空を飛ぼう
苦しい。頭の皮膚と足の皮膚が麻痺してきてる。
苦しい。吐き気がする。私は今、カフェイン中毒を起こしていた。
カフェインはアメリカ産。200mgの白い錠剤。自殺しようとした。
大量に服用としたが、途中で気持ちが悪くなって致死量には遠く及ばないはずの7錠1400mg飲んだだけにとどまったが、その量でも急性カフェイン中毒になるには十分な量だったようだ。
このまま死ぬ人も居るんだろう。そんな苦しさだ。だが、私は助かるだろう。
いつまでこの苦しみは続くのか……あと半日ぐらいだろうか?
もう何度も吐いている。
私、野上なずなの中2の終わりは最低だ。
苦しい。世界がぐるぐるしてきた。
私はよたよたと洗濯機にもたれかかった。
ぐるぐるぐるぐる。
苦し……助けて。
誰か、誰か、助けて!
助けて……馬鹿みたい……誰も助けてくれるわけない……
馬鹿みたい、馬鹿みたい。
ざああああああああああ
ざああああああああああ
ん? 何だこの音? 水だ。 何で?
海?
……ここは海?…… ざあああああああああああああ
違う。ここは、
洗濯機の中だぁあああああ。
うわああああああ、私、洗濯機の中に吸い込まれちゃってるよ。
いきなり何で?
わああああああああああああああああああああああああああ
ガチャガチャ
ポンッ
「やったぜええ!! 黒猫だあああ!! 魔女はやっぱり黒猫だぜええ!! ギャハハハハハハ!!」
(何……ここ? よく聞こえないけど、魔女? 黒猫?)
ギュギュ
(うわ!? 何!? 何の音!?)
パカッ
「おっす!」
(あ、よく聞こえる。私……カプセルの中に入ってた? ……あれ? 何か身体がおかしい。身体中に黒い毛が生えてる)
私は自分の手を動かして、手の平を見た。
(何これ? 肉球!? これが私の手? 猫の手だよ、これ)
じーっ
(はっ!?)
おっす! と言った誰かが私を見つめている。とても大きく見える。
(誰? 自然な青い髪……)
金髪の女の子が、私の目の前に居る青い髪の女の子に話しかける。
「あの……ビース・ブーさん……」
「ビスって呼んで」
青い髪の女の子が微笑む。
「はい、ビス。黒猫がどうとか言う前に、あなたの口調が魔女らしくありませんよ」
「心配すんなって、必要な時には、ちゃんと『キィ~ヒッヒッヒ』って笑うから」
「……それが必要になる時が来ないことを願っていますね(変な魔女のイメージを持ってるな、ビスは)」
「おう! じゃあ次はホウキだな。入学式は大忙しだ」
青い髪の女の子、ビスという少女がスニーカーの紐を締め直す。
「? もしかして走るんですか? 馬車が来ますよ。(……その靴も魔女っぽくないな)」
「馬に勝つ!」
ビスは言った。
金髪の子は呆れた顔をする。
ビスが私を見た。
(?)
ヒョイッ
(ほわわっ!?)
私はつかまれ、ビスの肩の上に置かれた。
「じゃあ行こうか? 小猫ちゃん」
たんっ
ビスは音を立てて軽く跳ねた。
(え?)
その勢いを利用して……
ズダダダダダダダダダ!
(ぎゃっ!? はやっ!)
ビスは固い地面を蹴って走り始めた。
(落ちる! 落ちる! この速さで落ちたら怪我するぅぅ~~!」
私は爪をビスの服に食い込ませる。
ズダダダダダダダダダ!
(こえええええ、時速幾つだこれって? 止まってええええ)
ピタッ。
ビスは足を止めて、口を開く。
「怖い?」
「怖いわ、このおてんば!」
(あ、私、姿は猫だけど普通に喋れるんだ!)
「じゃあ、歩こうか?」
「……はい。そうしてください」
ビスは肩に居る私の頭を撫でて言う。
「でもね、僕は君が何処から何処へ落ちてもキャッチするよ」
ビスはそう言って、ウインクした。
(うわ、何かキザ~。でも似合う~。男の言動だと腹立つだけなんだけどね~、こういうの。だから私、女の人が男装してする舞台が好きなんだよね)
いつか見た舞台女優の顔を思い浮かべてにやついてる私を乗せたままビスはゆっくりと歩き始める。
「あ、君の名前……」
ビスは歩きながら私に話し掛ける。
「え? わ、私は……」
「ケットにするね」
空はまあまあ晴れていた。
夕方。
(あー腹立つ腹立つ)
ビスはまだホウキ置き場に居て、ロングよりミドルぐらいの長さがオシャレだとか、光沢だツヤ消しだ最近の流行りは先端が六角形だとか何とか言っているのだろう。
私はホウキ置き場を離れ、この町の情報を集めている。
今のところ、猫の身体でもそれ程困ってない。
そういう風にこの町は出来ているから。
(それに、猫って本気で動いたら速い!)
私は何となく、近くの公園まで行った。階段を上る必要があり、ちょっと他とは隔離された雰囲気だ。
私はそこでこの町、いえ、この国の重要人物を見かける。
彼は学生でありながら、肖像画があちらこちらに飾られている超一流の魔法使いだ。
さっき町の人にそう聞いた。
離れているのでわかりにくいけど、肖像画通りのハンサムみたいだ。ハンサムって死語かな。
彼は赤いホウキに向かって、何やらブツブツ言ってる……
「トマトちゃん……凄く凄く君は可愛いよ」
(こ、、こわい~~。ホウキマニア?)
「トマトちゃん、好きだよ。……うーん何か違うな」
(あれ? これは……意中の人への秘めた想いかな? ……愛の告白の練習?)
「トマトちゃん、愛してる。でも、トマトちゃん……実はリボンちゃんと二股かけてるんだ、ごめん」
(あれ……?)
「あと、I組の子達も可愛いよ~。ウーミもやっぱり可愛いわ。自分でもめちゃ可愛いと思ってるなあいつは! そこがまた何かイイ! たまらんのぉ~。はああ」
(うわ……最低)
でも、ドキドキワクワク。……つ、続きは?
「ネズのことも妹扱いしたけどさぁ、妹扱いするなよ~って迫られたら、断る自信ねーやぁ。ははははは。そんなもんなんでっせ、ワイって奴は。ははははは」
(うわわわ……よく分からないけど、かなりやばいこと言ってるよ)
そこで、彼は急に私の方を向いた。
え!?
「黒猫」
(うわぁあ! 発見された!)
彼は私の方に歩いて来た。
(こえええ! 逃げなきゃ! ほらほら~、動いてよ猫の私!)
「よしよし、待ってなさい」
彼はニコニコしている。
彼は着ていたローブの内ポケット(?)から、缶詰と皿を出し、缶詰の中身を盛った。さらにミルクのパックともう一つ皿を出し、手際よくミルクを皿にそそぐ。
「ほら、キャットフードだよ。お食べ」
(……この人の内ポケット大きいんだな。これ、美味しいの?)
私はそれを食べた。
(うんま~~~い♪ この人、女関係だらしないけど、動物に優しいな)
「美味しいだろ? ……だから、さっき聞いたことは黙っててね」
(あれ……? 私、買収されてる?)
「クールなイメージが壊れちゃうからね……お願いします!」
(ぜ、全然クールじゃねえええええええええ)
………
(か、缶詰……、美味しかった。美味しかった……)
「人は秘密を抱えて強くなる。私は苦しみを堪え、浮気しているんだよ。この国に住む人々の為に。分かるよね? ……また缶詰が欲しくなったら、私に会いに来なさい。言っとくけど、今の缶詰は高いからね。スッゴく高いからね」
「はい……」
私は丸め込まれてしまった。
その夜。
「悪かった、ケット。待たせたことまだ怒ってる?」
「ううん」
「そう? さっきから口聞いてくれないからさ」
「あのさ、ビス」
「ん?」
「私、猫じゃなかったんだよ」
「へ?」
ビスは目を丸くする。
「そう言ったら信じる?」
「本当なの?」
「ごめん、やっぱいいや」
「へ?」
「眠いから寝る」
「うん。分かった。明日から授業だから僕も早めに寝るよ」
よく分からないけど、違う世界に来て私は猫になった。
それについてあれこれ言っても何も変わらない気がした。
私はここで黒猫として生きて行く。
そう決めた。
授業一日目。
「選んだホウキはちゃんと持ってきたか?」
「はーい」
「持ってきました」
「これで~す」
タルゴン先生の問いに返事はまばらにあった。
教室には20名の恐らく魔女、それと動物達が居る。
席は動物達にもある。
「そのホウキで飛べた者はいるか?」
しーん。
少し間を置いて、
「飛べません」
一人だけ返事をした。
「そうだろうとも」
茶色いドレッドヘアのタルゴン先生はうんうんと肯いた。
タルゴン先生は女か男か判別がつきにくいけれど、
多分男の先生だ。
「そのホウキはな、約束のホウキと呼ばれている」
そう言って、先生はぐるりと教室を見た。
「聞いたことある者?」
「はい」
金髪の少女。
この学校では金髪は珍しくもないが、この少女の金髪は特別綺麗だと思う。
本当の金色という感じがする金色だ。
確かガチャガチャの前でビスと話をしていた女の子だ。
「えーと、お名前は?」
「ワイズ・エリカです」
「そう。覚えたよ。ではエリカさん、約束のホウキについて知ってることを言ってみてください」
「約束のホウキには命が宿っています。仲良くなるまでは飛べません」
「はい、その通りです。仲良くなる為の方法は知っていますか?」
「いえ、撫でてみたりしてるんですが……」
タルゴン先生は首を優雅に左右に振った。
「それでは駄目です。仲良くなるには秘密を告白するのです」
「秘密?」
と誰かが言った。
「何でもいいのです。あなたの抱えている秘密を話すのです。話せば話すほどホウキは強化され、そしてあなたに力を貸してくれます」
タルゴン先生は力強く言った。
(そっか。それであの人はトマトちゃんがどうとか言ってたんだな)
キンコンカンコン。
それ以後にあったタルゴン先生の授業はなんと国語だった。
しかも日本語。
私が中学で習っていたのとほぼ同じことを私はこの異世界の学校でビスと一緒に勉強することになったのだ。
キンコンカンコン。
チャイムの音まで同じような音だ。
「これで本日の授業は終わり、皆、明日は空を飛んでバーンズ公園に行くよ」
タルゴン先生はそう言った後であくびをした。
先生も授業はつまんないんだな。
しかし、これで終わり? こんだけ?
「さ、帰ろう。昼ご飯は学校で食べてく?」
とビスが隣の机の上に座っていた私に聞く。
そう。まだ昼ご飯の時間ぐらいなのだ。なんて楽な学校だろう。
「学食ってあるの?」
と私は返事をする。
「ガクショク? 何それ?」
「学生食堂。学生の為の安い食堂だよ」
ビスは首をひねった。
「その言い方は知らないけど、食べるところは沢山あるよ」
とビスは言う。
私とビスは地下におりた。
(学校に地下があんのかよ!)
私は少しびっくりした。
(いや、地下の倉庫ぐらいだったら普通の学校にもあるか?)
地下には沢山の店が……あるっぽかった。
パッと見、営業してるのかどうかも分からない何の店かも分からない店かどうかすら分からないそんなところばっかりだ。
「カレーにする?」
と言ったのはいつの間にか来ていたエリカだ。
(金髪の割には日本的な名前だな。ハーフかな?)
「カレー! いいね! ケットもそれでいい?」
上から私にたずねるビスは嬉しそうだ。
「え? 私、猫だよ?」
「え? どういう意味?」
「猫がカレーなんか食べていいの?」
「何か猫にふさわしい食べ物ってあるの?」
とビスは軽く首をかしげて言う。
「キャットフードとかさ」
と私は言う。
「きゃっとふーど? エリカ知ってる?」
「ううん。知らない」
「でも、貰ったよ」
「誰に?」
ビスが私に聞く。
「名前は知らないけど、この国の重要人物さんに」
「え!? 会えたの!?」
エリカが驚いた様子で聞く。
「昨日、ホウキ置き場の近くの公園に居たよ」
「公園? 階段の上の?」
「うん」
「あそこ、昨日はふさがれてたような……まぁいいや。いいな……私も会いたかったな。憧れなんだ。いいないいな。……ふぅ」
エリカはため息交じりに言った。
(見た目はかっこ良かったけど……)
あんな人、会わない方がいいですよと私は言えなかった。
代わりに、
「あの、私もカレーでいいけど、どこがカレー屋さんか分かるの?」
と言った。
エリカは肯いた。
「ナビ」
とエリカは言う。
(何だ? ナビ?)
少しの間を置いて、エリカの胸にあったシルバーとピンクのペンダントがふわりと浮き上がった。
「カレー」
と続けてエリカは言った。
そうすると、ペンダントはグイグイとエリカを引っ張り出した。
ビスがそれを指差し、
「これで分かる」
と言った。
(ダウジング……とは言わないか、何ていうんだろう? ナビでいいのか?)
ナビ。
ナビゲーション。
英単語だ。
(ここは本当に異世界なんだろうか?)
授業二日目。
「皆行っちゃったね……」
と私は言った。
「皆、飛べるんだ……」
ビスは銀色のホウキを握り締めて呆然としている。
「どうする? 来なくていいって言ってたけど」
(何ていい加減な学校なんだろう)
「走って行くよ。……あっ、でもそれじゃあケットが……」
「うん、私はあんなスピードには耐えられない。まぁ、空飛ばれるよりはマシだろうけど」
「そっか。空飛ぶのもケットは駄目か」
「うん」
「服屋に猫や犬を固定する物が売ってたような……買いに行こう」
「分かった」
ヒョイッ
私はビスの肩に乗せられた。
「ナビ」
とビスが言うと、ビスが首から提げていた金色のペンダントが浮かび上がる。
「猫用品のある服屋」
ペンダントはグイグイとビスを引っ張った。
授業三日目。
今日は昨日より快晴だ。
「今日もバーンズ公園に行く。空中でドッジボールをするんだ。ビス、飛べるようになったかね?」
険しい顔のタルゴン先生がビスに聞く。
「飛べません」
「秘密をホウキに話すだけでいいんだよ。たとえば、去年おねしょしてしまったとかね。それだけで人が走るぐらいの速さで空を飛ぶぐらいのことはできるようになる」
「そんなことが秘密なんですか?」
とビスは言った。
「立派な秘密さ」
「僕には秘密がありません」
「そんな馬鹿な。一つや二つあるはずだ。よく考えてごらん」
ビスは頭をかきむしり、考え込んでしまった。
10分程過ぎただろうか……
「先生、飛べない人にいつまでも構ってないでさっさと行きましょう」
と誰かが言った。
「そうですよ」
と別の誰かが賛同する。
「先、行ってまーす」
また別の誰かはさっさと空を飛んで行った。
他の生徒も次々とそれに続く……。
(なんて冷たい人ばかりなんだろう!)
最後にエリカが
「頑張れ」
と言って飛び去った後、タルゴン先生もゆっくりと空に浮かび上がり、一度だけビスをちらりと見てからすごい速さでバーンズ公園のある方へ飛んで行ってしまった。
「あーあ、どうするビス?」
「ふあ~あ」
ビスは大きく伸びをした。
「飛べないものは仕方ないし、遊園地でも行こうか?」
「遊園地? そんなのあるの?」
「あるよ~。行こう行こう。バッグに入って」
昨日買った猫バッグの中に私は入った。ビスは紐をキュッと引っ張って激しく動いても私の身体が外に飛び出さないようにした。私は顔だけが外に出ている。ビスはそれを背負うと軽快に走り出した。
「ナビは使わなくていいの?」
と私は言う。
「大丈夫、分かる」
ビスは元気そうに返した。
(ビスは一人だけ飛べなくて悔しくないのかな? でも、おねしょしたとかそんな程度の秘密でいいならすぐに飛べるようになるよね)
その私の予想は外れることになる。
一ヶ月経ってもビスは飛べなかったのだ。
その頃には他の皆は競技用自転車程度の速さで空を飛べるようになっていた……。
しかし、最初はビスのことを馬鹿にして除け者にしていた皆ともビスは持ち前の明るさで打ち解けていた。ビスの凄い足の速さなどの身体能力にも皆は関心していた。……表面上は。
結局、ビスが今も影で馬鹿にされ、一段低く見られていることを私は知っている。早く空が飛べるようになって見返してほしい。
そんな一ヵ月ほど過ぎたある夜。
どおん! という音が外で鳴った。
次の日の朝。
「ケット、ケット、起きて!」
(うーんん……眠い)
「どうしたのビス?」
「外に出て見て!」
私は言われるまま、ビスの後について外へ出た。
景色に違和感がある。
「あれ? あんなのなかったよね?」
と私は言った。
その日の学校。
「どおん! っていう音は私も聞いたけど、眠いから見に行かなかったんだよね」
と誰かが言っている。
「それにしても凄い塔だよな」
「高いよなー」
そう、たった一夜で町の外れに町の何処から見ても余裕で見れる程の巨大な塔が建設されていたのだ。
(秀吉か~い! あったよね? そんなことが日本史に)
あれ?
ビスが何処かへ行こうとしている。
「何処行くのビス?」
とエリカが聞いた。
「近くに行ってみる」
「学校さぼって?」
「うん。行ってくる! ……わっ」
教室の外に出ようとするビスをドレッドヘアの人がさえぎった。
タルゴン先生だ。
「止めておきなさい。学校をさぼるぐらいは構わないが、あれは滅びの種子から出来る滅びの魔物だ」
「魔物?」
ビスが眉間に皺を寄せる。
「そうだ。あれは魔物だ。すぐに討伐隊が組まれる」
「討伐隊?」
「君達のことだけどね」
「へ?」
その日の正午頃。
「………というわけで、魔物(塔)攻略第一陣は従者のみです」
(従者って私ら動物達のことだな。でも私は関係ないか、ライオンやゴリラなんかもいるんだ)
「先頭は……強力な結界突破能力を持つ、黒猫のケットです」
(え!? 私!? うわわ、決まるの早い! そんな能力知らないし!)
次の日の朝。
そんなこんなで塔の前まで連れて来られました。
近くで見る塔はおおよそ灰色で、質感も遠くから見た印象と変わりない。
私の周りにはドラゴン軍団が……いなくて、ミニチュアダックスやトイプードルなどの頼もしい従者達が集まっている。
(頼もしいわけないだろ! こんな連中とこんなでかい塔の攻略なんて出来るかぁ!)
私は頭の中でツッコミを入れたが、ビスの為にもこの仕事は成功させなきゃいけないと思う。進もう! 早く前に進もう! 私の真後ろに居るクラゲみたいな……
(スライムが怖いし! 話が通じなさそうなんですもの! 敵じゃないのかこいつ!?)
様々な理由でドキドキしながら突撃の合図を待ってる私の傍にビスが走って来た。
「僕も一緒に行く」
「駄目だよビス、作戦は守らなきゃ」
「嫌な予感がする」
「嫌な予感?」
ピィーッ
突如笛が鳴った。
(合図だ!)
「とつげーーーき!!」
声でも知らせが来る。
(分かったっつーの!)
「行ってくる」
私は塔の巨大な門に走って近付いた。
(え!?)
すると、目の前の塔が消え、落ち葉が舞う。
(あ、こけおどしなんだ……)
代わりに古そうな洋風の館が私達の前に現れた。
(小さくなった。これならイケそう)
ピィーッ
また笛が鳴った。
「黒猫、離脱!」
(え? もういいの? じゃあそうさせてもらいまーす)
私は戦線を離……
ヒュ! ヒュ! ヒュ! ヒュ! ヒュ!
(うあ!?)
館から先が尖った木の枝みたいなものが伸びてきた!
キーーーーーン
耳鳴りみたいな音
ビスは剣のようにホウキを使って、私の目の前に来たそれを叩き切った。
(あぶなかった! 良かったビスがいてくれて! そのホウキってそんな風にも使えるんだ……)
ピィーッ
「第一陣、第二陣突撃!」
動物達とホウキに乗った魔法使いの集団が館に突っ込んで行く。
館の中から戦いの音が聞こえる。
時折、光も見えた。
30分程経っただろうか、ぎぃぃ~っと魔物の悲鳴のようなものが聞こえ、洋館はさらさらと砂になった。
(終わった? 楽勝だった……かな?)
「げほげほ、砂になるんだったら早く教えといてよ」
「怖かった~~」
「僕の作戦、何点ですか?」
「70点」
「指揮、良かったでしょ?」
「まあまあだ」
様々な声が聞こえる。
「負傷は犬二匹、猫一匹! 死亡はスライムのみ!」
誰かが言った。
(スライム? って、一匹だけだったよなぁ。あのスラちゃん死んだのか……)
「うぅあぁぁ……」
私の耳に泣き声が入った。
声のした方を見ると、魔女が一人居た。
スライムを抱きしめていた。
「マリー、マリー、マリー」
何度もスライムの名前を呼ぶ。
私も涙が出る。
その魔女に同情したのか、スライムが死んだことが悲しくなったのか、自分でもよく分からない。
「ぷぅーっククク」
「ひゃはは」
「あははっ」
今度は笑い声が聞こえた。
「気持ち悪いスライム死んじゃったー!」
「あはははっ」
「ぷぷぷっ」
「俺が殺そうと思ってたのに」
「ぶーーっ、あんま笑かすなって。ひははっ」
泣いてる魔女に聞こえるように言ってる……
何だろうあの集団は……
皆、ドラゴンを連れている。
何だ何だドラゴンを連れてるからってそんなに偉いのか?
しかも戦いには参加してなかったぞ、こいつらは。
腹立つ!
「見るな」
ビスが小さな声で私に言った。
(え? そんなやばい連中? ビスなら殴り掛かりそうな気がしたんだけどな)
ビスも意外と大人なんだな……と思った。
その夜、
「あいつの作戦は20点」
「死んだのが私の犬じゃなく、スライムでほっとした」
「……」
それぞれの場所で秘密が告白され、ホウキの強化が行われた。
「私は……あいつらを……ヒック……殴りたかったけど……ヒック……う……今後の学園生活のことを考えて……ヒック……殴れませんでした……」
ビスのホウキもまた強化された。
次の日の朝。
私はベッドの上から窓の外を見て言った。
「これぐらいなら傘はいらないかな?」
今日は小雨だ。
あれ? ビスの返事がない。
私は部屋をぐるりと見る。
「ん? どこに行ったんだろ?」
私はベッドから降り、私用の小さな出入り口まで行った。
ゆっくり木の扉を押して、外へ出る。
ビスの姿はない。
家の周りを一周走ってみる。
それでもビスは見当たらない。
「あっれ~?」
そう言いながら、私は何となく空を見た。
そこにビスはいた。
ビスは空を飛べるようになったのだ。