十五話 指揮官の天稟
敗北の味を知った凡将は勝ちに奢った勇将より粘り強く戦い抜くだろう。
――カントゥルス・レムス「ロムルス人の警句」より抜粋
プレシアは、自身の指揮官としての能力は平凡であることを自覚している。
確かに、戦場ではときとして不利な戦況を覆す用兵の才を持つ者が現れる。
それは天稟としか呼びようのないもので、努力して得られるものではないのだ。
そもそも、千や万を超す大軍の指揮は単に用兵の才があればできるというものではない。王族の血を引いているから、軍人として実績を残しているから、理由は何でも構わないが、指揮官は将兵の支持を得られる人物でなければならない。そうでなければ、兵士たちは命令に従わないからだ。
用兵の才は、その前提があって初めて問われるものであるとプレシアは考えている。
古今、血筋はよくとも無能な将は数え切れず、血筋がよく用兵の才を併せ持つ将が英雄として褒め称えられるのはそのためだ。天稟と呼べるたぐいまれな用兵の才を持ちながら、無能な将の下で死んでいった人間はきっと沢山いるだろう。
そして、自分やレオンティナの天稟は大軍の指揮とは異なる場所に存在することをプレシアは常に意識している。
例えば、レオンティナ。彼であり彼女であるプレシアの剣は、一対一での対人戦や少人数でのぶつかり合いの指揮を得意とするが、大軍の指揮には向かない。というよりは、それをするメリットが薄い。傀儡化の能力は、そもそも乗り換えを前提としたものであるためだ。
ころころと姿を変え、時に敵将の体に乗り換える指揮官に誰がついていくだろうか。
ゆえにレオンティナが指揮官となるためには、実質的に傀儡化の能力使用に大幅な制限をかける覚悟が必要となる。
傀儡化はあくまで他者の体を乗っ取る能力に過ぎず、決して不死や無敵の能力ではない。仮に次の体を得る前に今の体を失えば、レオンティナの人格は剣に封じ込められることになる。使い手たるフェイト家の人間がいなければ次の体を得ることは適わず、フェイト家の血筋が絶たれれば再び体を得ることは絶望的だ。
プレシアとの主従関係や、プレシアの安全を第一に考える行動原理はそこに起因する。
レオンティナの忠義は疑うべくもないが、それが何に起因するものなのかを意識しておくことは重要だ。そこを見誤れば、場合によってはレオンティナに見捨てられることすら有り得るとプレシアは覚悟している。
それゆえプレシアは、万が一にもそうはならないように状況を整えることに注力する。そのためならば、祖国ロムルスに弓引くことも厭いはしないつもりだった。
プレシアはレオンティナと別れた後、エシリア王都シルニアの外城壁の四隅に建つ防衛塔に登っていた。北壁と東壁が交わる場所に建つこの防衛塔からは、戦場が一望できる。
突如、大城門を開いて出撃したエシリア軍に不意を打たれたロムルス軍は、混乱から立ち直り切れていないように見える。横に大きく広がっているために薄くなっていた前衛は竜騎士クラウネルに率いられた騎馬部隊によって蹂躙され、攻囲軍の司令官であるメテルス将軍の旗印に肉薄していた。
意外だったのは、クラウネルのカリスマ性だ。彼はプレシアの助言を容れ、第一継承者の劇的な帰還と竜騎士の力の誇示、その勢いを駆っての出撃という一連の流れを見事に演じて見せたのだ。
レオンティナの見立てでは、単独や少数での戦闘では竜騎士の力を持て余しているとのことだったが、案外彼は用兵の才を持っているのかも知れないと思う。カルティアの黒竜と竜騎士の契約を結んだのならば生殖能力は失っているだろうが、血筋も申し分ない。
この戦争、エシリア王国はまず間違いなく負けるだろうが、彼自身は勝者たるロムルスやカルティアにとって手強い敵将に育つ可能性がある。まあ、生き残ればの話ではあるが。
眼下では激しい戦いが繰り広げられている。ロムルス軍は歩兵の密集隊形で騎馬突撃に対抗し、エシリア軍はクラウネルの指揮下で勢いを止めないように繰り返し攻めかけている。騎馬で押し込み、歩兵が騎馬の後退を援護し地歩を確保するという単純な戦法だが、攻囲軍は押されまくっているように見えた。
陸戦の経験が少ないエシリア軍ではそれ以上の動きができないのかも知れないが、単純さは力強さにも繋がる。まずは健闘していると言えるだろう。
クラウネルにとっての誤算は、プレシアがロムルス軍に通じていることだろう。そもそも、いくら竜騎士に率いられているとはいえ、陸戦の経験で圧倒的に勝るロムルスが不意を打たれ、ここまで押されること自体があり得ないのだ。
すべては見せかけ。
後退はあらかじめ決められていたことで、メテルスはそもそも旗印の下にはいない。
高所から見ていれば、ただ横に広がっているだけと見えた両翼が徐々に閉じ、エシリア軍を包囲しつつあるのが分かる。
そろそろ城壁を守備するエシリア兵たちはロムルス軍が包囲にかかっていることに気付くだろうが、彼らにはそれを前線の部隊に伝える術がない。
後はクラウネルがいつ包囲に気付き、いかにして包囲を抜けるか。全ては彼の器量次第といったところで、プレシアとしてはどっちでも構わない。どちらの場合でも目的に達することができるからだ。つまりプレシアにとって城壁外の戦いは始まる前から終わっていたのに等しい。
「さて、もう一方はどうなっているかしらね……」
振り返り、シルニアの街へと目を向ける。
もう一つの戦場でも、そろそろ戦端が開かれる頃合いだった。




