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中編


やっぱり人間になっておけば良かったかもしれないと、このお城に来て1週間がたった時に思った。

王子様と会えない。

王子様が会いに来てくれない。

王子様の気に障ることを言ってしまったんだから、当然ではあるんだけど……。

でもやっぱり期待しちゃうんだもん。

ダインさんは気にして毎日のように様子を見に来てくれるけど、私が会いたいのは王子様。

ヴィンター様、ただ一人なの。

会えなかったら気持ちを伝えることだってできないよ……。


「もう待ってられない!」


いつまでも待ってるだけだなんて、私らしくない!

会いたい、会いたい、ただひたすらに会いたいだけ。

水槽から出て干からびるまで、普通は30分。

今日の気候と戻ってくる時間も合わせて、正味15分。

15分の間に這ってでも王子様を捜し出してやるんだから!(実際這うんだけども)

水槽の淵に手をかけ、よっと状態を持ち上げた。

すると水槽はゆっくりとした速度でぐらりと揺れた。


「と、う……あ、うわあっ!?」


思いの外、その水槽は重さに耐えきれなかったらしい。

四角い水槽はゆっくりと床に近付いていき、私はなんの抵抗もすることができずにいた。

ぶ、ぶつかる……!


ガッシャーン!!


………。

…………。

……うぅん……。

い、いたい……。


音に驚いたのだろうか、慌しい足音のあとにバタンと扉が開いた。

そして息を呑む声。


「な……!?何してるんだよっ!」


あ、王子様の声がする……。

腕を床に押しあてて仰ぎ見ると、王子様の黒いブーツがザクザクとガラスを踏む音をたてながら近付いてくるのが見えた。

久しぶりの王子様だぁ。

また怒られちゃうかな……。

王子様は私の肩を抱き、かと思うとヒレの方も支えて抱き抱えた。

こんな時になんだけど、ちょっと幸せ……とか思ったり。


「すぐに新しい水槽を!大至急だ!それからここのガラスも片付けないと……」


しかし、そんな幸せ気分はどこへやら……。

私は王子様がせっかく用意してくれた水槽を割っちゃったんだ。

浮かれてる場合なんかじゃないよね……。

王子様に迷惑ばかりかけて、私、何やってるんだろう……。

面倒事ばっかり王子様にもってきて……、嫌われても仕方ないようなことばっかり。


「ごめんなさい……。王子様の水槽、割ってしまって……」

「……まずは自分の心配をしたらどうかな」

「でも……だって……」

「腕にもヒレにも切り傷ができてしまってるんだ。ガラスは見た目以上に深く切れているかもしれないんだし」

「すみません……」

「……謝るとこではないけど………」


王子様は短くため息をした。

また呆れられてしまったんだ……。

王子様は私を部屋の隅にあるソファーに、そっと降ろしてくれた。

王子様の顔なんてとても見れる状態ではなくて、私は顔を俯けた。


「何があった?何がしたかった?」


王子様は少し気遣うような問い掛け方をした。

結構ひどい顔をしてるのかもしれない。

だけど、王子様。

好きな人に会いに行くことも、私には許されないことなのでしょうか?

その気持ちを持つことも、私にはいけないことなんですか?


「……海に戻ります……」

「え?」


叶わなくてもいい。

届かなくてもいい。

でも……。


「好きなのに好きって言えないのは悲しいです。会いたいのに会えないのは辛いです」


ポロポロと頬を伝い始めた涙は、堰を切ったように溢れでた。

会えた喜びと、これから会えなくなる辛さと。

きっと両方が合わさっての涙だった。


「でも……だからって、王子様に迷惑かけたくないんです……」


会いたいだけじゃダメ。

好きなだけじゃダメ。

私は人魚で王子様は人なんだから。

鳥が魚を愛さないように、人も人魚は愛せない。

なんでそんなことも気付かなかったんだろう?


「海に帰るのは賛成だけど、帰ってどうするの?」


でも魚は鳥を愛してしまったのだから。

ちょっとした言葉にも傷付くし、なんでもない仕草で喜んだりもするの。

そして、魚は鳥になりたいと願うようになってしまうの。


「魔女に会います」

「魔女って……」

「会って、人間にしてもらいます」


王子様がはっと息を呑む音が聞こえた。

魚が鳥になっても、不恰好で好きにはなれないかもしれない。

声を無くすかもしれない。

泡になって消えてしまうかもしれない。

それでも、魚は鳥になることを望んでしまう。


「魔女は怖いんじゃなかったの?」

「会えないよりはマシです」


後から後から流れ出る涙は一向に止まらず、水の中にもいない私は、このまま干からびてしまうんじゃないかと思った。

そう私が思うと同時に、頭から冷水を掛けられた。

あぁ、気持ちいい……。

上を見ると、王子様がゆっくりと私にピッチャーで水を掛けていた。

その顔は拗ねたような不機嫌そうだったけど、こんなときでも可愛いと思った。

やっぱり離れたくないなぁ……。


「何がマシなもんか」

「え……?」

「なら、どうしてそんなに泣くの?」

「それは……、だって……」


仕方ないじゃないですか。

だってそうしなきゃ人にはなれないんだもん。


「いいよ、もう……。わかった」


その突き放した言い方に、更に涙が溢れてきた。

その代わりのように、王子様の水がなくなった。


「僕が会いに来るようにする。それでいいでしょう?」

「え……?」


王子様を見上げると、相変わらず拗ねた顔。

それって、それって…?

王子様が私に会いに来てくれるってこと?


「あの、あのっ……!」

「……なに」

「私、ここにいてもいいんですか!?」


興奮ぎみに聞いた私に、王子様は目をパチクリさせてから、ふっと頬を緩ませた。

うわぁ……。

ど、どどどどうしようっ!

こんなの反則だよお!

す、素敵すぎる……!


「すっごい素直な反応」


えっ!?

指摘されると途端に恥ずかしさが出てきてしまい、顔を俯けた。

すると王子様は更にクスクスと声を漏らして笑うものだから、もう顔は真っ赤になってしまった。

でも、すっごく幸せだ……。

王子様が笑ってる。

私のことで、私に向かって、面白そうに笑ってる。

あぁ、ありがとうございます神様!


「王子様」

「ん?」

「好きです!」

「は……?」


その気持ちの勢いで伝えたくなったので、勢いのままにそう言うと、王子様はきょとんとして私を見下ろしていた。




はい、歩み寄り編でした。

次話は終結編です。


評価をくださった読者様、ありがとうございました。

そして、こうして立ち寄ってくださった読者様、ありがとうございました。



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