10cmヒール
「久しぶり!覚えてる?」
届いたメッセージに驚きを隠し切れない。半年程前に合コンで出会った二つ年上の男性からだった。確か隣の席に座ってて色々話しかけてきてくれた人だ。横顔を思い出して思わずにやける。
ーーーーーうん、割とタイプだったかも。
戸惑いながらも連絡を続けていたらすぐに向こうから会う約束を取り付けられた。
最近こんな風にとんとん拍子に進む事がないからこの展開の早さに少しドキドキする。
約束の当日、待ち合わせの駅へ向かう。
相手から少し遅くなる、と連絡が入ったので改札で待っていると電話が鳴った。
「今向かってるよ。」
改札から電話をしながら近付いてくる人影に目を向ける。あー正面から見るとこんな感じの人なんだ。
ーーーー横顔マジックだったか...と思いながらもとびっきりの笑顔を向ける。
「こんばんわ、お久しぶりです。」
「待たせてごめんねー。本当久しぶりすぎて一瞬、顔分からなかったよー」
ーーーー同じくです。
彼が予約してくれていた個室居酒屋へ入る。
「今日は飲もう。」「はーい。」
適当におつまみを頼みながらもお酒が進む。
ビール、カクテル、サワー、日本酒、焼酎。
うん、ほろ酔い。明日はお休みだし幸せだぁ。
ふわふわな感覚の中、にたにたしているとトイレから戻ってきた彼がいきなり私の隣に座り出す。
ーーーーん?随分密着してくるな。
そうして「そろそろ出ようか。」と言われてふらふらと立ち上がる。
お会計を済ませて、外に出たと同時に手を繋がれた。甘えてきてるのかなと思っていると駅を通り過ぎてドンドン歩いていく。嫌な予感がする。
「どこに向かっているんですか?」
「酔い覚ましのお散歩だよ♩」
相手の歩幅が大きくて、必死についていく。
ーーーーあぁ、ヒール履いてるのになぁ。どこまで行くんだろう。
そのまま20分ほど歩かされる。
お酒を飲んだばかりでだんだん汗もかいてきた。本当どこまで行くんだろう。
ーーーーーあぁ、気持ち悪くなってきた...。
声をかけようとした瞬間、彼の足が止まった。着いた先はやはりラブホテル。
「入ろうよ♩」なんて典型的な誘い方されたもんだからもう限界がきた。
「行かないです。」ーーー最初は笑顔で。
「えー、行こうよ。」ーーーガキかよ。
「明日予定あるし、終電で帰らないと行けないんです。」ーーー嘘だけど。
「.........。」ーーーあからさまな不機嫌。
「本当すみません。」ーーー早く諦めてくれ。
「俺の事、嫌いなんだね。」ーーーあぁ、もう。
「そういうわけじゃなくて....。こんなところまで勝手に連れてきておかしくないですか?二人で会うのも初めてなのに。私そういうの無理なので行けません。終電逃すと帰れなくなるのでもう帰ります。本当にすみません。」
というニュアンスの事を、すごく勢いよく言ってしまったのは覚えている。
言いながら、本当に終電を逃しそうな時間である事に気が付いた。駅から遠いところにわざわざ連れてきて、終電ないし結局泊まるしかないってパターンにするつもりだったのかも。ーーーーー最悪。
しばらくの沈黙の後、「わかった....。」彼は一言そういうと私の手を離して駅の方へ歩き出した。
結局終電にはギリギリ間に合った。
ーーーー本当にあんなドラマみたいな誘い方される事ってあるんだ。ああいうのは初めてでびっくりしてしまった。私には到底理解出来ないよ、目が回る。まぁ、したかっただけなんだろうな。ちょっとでも今日に期待してた自分が情けない。
ふと前を見ると電車の窓に映る自分の姿。普段より大人っぽく見えるように選んだ格好も履き慣れないハイヒールも何だかすごく滑稽に見えて思わず溜息が出る。あのままついていってたらどうなっていたのかを考える。
ーーーーー自分を変えるチャンスだったのかもしれない。けれど、お互いに感情のないままそうなる事は私の中では有り得ない。想像も出来ないし、何よりきっと私はあの人に対して魅力を感じられなかったんだ。まぁ良い経験にはなったな...。
翌日、メッセージが届いていた。
「昨日はありがとう。楽しかったです。またご飯誘ってもいいですか?」
ーーーーあんな風に断ってしまったからもう連絡なんて来ないと思ってので驚いた。今回、体の関係を持てなかったから次回会ったらいけると思ってるのかも。それとも....。
文字を打つ指を止めてソッと画面を消した。
私とあなたはきっと、合わない。
きっと、もう会わない。
さようなら。