表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜騎士の繰り手  作者: 天見ひつじ
第四章 カルティアの竜司祭
34/39

三十四話 アンヘリカ

我を疑うなかれ。

我を暴くなかれ。

我を騙るなかれ。

汝は黒竜の御使いにして我が僕なり。

――「黒竜教会戒律集」より抜粋



 一日分の距離を、寝ずの強行軍で詰める。

 屍兵化した馬は、多少の悪路はものともしない。最悪、足が折れたとしても骨を接いで固定してやれば、痛みを感じることのない身体は壊れるまで走り続ける。とっさの判断力を落とさない最低限の休息を取り、駆け続けた。

 一行を視界に捉えたのは、クラウネルたちの出立を見届けてから二日後のことだ。

 平坦な山道であれば、身を隠す術はない。

 こちらの戦力は屍兵化した兵馬が十に、アンヘリカを加えた十一名。

 相手の戦力はまず竜騎士が二人。そして腕利きの女剣士が一人。彼女は竜騎士ですらないが、その剣技は侮れない。残りの一人は除外するとして、実質三名となる。

 ただし、地力の差は圧倒的だ。

 正直なところを言えば、真っ向からぶつかりあうにはかなり分が悪い。

 しかし、敵三人の内の一人でも屍兵化することに成功すれば、戦力は逆転する。

 成功の見込みは半々といったところだろうか。

 だが、五分の見込みがあるのならば、命を懸けるにはそれで十分だ。

 もっと少ない確率、あるいは幻想に過ぎない可能性に懸けて散っていく命など、いくらでも見てきた。彼らはそれでも懸けなければならなかった。なぜならば、彼らには選択肢がなかったから。なぜならば、彼らは使われる側であったから。

 これが、最後の戦いだ。

 この戦いを機に、アンヘリカは使われる側であることを止める。

 そう、赤竜と契約を結び、竜を使う側へと回る。

 道は、目の前に敷かれている。

 それが、見えてしまった。

 もう、誰も止まれない。


 言葉を交わすつもりはなかった。

 止まれば、ヒルダとレオンティナに突っ込まれて即座に壊滅するのは目に見えている。

 屍兵を前に出し、疾駆させる。

 アンヘリカの意志の下、統率された動きには全く乱れがない。

 狭い山道では横に逃げることも適わない。

 肉と鋼の奔流。

 当たる。

 水底に潜む固い岩にでもぶち当たったかの印象。

 馳せ違う。

 そのまま十分に距離を取り、馬首を返す。

 二頭の馬が真っ二つになり、転がり落ちた屍兵が止めを刺されているところだった。

 こちらの突撃を掻い潜ってやってのけたのは、クラウネルとヒルダだ。

 レオンティナは、ぶつかる一瞬にプレシアを抱いて飛び上がり、回避していた。

 揃いも揃って、何という身体能力。


 もう一度だ。

 坂の上からなので、さらに勢いがつく。

 今度は、アンヘリカが先頭になって突っ込んだ。

 ぶつかるその瞬間に、馬の鐙を蹴って真上に飛ぶ。

 一刀の下に斬り捨てんと気迫を漲らせていたクラウネルの眼が、こちらに向く。

 直後に突っ掛けた屍兵たちへの対応が、わずかに遅れる。

 屍兵の一人がクラウネルを蹄にかけんとした瞬間。

 横合いからヒルダの剣が走り、人馬をまとめて両断。

 しかし、クラウネルを援護したことで他の馬の体当たりを受け、バランスを崩す。

 レオンティナはプレシアを守ることで手一杯。

 これで、仲間は引き剥がせた。

 地に降り立ったアンヘリカに斬りかかってくるのは、クラウネルただ一人。

 今度は即座に馬首を返させ、ヒルダとレオンティナにそれぞれ四人ずつを当てる。

 どうせ、倒せはしない。

 時間が稼げれば、それでいいのだ。


 こちらも剣を抜き、迎え撃つ。

 刀身は黒い炎をまとい、同じ黒い光をまとうクラウネルの剣を弾き返す。

「その炎は……!」

 クラウネルが驚くのも無理はない。

 黒の炎を操る力は竜騎士のもの。

 本来ならば竜司祭が持つはずのない、持っていてはならない力だ。

 にもかかわらず、アンヘリカにはそれがある。

 呪わしき血の発現によって得た竜騎士の力。

 竜司祭は、契約以外で得た竜騎士の力を認めない。だからこのことが発覚すれば、アンヘリカは他の竜司祭から異端認定を受けて処分されることになるだろう。だが、この期に及んではもう関係ない。目撃者を全員消せばいいだけのことだ。

 アンヘリカが竜司祭でありながら竜騎士の力を併せ持つ事実は、アンヘリカ以外ではバルタザール・バルカス、クラウネルに竜騎士の力を与えたあの男しか知らない。彼はアンヘリカの後ろ盾となり、数々の後ろ暗い任務を任せてきた。今回のエシリア行もまたその一つ。そして、そんな関係ももう終わり。

 こうして自由に力を振るうことを自らに許した今、アンヘリカは歓喜に包まれていた。その身を支配するのは圧倒的な全能感だった。自らの意志に基づき行動するとき、人はこれほどまでに強く自由であれるのだ。

「負けを認めろ、クラウネル。貴方の帰る国はもうどこにも存在しない!」

「何を馬鹿なことを……」

「貴方の妹、エア・バスタムーブはカルティアの後ろ盾を得て戴冠した。ロムルスを退けた今、正当なエシリア王家の血を引かない貴方は誰からも必要とされていないのよ」

「なっ……! そんなはずが……!」

「この剣がその証拠。貴方に味方しようとした者は全員、この私が斬り殺した」

 剣は、伝令に身をやつしていた騎士から奪い取ったものだ。ロムルス竜騎士の武器を物忌師が造り直した長剣〈フラグメント〉は竜騎士の力によく馴染んだ。

 見せつけるように振り上げ、そのまま踏み込む。

 ここまでのやり取りで、何かに注意を引かれると反応が遅れる癖は見切っていた。

 予想通り〈フラグメント〉に目をやったクラウネルは、アンヘリカがもう片方の手で振るったナイフを見逃した。宝剣〈フラーマ〉は力のこもっていない〈フラグメント〉を両断するが、がら空きの脇をナイフで突き刺すことに成功する。

「ぐっ!」

 無理な体勢から振るわれた二の太刀を回避するのは容易かった。

 クラウネルは脇に刺さったナイフを抜き捨てるが、もう手遅れだ。

 毒は急速にクラウネルの身体を蝕み、その手から剣を取り落とさせる。


 勝負はついた。

 その瞬間に訪れた、刹那の気の緩み。

 アンヘリカは、背後から斬りつけられていた。

 傷口を確認しなくとも、致命傷だと分かる深さ。

 前方に飛んで逃げながら、体を捻って相手を見る。

 血濡れた漆黒の刃を手に立っていたのは、剣士レオンティナだった。

 馬鹿な。

 プレシアをかばいながら屍兵を片付けたにしては早過ぎる。

 現に、同じくらいの力量と見込んだヒルダはまだ手間取っている。

 いや、それ以前に、なぜ術によって屍兵たちと繋がれているはずのアンヘリカが、レオンティナによって屍兵が倒されたことに気付かなかったのか。ありえない事態。だが、確かに彼女へ向かわせた屍兵との繋がりは断ち切られていた。普通に斬られただけではこうはならないはずなのに。

 追撃をかけんとするレオンティナの姿が眼前に迫る。

 死を覚悟しながら、アンヘリカは理解に至った。

 だが、もう遅い。

 魂ごと喰われる。

 そう確信する。

 彼女は敵対者ですらない。

 レオンティナは微笑んでいた。

 それは、捕食者だけが浮かべる笑み。

 存在としての格が違っているのだと直感する。

 本能的な恐怖に、足がすくみそうになる。

 逃げなければ。

 だが、どこに。

 すぐ横には切り立った崖。

 落ちれば、命はない。

 だが、それでも。

 喰われるよりはましな選択とアンヘリカには思えた。

 喰われれば、きっと、屍兵になるよりもずっと悲惨な運命が待ち受けている。

 その確信が、アンヘリカの最期の思考だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最新作(空戦ファンタジー)はこちらから
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ