すとれんじ
【ほとんど一緒だもん】
様々な家が建ち並ぶ辺り一帯を、朝焼けの鮮やかな明かりが照らしている。爽やかで涼しい風が流れ、小鳥達の鳴き声が響き渡る様に心が洗われるのは間違いない。
その住宅街の中にある、洋風のこじんまりとした一軒の家。核家族なら広すぎるくらいの大きさか。ほとんど汚れの見えない塀や白い壁からすると、築1年もたっていない。子供を見越してお父さんが頑張ったのたろうか。
その家の2階に、読湖の部屋がある。
読湖の部屋の中を見てみると、ベージュを基調とした柔らかい色使いで、落ち着いた雰囲気に整えられている。物がきちんと片付いているし、可愛らしい熊やウサギの人形も飾られていて、なかなか女の子らしい。
ちょっと意外。
その部屋の主を見てみると、ベッドの上でぐーすか寝ていた。布団は蹴飛ばしているし、あっちこっちに手足を伸ばして、お腹はさらけ出したまま、だらしなく口が開いている。
年頃の女の子とは思えない。むしろ土木建築のおじさんと言った方が妥当だろう。意外なのは部屋だけで、本人はそのまま性格通りだった。
唯一の救いは、おじさんと違っていびきをかいていないので、寝息が静かな事くらいか。
「朝だよお~今日も元気にがんばろう~。」
ちょうど7時になった瞬間、なんと言うかぽや~っとした女の子の声が響いた。誰かの声でも吹き込んでいるのか、部屋に置いてある目覚まし時計から聞こえてくるようだ。
しかし読湖は全く反応せず、気持ちよさそうに惰眠をむさぼっている。
「あ~さ~あ~さだよ~鳥さんが鳴~いて~起きるじ~かん~。」
調子に乗ってきたのか、目覚まし時計の声は妙なフレーズをつけながら歌い始める。ぴくっ、と読湖の目元が動いた。
「ある~日~もりのな~か~くまさんに~であ~った~。ひゃー怖い……かも?」
いきなり歌が森の熊さんに変わったかと思えば、全然怖くなさそうに歌詞に答える。この声の女の子はいろんな意味で大丈夫なのか。
女の子は、次々と色々な歌を何フレーズか歌っては、妙な相づちを打ちつづけた。
そんなかなり楽しそうな女の子とは対照的に、読湖はぎりぎりと歯ぎしりをして、眉をしかめている。まるで万力で頭を締められているかのようだ。
「ふう~、今日も頑張ったよ。うんうん、声がばっちり出てるね。」
「どぅおこがよぉ!!」
これ以上は我慢の限界と言わんばかりに、読湖が叫んだ。どこがよ!と言っているのだが、寝ぼけてろれつが回っていない。
「それじゃ、もう起きただろうからまた後でね~。」
起きるのを見計らったかのように時計から声が響き、プツッという音とともに静かになった。この時計、本当に録音なのか疑問が残る。
「あー……、あぁ?」
ボーっとした視線を辺りへふらふらさせているうちに、読湖もだんだんと目が覚めて焦点が合ってきた。
「うー。確実に起きれるのはいいけど、これ絶対体に悪いわ。耳が壊れちゃう。むしろ頭かしら。」
何故読湖がイヤそうにしているのか、答えは簡単。女の子の声が殺人的に音痴だったからだ。的確かつ絶妙な音の外れ具合は、人の気を逆立ててやまない。
「あの子もこれさえなきゃねぇ。さて、顔洗って学校行く準備しよ。」
つぶやきながらトンッ、とベッドから降り、寝起きと歌どちらのせいか分からないが、フラフラと歩いて洗面所に向かった。
顔を洗って制服に着替えた後、いつも通り1階のリビングへ向かう。
制服は、明るい茶色のブレザーと赤地に白でチェック柄のスカート。ブレザーはどこにでもありそう、と見せかけて裏地がピンク色だ。
スカートに至ってはかなり珍しい。二重構造になっていてプリーツが無く、アーチ状にレースが裾を飾っている。
むしろ、制服に見えない。
「ごっはん~ごっはん~。おはよー母さん。」
「おはよう、読湖。もう、ママって呼びなさいっていつも言ってるでしょう?」
「はーい。」
読湖が呼びかけたのは、母の奈々美。いわゆるパッツンの前髪で、漆黒の濡れ羽色をした艶やかな髪が、まっすぐ腰まで伸びている。170センチ以上はある高めの身長だが、なかなかグラマーで均整のとれた体だ。
目元はややたれぎみで細く、癒しオーラ全開の優しさが、微笑んだ表情に出ている。30代後半とは思えない顔立ちとプロポーションは、近所の男達に大人気だろう。
「あ、パパもおはよー。」
「凍湖、俺は母さんのついでなのかい!?それにお父さんと呼びなさいと言ってるじゃないか。お父さんは悲しいぞ~。」
「はーい……。」
泣いた振りをしていじけているのは、父の明人。
妙に長い黒の前髪が鬱陶しく伸び、猫背なので180センチくらいの身長が小さく見える。顔立ちは前髪のせいでよく見えないけれど、空気というか雰囲気が、かなりの冴えなさをかもしだしている。
また、やぼったい眼鏡をしているので顔はさらに判りにくく、陰気のある格好に拍車をかけていた。
似てなさそうな親二人だが、共通して目に付くところがある。
黒く見える髪の毛が、日に透けると青く見えることだ。かなり濃い青なのだろう。
そして凍湖と呼ばれた読湖は、じろっと明人をにらんだ。
「だったら私の名前は、よ・み・こ!とーうーこーじゃーなーくーてっ!いい加減にちゃんと呼んでよ。」
「何を言うんだ。凍湖は生まれてきたときから凍湖に決まっている。」
全く話を聞きそうにない明人の様子に、読湖の目つきが鋭さを増す。
「母さんにじゃんけんで負けて、自分が考えた名前が使われなかったからってしつっこいわよ。これ以上言い続けるなら、パパとはもう口聞かないから。」
「そんな。僕の生きがいを奪おうと言うのかい!?頼むから許してくれよ~。」
「もうヤダ、離して!触らないでよ!!」
「お願いだから無視しないで~。」
腕にすがりつく明人を突き放そうとする読湖。
しかししつこくしがみつく明人が、ばだばたと暴れた。
「はいはい。明人さん、ご飯ついだわよ。読湖も、ね?」
言い争いになるのが判っていたのか、奈々美がご飯片手に間へ入る。
「まったくもうっ。」
読湖は怒りながらも素直に椅子へ座り、テーブルに並べられた朝ご飯をとり始めた。ご飯と味噌汁に焼き鮭、そして味付け海苔。まさに日本の朝。
しかし読湖は味わうこともなく、よそわれたご飯をふくれっ面で一気にかき込み、10分ほどであっと言う間に食べ終えてしまった。
「んぐぐっ。ごちそうさま、行ってきまーす。」
「あらあら体に悪いわよ、慌ただしいわねぇ。忘れ物はない?気をつけていくのよ。」
「はーい。」
「読湖、学校で勉強頑張るんだぞ。」
「……。」
奈々美の声だけに応えつつ、読湖は駆けだしていった。
※※※
読湖が学校へ出かけていった後。明人と奈々美の二人が重い空気の中、箸をつけることもなく朝食を並べたテーブルに座っている。
奈々美は困った顔をしながら明人を見ていた。
見られている明人は落ち込んだ顔でため息をつく。
「明人さん。気持ちは判りますけど、あまり押しつけるとあの子が可哀想ですよ。」
「判ってる。だけど仕方ないじゃないか。とにかく何かしていないと嫌なんだ。」
「困った人ねぇ。」
落ち込んでいる明人の姿を見て、奈々美の表情へ苦笑が混じる。
「あの子のことを想う気持ちを、もうちょっとうまく伝えなきゃね。」
「ああ。気をつけるよ。」
明人のぶすーっとむくれた様子は先程の読湖そっくりで、どう見ても似たもの親子だった。
※※※
家から外に出た読湖は、もう学校に向かっていると思いきや、まだ門の前にいた。門柱に寄りかかりながら、怒りもあらわにブツブツと文句を言っている。
「パパったらいい加減にしてよね。人の話は聞かないし。大体、あの長ったらしくて鬱陶しい髪とか、しつこい性格からして人の神経逆撫でしてるわ。あぁームカツクー!!」
言ってる内にどんどんイライラしてきたようだ。
ブツブツとは言えないレベルまで、というか大声で喚いている。その、普通なら間違いなくお近づきになりたくないであろう読湖に向かって、女の子が歩いてきた。
女の子は明るい栗色の髪を、肩にふれないくらいのボブにしている。手入れのたまものか、キューティクルが朝日できらきらと光っていた。
背丈は読湖より小さく、150cmほど。
読湖と同じ制服姿だが、小柄な分可愛らしさが引き立ってよく似合う。さらにくりっとした大きい目は澄んでいて、愛らしい。小動物タイプと言う感じか。
それだけ見れば清楚な美少女なのだが、表情全体がなんとも間延びしていて、ほんわか。朝のせいか、はたまた元からか、目も眠そうにトロンとしている。庇護欲をかきたてる様子は、男子の心を揺さぶりまくっているだろう。
ひたすら悪態をついている読湖に、女の子が声をかけた。
「よみちゃ~ん。おはよ~。」
「明日から本気で口聞いてあげない、ってみいこいつの間に来たの?」
「さっきから、よみちゃんが大声でお父さんの悪口言ってる時からかなぁ。」
表情どころか声まで間延びしている、みいこと呼ばれた女の子は、繭村琴美。読湖とは小学校の頃から親友である。読湖が門の前にいたのは待ち合わせだった。
「あっちゃー。そんなに声出してた?」
「うん。きっと町中の人が起きちゃったよ。」
「それは言いすぎでしょ!まぁいいや、済んだ事だし。」
あれだけ怒っていたのに、恥と一緒に流してしまった。もっと気にした方がいいと思うが。
「あはは。もう、よみちゃんらしいね。」
言い過ぎでは無いと思ったが、読湖らしい割り切った言い方に、琴美は思わず笑ってしまっていた。
その笑顔を見た後、読湖がふと視線を下げる。喉元を通り過ぎ、胸元で止めた。
「むぅ……。」
「よ、よみちゃん?あんまりじっくり見られると恥ずかしいよ。」
「ただでさえ背がちっちゃくて可愛いのに、そこだけ大きいとか卑怯。恥ずかしがるところも似合いすぎだし。」
聞こえていないのか、ひたすらじっと胸を見つつ、ひとりごちる。そう、琴美はかなりのモノを持つ、有り体に言えば巨乳の女の子だった。見た目と相反する容姿に、ドキリとする男子がかなりいるに違いない。
「ううぅ。ほら、学校いこう~?」
「あぁ、うん。ちょうどいい時間だし、そろそろ出ないとまずいね。もんでいい?」
「会話の繋ぎでさりげなく言っても駄目。」
「ちぇ。気持ちよさそうなのに。」
話をいったん切り上げて、もしくは断ち切って、二人は歩き出した。やや狭めな道が続く住宅街の道を、二人はゆっくりと歩く。
「それで~、よみちゃん。またお父さんと喧嘩したの?」
琴美の言葉に読湖の顔がピクッとひきつる。
「そう。そうなの。またなのよ。」
怒りのボルテージがじわじわと上がり、声も大きくなっていく。
「まぁた私の名前を勝手に変えて呼ぶし。その癖自分はお父さんと呼べなんてうるさいし!パパはどうしてああもしつこいの!?」
どんどん大きくなってきて、いよいよ近所迷惑になりそうな声量になった頃、慌てた琴美が、なだめだした。
「ほらほら~、落ち着いてよみちゃん。声がまた大きくなってるよ~。」
「ごっ、ごめん。ついイライラしちゃって。」
琴美の言葉で落ち着きを取り戻した読湖は、露骨にしまったという顔をしてうなだれた。
「でもさー、ほんと意味判んないんだもん。何であたしのパパはあそこまで陰湿でしつこい変人なんだろ。メガネダサいし。略して変人ダサメガネよ。」
気持ちは判るが、関係ないことまで文句を言い続ける読湖。
「変人ダサメガネは言い過ぎじゃないかなぁ?それに何でメガネなの。」
「だってダサいんだもん。ふんっ。変人ダサメガネで十分よ。」
琴美がクスクスと笑いつつ、フォローと突っ込みを入れたが、身も蓋もない読湖だった。
「う~ん。よみちゃんのお父さんが変なのはいつものことなんだし、気にしないでおこう。あ、メガネがダサいのもね。」
おっとりした口調の中から、急にちくりしとしたトゲを生やしてきた。流石に読湖も顔をひきつらせて苦笑いをしてしまう。
「みいこ、それフォローになってない。一応あたしの親なのに、相変わらずニコニコしながらばっさり切るわね。」
「そう?まぁいいんじゃないかなぁ。ふふっ。」
本当にフォローだったのか、それとも違うのか。琴美は答えないまま可憐に笑った。
「んーそうだね、気にしたところであのパパが治る訳じゃないし。ま、いっか。あっはっは!」
全く気にしないニコニコ琴美と、どうでもよくなり爆笑する読湖。散々怒りを発散したお陰で、読湖の憂さも大分晴れていた。
ひとしきり笑いあった後、ふと思いついたのか、琴美が不思議そうな顔で読湖に言った。
「でも、よみちゃんのお父さんっていつも前髪伸ばしてるから、どんな顔なのかよく判らないね。どうなのかなぁ?」
読湖は少し考えた後、微妙な表情で答えた。
「物心着いた頃からああ言う根暗な格好なのよ。運動会とかの行事は母さんとパパの二人で来るけど、パパ参加の競技でも母さんが代わりに出るか、二人とも出ないし。だから、前髪めくった姿を見る機会が無かったのよね。単によっぽど運動音痴なのかもしれないけど。」
昔を思い出しながら、しかめっ面をしている読湖。その顔を見た琴美が、いじわるそうに笑いながら言う。
「なぁに、よみちゃん。お父さんが参加してくれないから寂しかったの?」
「んなっ。そ、そんなわけないでしょ!パパなんか居ても居なくても良いし。むしろ居ない方が陰気な顔を見なくてすむから、せいせいするし。全然寂しくなんてないんだから。」
「そ~う?じゃあそう言う事にしておいてあげるね。」
「何よその言い方ー!」
顔を真っ赤にしてどもっていては、誰が見ても「そう言うこと」にするだろう。