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竜騎士の繰り手  作者: 天見ひつじ
第一章 エシリアの竜騎士
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七話 選択と結果

指揮官は三つに分けられる。

人望がなく満足に戦えない奴。

預けられた兵を率いて力を出す奴。

そして兵に自分の命を預けたいと思わせる奴だ。

――名も無き百人隊長の言葉



「あれは……ロムルスの敗残兵ですね」

 先頭に立って馬を進めていたレオンティナがそれを発見した。

 うずくまる兵士が一人きり。周囲に敵の気配はなく、罠とも思えない。

 近寄ってみれば、まだ少年と呼んでもよい年齢の若者だった。脇腹にレオンティナの矢羽根が突き立っているところを見ると、村を襲撃した徴発隊の生き残りだろう。一人でここまで逃げてきたのか、あるいはここまできて仲間に見捨てられたのか。意識は混濁しているようで、呼びかけても唸り声しか返ってこない。

「慈悲を与えてやりましょう」

 プレシアはクラウネルに目をやる。

「あ、ああ……いや、しかしまだ子供ではないか」

「子供でも、ロムルスの兵であることには違いありません。彼もまた村を襲った徴発隊の一員です」

「しかし、抵抗もできない者を殺してもいいという理屈にはならないだろう」

「……ならば、どうします。確かに、この者はカタルニアまで連れていけば、軍の治療師によって助けられるかも知れません。貴方のことを知っている者がいれば、追手もかかるでしょう。すでに寄り道をした上、さらに時間を浪費しようというのですか?」

「ならば、お前かレオンティナが連れて行って、私たちは隠れていれば……」

 なおも言い募るクラウネルに、プレシアは首を振ってみせる。

「駄目です。私もレオンティナも敵兵に顔を見られた可能性があります」

「……何か方法は、ないのか?」

「一刻も早く慈悲を与えてやることです。この問答は、彼の苦痛をいたずらに長引かせているのと代わりありません。お許しいただければ、私かティナがそれを手を下しましょう」

 プレシアの提案に、クラウネルは断固として首を横に振った。

「いや、やるのなら私が自らの手を汚すべきだ。他の者に任せなどはしない。決して」

「……よいご覚悟です」

 レオンティナが兵の兜を脱がせ、首を垂れさせた。

 クラウネルは剣の鞘を払い、真っ直ぐに構えて精神を統一し、気合いと共に一閃した。


 敗残兵へ慈悲を与えてからというもの、クラウネルは黙り込んでしまった。

 そろそろ、頃合いだった。

「我々が救った村。三日もすればロムルス軍は再び現れるでしょう。今度は対竜騎士の訓練を積んだ精鋭が送り込まれるかも知れません。指導者を怪我で失った村は成す術もなく蹂躙され、徹底的な破壊を受けるでしょう。なぜなら、その村はロムルスに敵対する意思を見せたからです」

 プレシアは速歩で馬を進めながら喋り続けた。クラウネルは黙って耳を傾けている。

「仮に、私たちがいなかったとしましょう。村長の娘は荷を奪われ、もしかしたら強姦されていたかも知れません。しかし殺されることはおそらくなかったでしょう。村も同じです。畑は荒らされ、羊は奪われたことでしょう。ただし抵抗さえしなければ命までは奪われず、また冬越しに必要な最低限の量は残すよう、指揮官が取り仕切っていたはずです」

「……僕は、僕が彼女を、彼女の村を助けなければよかったと言いたいのか?」

 腹の底から絞り出すような声でクラウネルが言う。

「違います。村を助けるより先に成すべきことがあると言っているのです」

「同じことだろう!」

「いいえ。貴方がもし竜の討伐に成功し、エシリア竜騎士団を作り上げたなら、それは村を救うことにも繋がります。ロムルス軍が撤退すれば、村が再び襲われることもなくなるでしょう」

「……助ける方法が間違っている。そういうことか」

 この騎士は甘っちょろいボンボンだが、察しは悪くない。

 それだけに、上手く誘導してやれば容易くこちらの思惑通りに動いてくれるだろう。

「……甘んじて、そなたの忠言を容れよう。私が竜騎士団を編成するのが一日遅れれば、流れる血がそれだけ多くなる。この胸に刻み、決して忘れはしない」

 ご立派な誓いに、心の中で拍手を送っておく。

「いい機会ですから、私からも一つ質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

 レオンティナが切り出す。

「何だろうか」

「そもそも我々には、赤竜に勝ち目があるのでしょうか?」

「あります。わたくしの見たところでは、赤竜は今、本来の力を失っているようなのです」

 答えたのは、意外にもこれまで会話には加わってこなかったアンヘリカだった。

「わたくしは竜の血を受けた者を竜騎士とする術を知っています。クラウネルとエシリアの勇敢な騎士たちが力を合わせて戦えば、きっと彼らは勝利と栄光を得られることでしょう」

 そして生涯に渡って解けることのない呪いと戦いの宿命をも得るだろう、と心の中で付け加える。

 徐々にアンヘリカの正体が読めてきた。おそらく彼女はカルティアの竜司祭だ。竜司祭は竜に仕え、竜騎士とは少し毛色の違う魔術を用いるとされているが、真実はカルティアの深い闇の中だ。レオンティナに目をやると、プレシアの推測を肯定するようなうなずきが返ってくる。プレシアには、彼女が時々自分の考えを読むように感じられるときがあった。

「アンヘリカの言う通りだ。レオンティナの実力は疑うべくもないし、プレシアの頭脳も頼りになる。シルニアに戻れば、私に力を貸してくれる騎士たちがいるだろう。ずいぶん回り道をすることになってしまったが、赤竜を討伐する準備はそれで整う」

 クラウネルは自信ありげに一人でうなずいているが、プレシアはそれほど楽観的になれなかった。

 昨日の戦い方を見る限り、クラウネルはまだ竜騎士の力に任せて戦っているようにしか見えない。それにアンヘリカは赤竜が弱っているというが、メッシニアで聞いたロムルス兵の話では赤竜はロムルスやカルティアの船を沈めているという話だった。

 アンヘリカは、まだ何か隠しているのではないだろうかと思う。

 レオンティナと二人きりで話したい、と強く思う。思えば、せっかく彼女が新しい体を得たというのに、直後にクラウネルの護衛依頼を受けてしまったために、思う存分いちゃつくことすら適わなかったのだった。

 今夜は彼女と寝床を共にしよう。

 そう決めると気分少し上向いた。

 クラウネルがつまらない話を続けていたようだったが、夜のことを考えると、そんなものは耳に入らなかった。


 それからさらに三日。

 カタルニアからシルニアへの行程は順調に進み、その半分ほどを消化していた。

 そろそろ頃合いだった。レオンティナと目で合図をかわし、くだんの村を出てから彼女と話し合って決めた策を実行に移すことにする。

「クラウネル様」

「なんだ、プレシア?」

 この世間知らずの騎士は、ここまでの旅ですっかりプレシアとレオンティナに信頼を置くようになっていた。

「メッシニアの情報屋、モーシャを覚えていますか? あそこを出る際に、馬や食料と一緒に王都シルニアの状況について情報を得たことを覚えていらっしゃると思います」

「ああ……ロムルスに海上封鎖を受けているといるのだったな」

「そこでご相談なのですが、私が先行して偵察することをお許しいただけませんか? 私はロムルスの生まれですから、仮に見つかったとしても上手くごまかせるでしょう」

 却下される確率は低いと踏んでいた。クラウネルはエシリア人、アンヘリカはカルティア人、レオンティナは傀儡としている女傭兵のカンピニャ人の特徴を備えているので、ロムルス人の中に入って行けるとしたらプレシアしかいないからだ。

「念には念を入れるに越したことはないか。十分に気を付けていってくれ。お前をここで失いたくはない」

「身に余るお言葉です。それと、もう一つ。もし可能ならば、市街に潜入も試みたいと思うのですが、なにかお知り合いへのお言伝などはございませんか?」

「うむ、王宮へ私の到着が近いことを知らせてもらえれば助かるな。だが、繰り返し言うが無理はするな。そうだな、これを持っていくといい。然るべき地位の者であれば、これの意味を理解するはずだ。プレシアの力になってくれるだろう」

 そう言ってクラウネルはマントの留め金を外す。それに刻まれたバスタムーブ家の〈水面を駆ける者〉の紋章は、確かにエシリア王家の者に見せれば大きな意味を持つだろう。例えば、降伏勧告の書状に、ロムルス軍がクラウネルを捕獲した証拠として付けるような用途に。

 容易に人を信用するこの若者は、いつか必ず足を掬われることになるだろう。だが、それを教えてやる義理はないし、彼にとっては幸いなことにそれは少なくとも今ではない。

 必要のない荷を他の馬に積み替え、身軽になった上でプレシアは出発した。

 向かう先は、ロムルス軍のシルニア攻略部隊、その司令部だ。

 いち早く、クラウネルの情報を届ける必要があった。

 それによって戦争の行方は大きく関わることだろう。

「お前を失いたくない、か。つくづくおめでたい騎士さまよね」

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