十話 双子の竜騎士
暴風のように激しく。
春風のように優しく。
――風の舞い手の教え
貿易都市レジニアは、メッシニア海峡を挟んでエシリア王国領に隣接する港町だ。それゆえに古来よりロムルスの中央海における海の玄関口としての地位を占め、栄えている。市場ではカルティアやエシリア、東方の国々から運び入れられた大量の品々が盛んに売り買いされていた。
首都ロマニカより騎行で三日、ヒルダは財務官プラエヌスと面会するため、この街を訪れていた。市場を横目に、貿易船とは区分けされた軍用船の停泊する一帯へ向かう途中、懐かしい顔を見つける。
「アレジア、それにプリス!」
艶やかな赤毛は動作の邪魔にならないよう編み込まれ、額には銀の装飾が施されたティアラが輝いている。声をかけられこちらを振り向く所作は綺麗な対象を成し、全く見分けのつかない顔立ちも合わせて見る者に強い印象を残すだろう。彼女たちの軽鎧はアレジアの方が青色、プリスの方は赤色の琺瑯加工が施され、流麗な形状と相まって装着者の美しさを存分に引き出していた。
「お姉さま、ヒルダお姉さまだぁ! アレジア、本物のお姉さまだよぅ!」
プリスはヒルダに駆け寄ると、ぎゅっと抱きついた。
「ちょ、ちょっとプリス」
姉であるアレジアが、そんな二人の様子を見てくすくす笑う。
「はしゃがないの、プリス。お姉さまが困っているでしょう?」
彼女たちは双子の竜騎士で、名をアレジア・ロムニカとプリス・ロムニカといった。その名が示す通り、ヒルダと同じ私生児の生まれだ。
最も、彼女たちは私生児としては恵まれている。大貴族家が、正嫡の息子あるいは娘を守るために忠実な私生児の竜騎士を育てるというのはロムルスではままあることだ。その場合は万が一にも裏切ったりすることのないよう、継承権を持たないことを除けば、待遇は嫡子の兄弟姉妹と変わらないものとなる。
「ここにいるということは、貴方達もエシリアへ?」
「その通りだ。我が竜騎士団からは君たち三名が正式に参加する」
かけられた声は、傍らに停泊する軍船の上からのものだった。軍営で何度か見かけたことのある姿。おそらく彼が財務官のプラエヌスなのだろう。
「早速だが作戦の内容を伝達したい。君らも乗船したまえ」
そう言い残して船内に消えてしまう。
「お姉さまが私たちの指揮官なんですね! それなら安心です!」
可愛らしく鼻にかかった声でプリスが笑う。
彼女たちは従士時代からの知り合いで、ヒルダが心の底から友人と信じられる数少ない人物だった。これから待ち受ける任務の困難さを思えば、気心の知れた彼女たちと組めるのはありがたい。これもマリウス将軍の心配りなのだろうか、と思う。
「二人とも、頼りにしてる。必ず生きて帰りましょう」
二人がうなずく。
それから、渡し板を歩いて乗船し、船長室へ向かう。
床に固定された机にはロムルス南部とエシリア全域が描かれた地図が広げられていた。
プラエヌスが口火を切る。
「では始めよう。私は財務官のプラエヌスだ。将軍から聞いているだろうが、今回の作戦は私が統括する。作戦目的は、エシリア島への竜騎士の潜入、そして赤竜討伐である。君たちにはここレジニアより出航し、王都シルニアからの潜入を図ってもらいたい」
「最寄りのメッシニアからの潜入ではない理由は? 竜が竜騎士の乗る船を沈めるのなら、航海の距離は短い方がいいのでは?」
問いを発したのはアレジアだ。その隣に立つプリスも、真剣な表情で会話に聞き入っている。
「理由は三つある。赤竜の住処であるエティナ火山は、シルニア側以外からの登頂が困難を極めることが一つ。現時点でロムルスが押さえているメッシニアとカタルニアには君ら以外の別動隊を送るというのが一つ。最後に、我々は君たちを本命と考えていることが一つある」
「なるほど……」
「加えて、囮の船隊も編成する。こちらはメッシニアから上陸すると見せかけ、可能な限り赤竜を引きつける。竜の最高飛行速度がどれほどのものか計り知れないため、これが不確定要素となるが、計算上では赤竜が囮に喰いついた場合、君たちの上陸地点まで急行してもおそらく間に合わない。君たちの船はさほど危険を冒さず上陸できるだろうと私は考えている」
「私たちが本命ってどういう意味ですか?」
プリスが問うと、プラエヌスがそちらへ顔を向けて言う。
「君たちが知る必要はない」
「……すみません」
「一つだけ言っておくと、軍から派遣する竜騎士は君たち三人だけだ」
「え?」
「ああ……そういうことですか」
プリスが首を傾げ、アレジアが一人うなずいている。
「次に、細かい部分の話に移るが……」
プラエヌスの話は一時間ほどで終わり、出航までは体を休めるように言い渡される。
「ね、アレジア? ずっと考えてたんだけど、私わかんなくて……プラエヌスさんが言ってた『軍から派遣するのは君たち三人だけ』ってどういう意味なの?」
「ああ、あれ。私の推測に過ぎないけど、あれは多分、他の部隊は貴族の私兵で編成するって意味だと思う。囮の部隊がメッシニア周辺に留まるなら、メッシニアやカタルニアからの上陸には危険を伴うでしょう? そんなところに正規の竜騎士団員を送って、貴重な戦力を消耗するわけにはいかない、ってことじゃない?」
「そっか、やっぱりアレジアは頭いいねぇ」
双子で見た目は全く一緒なのに、漂わせる雰囲気や口調は全く違っているところなど、彼女たちは昔と変わっていないように思えた。
「そう言えば、二人はなぜこの任務に?」
「うん、聞いてお姉さま。私たちねぇ、この任務が終わったら自分たちの家名を持てるの!」
「大変でしたけど、二人で頑張ってきて、ようやくここまで来れました」
アレジアはプリスを見て微笑む。
家名の付与は戦争で大きな手柄を上げたり、政治家として立派な業績を残した私生児に与えられる名誉の一つだ。彼女たちの場合、家名を得れば生家から独立でき、生家の当主から婚姻を命じられたり死の危険を孕むような任務に従事したりせずに済むようになる。
「私たち、お姉さまに会えたからここまで来れたんだと思います。この任務、絶対に成功させましょう!」
「貴女たち二人を絶対に連れて帰る。約束する」
そう言って、三人で笑い交わした。