


幸一が結婚したての頃にまちの実家で風呂に入った時のこと。普通の家なら脱衣所があり、風呂は壁に囲まれて窓はたいがい一か所あるくらいが普通の風呂場であるが、まちの家は基本的にどの窓も全開なのである。家は古民家でかやぶき屋根。部屋のつくりはワンルーム構造で引き戸で仕切って部屋を作る感じである。


 まちの家は夏でも冬でも戸を全開で風呂に入りながら居間の人たちと会話もするし酒も飲んだりするのが普通なのである。裸で全開歩いているのが普通で日常なのである。そういった家でのんびり育ったまちは自分のペースを維持するスペシャリストであり究極のマイペース人間だったのである。


 だからどんなに忙しくても、嫌味を言われようがまったく動じない人間で、まさにこの台風のような家族でもゴーイングマイウェイな性格だったので、まさしく枡家にピッタリの運命の嫁であったのである。


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