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Beruhren -ベリューレン-  作者: ありむら
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茨道でもそれでもまだ

私は壁にかかっている絵画の記憶を頼りに、部屋までノンストップで戻った。

途中すれ違ったメイドさんたちがぎょっとしてたから、私の顔はとんでもないことになってるんだろう。

主に怒りと恥ずかしさで。


(何なんだアイツ。何なんだアイツ。冗談じゃない、こんなところ直ぐにでも出てってやる!)


幸いこの部屋は一階にある。入口から態々出なくともここから出られるはずだ。

窓に駆け寄って付近を見渡し、誰もいないことを確認する。

そこでふと、先程まで部屋になかったはずの物の存在を認識した。


ベッドの上に放り出されるように無造作に置かれた、鞘付きの短剣だった。

ナイフ、ではない。本物の短剣。武器だった。

鞘からそれを引き抜くと刃は白金に輝いていて、少しの歪みもない。装飾も綺麗だった。

だが、どうもただの鋼の光沢ではない。滑らかに研磨されているが、この剣はどうも銀に見える。


銀の十字架に銀の短剣。

これだけしてくれるサービス精神は見事だが、要はこれだけしないとあの森を抜けることはできない。

それでも、私は奴に試されているんだ。


絶対に抜ける。抜けてやる。


……帰る場所が、例えなくたって。





屋敷の窓から部屋を抜けだし、一気に森まで突っ切る。

森の手前にきて、一瞬足を止めた。


(…何を考えてんのよ、私は)


彼は逃げてみろと言ったはずだ。

私は逃げなければならない。帰る場所がなくとも、迎えてくれる人がいなくとも。

それを恐れていた覚えはないのに、なぜここにきて尻込みするのか。


「…馬鹿らしい」


意を決して森へと入る。

日頃陽の光を浴びていないそこは湿っぽく、蛇の好みそうな場所だと思った。

だが春らしく野草は若葉の香りを振りまいて、花々は風に揺られている。陽も当たらぬのに逞しい。

木漏れ日から漏れ出す光を少しでも得ようと背伸びをしている花達を、どこか羨望の目で見ていた。


(私も、ここの花に生まれることが出来たらよかった)


太陽を得ようと背伸びをする。花達は慈しまれ、私は叩き落とされた。

そして私は諦めたのだ。

愛されることを諦めた。神の慈悲に縋ることを諦めた。何時しか私は、求められることを恐れるようになった。

突き放されることを是とした私は、花に生まれてもきっと同じ末路を辿ったのではないか。

彼らだって私がいない方が、きっと幸せだろうに。


そんなことを思いながら、森を進んでいく。

短剣と十字架を握りしめることで怯えを押し殺しながら、ひたすら歩いた。

何時間も何時間も歩き続けて、時計も持たずに、日の光も確認できないまま、徐々に濃くなっていく闇の中をひたすらに歩いた。


怖い。怖かったけど、私にできるのはここから逃げる事だけだった。







もう何時間経っただろう。

辺りは闇に包まれ、私は仕方なく火を起こして作った即席の松明を持って森を歩いた。

ぶっちゃけずっと不安定な足場を歩いていたものだから足が痛い。

アイツは夜まで、と言った。

もう時間はあまり残されていない。


あと一息だ、とパンパンの足に鞭打って一歩踏み出すと同時に、背後で私とは別の足音が微かに聞こえ、背筋が凍りついた。


そうだ。もう夜だ。ここから先は、彼らの時間なのだ。

このままではあの夜の二の舞になる。

私は痛む足を気持ちで奮い立たせ、走り出した。

それと同時に背後の足音も確かに追ってくる。恐怖を必死で押し殺して、私は走った。


数分走り続けていると、私の進路方向の木々が開けていくのが見えた。


(………!出口だ……!!)


あそこにさえいくことが出来れば。

あそこにさえ。

私の僅かな希望は、冷たい何かに足を取られ、対応できずに転んだことで潰えた。

松明を落として行く手は燃え広がる炎に阻まれる。


「おっと危ない。この先は出口だ、通すわけにはいかないねぇお嬢ちゃん」

「…!」


咄嗟に短剣を構え、後ろを振り返った。

炎に照らされ、ソイツの顔はよく見えた。土気色の肌の男だった。死斑も浮いている。

私の足を取ったのは地面から突き出た腕だった。同じ土気色の腕。それも一本ではない。

人間ではない事など、容易く見て取れた。


「昨日の夜あの城の旦那がお嬢ちゃんを連れていくのを見ていたが、もう家出かぁ?勇敢だねぇ」

「…アンタには関係ない。離せ」

「強気な言葉はいいがねぇ、そういうのは震える拳を仕舞ってから言うもんだ」


厭らしく下品に嗤う男に短剣の切っ先を向ける。

男は「おお怖い」とおどけながら一歩下がった。それがどうしようもなく癪に障り、そして怖かった。

私の怯えに気づいているんだろう。化け物はにやにやと笑っている。


「旦那もお目が高いねぇ、相当な上物だ。ガキにしては発育もいい、肉も柔らかそうだ。だが喰っちまうには惜しいなァ」

「………っ、私は食い物じゃない!」

「おお、威勢がいいな嬢ちゃん。だがな、そう言う反抗的な態度が余計に興奮を煽るってのを覚えておいた方がいいぜ?ほぅら勃起モンだ」

「ッ!!」

「人間だった時よりもずっと気持ちがいいぜ、この身体…あぁ、ぞくぞくするなぁ…」


後ずさって体勢を立て直そうとするも、地面から生えた腕に体を絡め取られる。

それを必死に短剣で斬りつけて、腕から少しでも解放されようと無我夢中で腕を振るう。

やはり短剣は銀でできているのか、腕に触れた途端煙を上げてそれらは砂になる。しかしそれを上回る速度で腕は増えて私の体に絡み付いていった。


「そんな物騒なモンはお払い箱だ、なァお嬢ちゃん?」

「い…っ!」


短剣を蹴飛ばされ、そのまま化け物に押し倒された。

凄まじい怪力に為す術もなく、身体中を厭らしい手つきでまさぐられる。

ただただ気持ち悪くて、声にならないまま暴れた。泣き叫びたかった。助けてと叫びたかった。


(誰が助けてくれるの?)



「ッぎゃぁああああああああああっ!!!!」


十字架を咥えてソイツの顔に唾ごと吐き捨てる。

じゅう、と肉の焼ける音がした。男は耳も塞ぎたくなるような甲高い悲鳴を上げて顔を抑え、私の上から飛び退く。

その隙に腕の力も緩み、私は蹴飛ばされた短剣を再び拾い上げて化け物に切っ先を向けた。


「私に触るな、変態」

「ぐぅぅうぅう…っ、あぁああああああ……!!テメッ、んなモンを……!」


銀の十字架に恐れを感じたのか、腕は私に近寄ってはこない。恐らくあの化け物と連動しているんだろう。


「あんたに屈して死ぬなんて真っ平だ。私は喰われる気なんて更々ない」

「こんの…ッガキぃいいいぃい………ッ!!」

「そんなに腹減ってんならイノブタみたいに木の根っこ齧ってなさいよ。今のあんた、顔がよく似てる」


私の煽りにブチ切れたのか、化け物の顔が本当の化け物のように変形し始める。

腕の量も倍増し、波のようにうねっていた。


「殺す…喰う、喰う、喰うッ!!喰ってやる、犯してやる、喰ってやるぞ糞餓鬼ぃぃぃいぃいぃいいッ!!!」


死にたくない。死にたくない。死にたくない。

私は諦めて死ぬなんて御免だ。

どう足掻いても死ぬというのなら、抵抗の限りを尽くし、這ってでも抵抗して、それで殺される方がマシだ。

こんな糞野郎に殺されるなんて死んでも嫌だが、こいつに屈して自害する方が屈辱だ。

私は、私はこんな化け物に屈したりしない。


「うるさい!死んで理性もなく苦も無く快楽に身を浸してるクズに、誰が屈するか」


諦めない。今度こそは諦めてなるものか。

大人しく喰われてやるものか。こんな犬っころに喰われるほど私は落ちぶれちゃあいない。

私は何もできない。何もできない私にできる事は、『人間であることを諦めない』ことだけだ。

この化け物に屈し、命を差し出した時点で私は人間から畜生に成り下がる。人間であった命を差し出し畜生になったこの化け物のように。

どうせ死ぬなら最後まで人間として死んでやる。


「人間を舐めるな、化け物が」






『―――――――――素晴らしい。なんと美しい言葉だ、なんと気高い在り方か』







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