十一話 王都潜入
我らは剣で戦い、測量と算術によって勝つのだ。
――カントゥルス・レムス「ロムルス人の警句」より抜粋
シルニア包囲部隊の司令官、メテルス将軍との会見を済ませたプレシアは、馬を駆りクラウネルの下へ取って返した。預かっていた紋章を返却し、攻囲の様子など見聞きしたものを報告していく。もちろん、メテルスとの会見や、ロムルスの竜騎士がシルニアを目指していることなどは省いた上で、だ。
ここからは、クラウネルの動きが鍵となる。開示する情報と隠しておく情報とを選り分け、こちらの思惑通り動いてくれるように誘導するのがプレシアの役目だ。
「攻囲は厳重ですが、潜入の手立ては見つけましたので、急ぎましょう。多少の危険は伴いますが、ここは拙速を尊ぶことが肝要かと考えます」
「それはなぜだ? ロムルスに見つかるのはまずくないだろうか?」
「いえ、最大の危険はこうして少人数で行動しているところを襲撃されることです」
「竜騎士はいないのだろう? ならば僕とお前たちで十分対抗できるはずだ」
「ロムルスには対竜騎士を任務とする部隊があります。竜騎士を連れてこれない以上、敵の中に竜騎士がいた場合に備えて、シルニア包囲部隊の中にもその部隊がいるはずです。そして彼らの攻撃を防ぐには、竜騎士と普通の兵士を組み合わせるのが有効だとされています」
「つまり、エシリア軍との合流が最優先だということか」
「はい。加えてロムルス軍はエシリア軍が撃って出ることはもちろん、その中に竜騎士がいるなどとは想像もしていません。先の偵察でロムルスの司令官についても目星がつきましたので、入都後は速やかにエシリア軍と合流、クラウネル様を中心に押し出し、敵司令部に対して速戦を決めれば陸上部隊を潰走させられるかと」
「分かった。では夜陰に乗じて城壁へ接近し、明け方までにはシルニアに入ろう」
クラウネルが決定を下す。
一行は夕方まで休息を取り、日没後に行動を開始した。シルニアと包囲軍を迂回して西へ向かうと、城壁の西側に沿って流れるアーテル川にぶつかる。
「ロムルス軍は北面と東面に陸上部隊を、南面には海上部隊を置いていますが、西面については手薄です。城壁の際まで迫ったアーテル川は深く急な流れを持ち、兵が鎧を着たまま泳ぎ渡ることは困難なためです。まあ、斥候ぐらいは置かれているでしょうが」
「では、そいつらを片付けるのか?」
「いえ、違います。斥候が死体で見つかれば本隊は警戒を強めますから、その後の奇襲の効果が弱まってしまいます」
「では、どうする?」
「無視します。ただシルニアへ入るだけなら斥候は大して障害とはなりません」
「なぜ、そう言い切れる?」
「理由は二つあります。上流の村はすでにロムルス軍が押さえ、食糧流入の危険性が低いことが一つ。もう一つは、彼らは外へ出ようとする者だけを狙うよう命令されていると考えられるからです」
クラウネルが眉根を寄せる。
「どういうことだ? ちゃんと説明してくれ」
「さすがに時間の余裕がなかったので、ここから先は私の推測になりますが。……これはロムルス軍がよく使う手で、攻囲を行う際には、周辺の村や街の人間を城へと追い立てるのですよ。それによってロムルス軍は物資を手に入れ、敵軍には城内に無駄飯食いを抱えるか領民を見捨てるかの二択を迫れます。クラウネル様から見て、国王陛下はどちらを選ばれるご気性でしょうか?」
クラウネルは眉間のしわをさらに深くして考え込み、答える。
「私の知る父は、領民を見捨てたりはしないだろう。助けを求める民は受け入れたはずだ」
「でしょうね。河口を封鎖する水門に、小舟が沢山引っかかっていました」
「ロムルスのやり口については分かった。だが、それが斥候の問題にどう繋がる」
「……今から申し上げることは、多少ご不快に感じられるかも知れませんが」
「構わない」
「国王陛下がそういった優しいご気性の方であるならば、おそらく領民に混じって間諜も送り込まれています。それも定期的に。そういった状況下で、斥候がある者は捕まえ、ある者は見逃すという態度を取っていては間諜の正体がばれてしまうと思いませんか? カモフラージュのためにも、中に入る者は黙認というのがロムルスのやり方です。もう一方、外へ出る者を捕まえる理由については、言うまでもありませんね」
間諜はもちろん、ただの市民からでも街の中の状況が聞き出せる。また、あえて逃げ道を作っておくことで、間抜けな貴族や王族が逃亡を図って網の中に飛び込んで来てくれることもままあるのだ。
「ですので、剣は布か何かで包むとして、鎧などを捨てて領民と同じような格好を装ってしまいさえすれば、おそらく入る分には無事に通り抜けられるでしょう。ここから少し先に行ったところに、船と衣服を隠してありますから、それに乗ってシルニアへ入りましょう」
プレシアの言葉に、クラウネルが気色ばむ。
「この鎧は王家伝来のものだ! 捨てることなどできない!」
「では……そうですね、マントを油で浸し、それに包んで土に埋めておくといいでしょう」
船を隠してあった場所まで辿り着くと、レオンティナに鎧を埋める穴を掘らせる。万が一にも錆などつかないようにと丁寧に油を塗り込むクラウネルの姿を見て、エシリア人というのはつくづくおめでたい人種なのだなと思う。
単に彼がボンボンであるというだけでなく、国を治める国王からして篭城戦では最大の下策といわれる領民の受け入れを行い、更にはそれを諌める臣下の一人もいないと言うのだから、これはもうエシリア人の気性といっていいのかも知れない。
おそらくは、赤竜の存在によりある種の不可侵地域とされてきた時代が長いのが大きく影響しているのだろう。立国以来、常に隣国との戦争に明け暮れてきたロムルスとでは場数が全く異なるのだ。それは一面から見れば幸福なことだが、最終的には大きな不幸を呼び込むだろう。
クラウネルは、そうした状況をエシリア竜騎士団の創設により一変させられると無邪気に信じている。プレシアとしては、彼にはもう少しだけそう信じていてもらえるとありがたかった。