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後編

今までよりも少し長いです

王子様のことは好き。

たぶん誰よりも、命をかけてもいいと思うほど、だいすき。

でも、家族のことも、私は好きなんです。


ここに来て随分経つけど、家族に会えないのはやっぱり寂しい。

お父さんもお母さんもお姉ちゃん、心配してるだろうなぁ……。

ちゃんと置き手紙はしてきたから、捜索隊とかに依頼してることはないだろうけど……。

怒ってるかなぁ。

元気にしてるかなぁ。

病気してないかなぁ。

寂しがったりしてないかなぁ……。


「……ルーア」


えっ?


「お、王子様!」


いつから居たんですか!?

自分の想いに入り込みすぎて、全然気付かなかった……。

王子様は部屋の扉から、私をどこか哀愁を含んだような視線で見ていた。


「どうかしたんですか?」


前よりも少し広くて、すごく頑丈になった四角い水槽の中を、なるだけ王子様に近い位置まで泳いだ。

すると王子様もこちらに近付いて、水槽から顔を出す私を見上げた。

わぁ、この哀愁を含んだお顔も麗しい……。

きゅん。


「海に帰りたいか?」

「え………」


たった今の想いを、なんで王子様はわかったの!?

私口に出してたのかなぁ?


「そ、そんなことないですよ?私はここにいられて、すごく幸せですもん」


戸惑う気持ちを精一杯隠して、私は笑顔を振り撒いた。

もし本音を言ってしまったら、王子様は海に帰れって言う。

絶対言うに決まってる……。

だって王子様は最初から私がここにいることを、迷惑に感じていらっしゃったんだもん。

そんなこと言われたくない……。


「顔に寂しいって書いてある」

「か、書いてないです書いてないです!全然ないですからっ……!」


真っ直ぐに目を見られていると、王子様に心の奥底の気持ちを見破られてしまいそうで、私は狭い水槽の中を泳ぎまくった。

案の定ガラスにごちんと頭をぶつけ、すぐにやめる。

王子様には呆れられたかもしれないが、私は誤魔化しのように笑うことができたので好都合だった。

そりゃ、本当にちょっとは痛かったし恥ずかしかったけど……。


「無理しなくてもいい。きっと家族も友達もいたんだろう?ルーアの性格で寂しくないわけがないんだ」

「そ、そんなこと……」


とは言ってみたものの、形勢は完全に不利だ。

私なんかじゃ、王子様に口で勝てるわけがないんだもん。

ウソだってすぐバレるぐらいだし……。


「ルーア、そろそろここにいるのも……」

「イヤですっ!」


終わりにしたら?

そう王子様の口から出る前に、大声を被せた。

そんな言葉聞きたくない!

帰りたくない!


「イヤです!イヤ、絶対イヤですっ!」

「ルーア」

「王子様と会えなくなるなんてイヤです!会えなくなるぐらいなら泡になって消えた方がマシです!」

「ルーア!!」


王子様の厳しい声にびくりと肩が震えた。

それと同時に目頭が熱くなる。

王子様は少し怒ったような目を私に向けていた。


そこでやっと、少しは冷静になれた。

迷惑なのかもしれない、と。

好きなんだ。

ただ単純に、王子様が好きなだけ。


最初は届かなくてもいいと思ってた。

見てるだけで満足してた。

でも今はどうだろう?

この気持ちを伝えたくて、王子様に見返りを求めていたんじゃない?

今の想いがいい例だ。


私は王子様の迷惑なんて何にも考えなかった。

ただ王子様に会えなくなるのがイヤで、駄々をこねただけ。

イヤイヤっていう、子供と一緒。

私がイヤだから、王子様もイヤだと思ってくれる。

そんなの、おこがましい。


身の丈を知れ、ルーア。

自分の立場を見つめ直せ。

魚なんか愛せるわけない。

良くてペットでしょ?


「……ごめんなさい」


それでも涙は止まらない。

泣き虫だね、私……。

王子様に迷惑かけたくないなんて、口先ばっかり。

ダメな子だね、ルーア。


「……帰ります」

「………」

「もう、王子様には会いに来たりしません。私は人魚らしく、暮らします」

「……あぁ」


王子様は短く返事をして、それきり黙ってしまった。

それでも泣きじゃくる私を気遣ってなのか、その場から立ち去ろうとはしない。


優しい王子様。

あなたは本当にどこまでも優しいんですね。

この期に及んでまでも私なんかに優しさを与えられるんだから。

だから私もその優しさに甘え続けてしまったの。

でもそれは王子様のせいじゃない。


「王子様、どうか幸せになってください」

「………」

「私からの最後のお願いです」

「……ルーアも」

「……はい」


それきり私たちは一言も言葉を交わすことなく、

その日のうちに私は海へと帰った。

さようなら、なんて言えなかった。

もう会えなくなるなんて、どうしても想像したくなかったんだ。






散々怒られることを想像していた私は、家に帰って拍子抜けした。

お父さんはニコニコしながら、まるで散歩から帰ってきた娘を出迎えるように「おかえり」と言った。

お母さんはぐっと顔を渋くさせたあとに、呆れたように笑いながら「おかえり」と言った。

お姉ちゃんに関しては「もう帰ってきたの?」と言いながらニヤニヤしていた。

その暖かさが、すごくありがたかった。

早く元の生活に戻らなきゃ、そう思うように毎日を過ごすことに専念したかったから。


それが無理だと気付くのに時間は掛からない。


うずうずそわそわする毎日が始まり、それも長くは続かない。

とうとう耐えきれなくなって、ついにはお城近くの浜辺へと通うようになっていた。

そこでお城を見上げて願うの。

どうか王子様が幸せでありますように。

飽きることなく毎日、私はそれを願い続けた。


「ヴィンター様!」


えっ!?

それはまさしく王子様の名前。

私は慌てて岩影に隠れた。

あれ?

隠れる必要あったのかな?


「ヴィンター様……」

「あまり弱気な声を出さないでくれ。……こっちまで弱気になる」

「………」


あぁ、王子様の声だ……。

どうしよう、顔も見たい。

少し見るぐらいなら大丈夫、だよね。

す、少しだけだもん……。

バレないように、そーっと……。


「彼女のためだ。という風を装って、自分のためにしたことだ」

「ヴィンター様……」


久しぶりに見た王子様は、遠目で見ても美しかった。

それよりも何よりも、王子様を見れたことが嬉しかった。

もう二度と見てはいけない、触れてはいけない。

そう自分に言い聞かせて出てきたんだから。

そんなこと全然実行できなくて、今に至ってるわけなんだけど……。


王子様はなんの話をしてるんだろう?

あんな寂しそうな顔、初めて見る……。

もちろんそんな顔も素敵だけど、やっぱり王子様には笑っていてほしい。

王子様には幸せになってほしい。


「彼女があのまま僕の元に居続けたら、僕は一生彼女を逃がさなかっただろうと思う。それは彼女を傷付けることになるだろうし、彼女を傷付けることは、したくなかった。自分が傷付くんだ」


……誰のことを言ってる……?


「彼女は最後まで人間じゃないことを引け目に感じていたようだが、そんなのどうでもよかったのにな」


ねぇ、王子様。

それ以上は待ってください。

だってそれは……。


「人間じゃなくてもいいと言ったら、彼女はどんな顔をするんだろうな」


ねぇ、王子様。

私はその話をどう受け止めればいいんですか?

あなたに迷惑をかけたくなくて、精一杯の我慢をしてあなたに別れを告げたのに……。

そんなの酷い。

ズルい……!


「酷いです……」


岩影に隠れたまま、私は小さく呟いた。

聞こえているかは分からない。

私だと気付く保証もない。

だけど言わずにはいられなかった。


「そんなの、酷いですよ……。ひどい、ひどい……!」


バシャバシャと水の中を走る音が聞こえた。

王子様が近付いて来てるのかもしれない。

あぁ、すごく会いたかったし今でも会いたいのに、でも会いたくない。

だってひどいもん。

今王子様を近くで見てしまったら、私はどうなってしまうかわからない。


「来ないでくださいっ」


そう叫ぶように言っても、バシャバシャという音は近付いてくる一方だ。

どうして?

どうしてそんな酷いことばかりするの?


「ルーア!?君なのか!?」


おねがい、名前を呼ばないで王子様。

私を見つけないで王子様。

でもその場から逃げないのも、私の意思でしょう?


「ルーア……」

「王子様なんかキライです!酷いです!大っキライです!」

「ごめん、ルーア。怒らないで」


怒ってる?

私、怒ってるの?


「ルーア?」


腰近くまで海に浸かった王子様が、きょとんとした顔をうかべて目の前に現れた。

やっぱり王子様は素敵だなぁと思ったけど、それよりも私は自分の感情に驚いていた。


怒ったことなんて、今まで一度もなかった。

人にこんな怒りを覚えたことなんて、初めてだ……。

だって私は人魚だもん。

人魚は穏やかな生き物だから……。


「あ、あの……わ、わたし………」


自分の感情に対応しきれなくて、どうしたらいいか分からなかった。

よく私のあの小さな声が聞こえたな、とか、そういう類いのことはすっかりぬけていた。

私は王子様から逃げるように後ずさると、王子様は不思議そうな顔をしながら距離をつめてきた。

あろうことか、その長い手までも私に伸ばして。


「ルーア?」

「あ、あの……。お、怒ってます!」

「は?」

「私怒ってます!」


怒るという感情を、私は初めて知った。

こんなに熱くて猛々しい想いは、なんだかすごい。

途端に怒るという感情を知れた喜びと、怒りと、王子様と会えた喜び。

それが交ざって訳がわからなくなって、涙が溢れた。


王子様、あなたは私と似ているんですね。

相手のことを考えて、最悪の選択を最良と勘違いしてしまうんです。

だから私の怒りは、王子様だけに向けられているわけじゃありません。

私の怒りは私にも向けられているんです。


「私は怒ってるんです!」

「……あぁ」

「私はずっと王子様といたいって言ったのに!毎日王子様と会えていればいいって、そう言ってたじゃないですか!」

「……うん」

「王子様は酷いです!あなたは酷い王子様です!」

「ごめん」


あぁ、捕まった。

王子様は私の背中と腰をがっちりと強い力で抱き締めた。

こんなのズルい。

抱き締められたら、私なんかが敵うわけない。


「ズルいですよ……」

「僕が?」

「こんなの、ズルい……」

「なんなら言わせてもらうけど、そんな顔をされて抱き締めない男はいないよ」


そんなに私の泣き顔はブサイクですか……。

ぐず、と私が鼻をすすると、王子様はくすっと笑って体を離した。

王子様を見上げると、穏やかな顔とともに悲しそうな顔も携えていた。

少し言い過ぎちゃったかな……?


「王子様……?」

「僕はルーアが好きだよ」


えっ!?

そ、そんな突然な……!

私はぼっと音を鳴らして顔を真っ赤にさせた。


「だから君の寂しそうな顔を見るのは辛かった」


寂しそうな顔?

私が、そんな顔を?


「海の方を見て、寂しそうにしていたよ。だから僕は君を自由にすることに決めたんだ」

「じ、自由って……」

「城では狭い水槽で、不自由だったはずだ」


不自由ってほどではなかったけど……。

そりゃ、海で泳ぐ方が気持ちいいけど……。

水槽は狭いし、王子様が会いに来てくれなきゃ会えなかったけど……。


「で、でもでも!私は王子様のそばにいたいです!会えないのは寂しいです!」

「うん。それは僕も同じだよ。それで考えたんだけど、ルーア」

「は、はい?」



「僕と結婚してくれませんか?」



えぇ、もちろん失神ものですよ。

失神しないわけがありません。

好きで好きで堪らない王子様に言われて、正常でいられるなんて、そんなのありえない。


突然なんでそんな考えに至ったのか、王子様は後にこんなふうに語った。


「異種間同士の結婚なんて差別をなくす意味でも万々歳かなぁ、とか。一緒に暮らしていくのは無理かもしれないけど、今時別居婚なんて普通かなぁ、とか」

「は、はぁ」

「なにもルーアをここに縛らなくても、別によかったんだよね。だって……」

「愛という絆があるんですもんね!」

「……あぁ、そうだね」


王子様はくすくすと笑った。

だから私もすごく嬉しくて笑った。

でも次の王子様の言葉に、私は顔を真っ赤にさせる他なかったんだ。

確信犯ならまだしも、王子様ったら真面目な顔して言うんだもん。


「ところでルーア」

「はい?」

「僕と君とでは、どうやったら子供ができるんだろうね?」

「……っっっ!!!?」


人魚が恋をするのは王子様。


私のたった一人の王子様。




完結編でした。

どうも無理矢理な締めくくりになってしまって、申し訳ないです……


今後は番外編を更新してきます。

王子様視点とかも考えてますので、そちらもぜひお願いします!


お読みいただき、ありがとうございました。

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