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がむしゃらに走って、道場の扉を力任せに開いて。常にない私の剣幕に、驚いていた門下生たちの横を素通りして更衣室に直行した。
早着替えで支度をして、髪をひとくくりにして。
私が更衣室から出ると、いつも通りに戻り鍛練に打ち込む むさ苦しい門下生たちを ぐるりと見て。
気合いを込めるように、頬を叩いて、私も その鍛練の中に加わった。
「ねえ、もう休んだら?ボロボロになってるよ?」
ガタイの良い門下生をのした後、いつからそこにいたのか お兄ちゃんが心配そうに声をかけてきた。
「…いいの。体を動かさなきゃ、頭がおかしくなりそうなの」
「――――飛鳥じゃなくて、彼らの方が…」
言われて、お兄ちゃんの指差す方を見てみると。
門下生たちが屍のように倒れ伏していた。今や この道場で立っているのは、私とお兄ちゃんだけだった。
私が全部やったんだろうか。どうにも、組み合っている最中の記憶が怪しい。
拳を交えても、門下生の拳をかわしても、頭に浮かぶのは武の笑顔ばかりで。それを振り切るように、気合いと共に一撃を叩き込んで、相手が倒れると また次へ。
そうやって、気づけば全員のしてしまったらしい。真剣に相手に向き合うべき勝負事で、かなり無礼なことをしてしまった。
窓に目を向ければ、すっかり日が暮れて赤い日差しが道場に差し込んでいた。
「ずっと組んでたから、水分もとってないでしょ」
窓の向こうを見ていた私に、お兄ちゃんがスポーツドリンクを渡してくれた。
ありがたく思いながら、口をつける。
熱を発する体に流れ込む冷たい水が、喉に心地いい。
喉の渇きも忘れるくらい夢中になって稽古に励んだのは、久しぶりだった。
「武くん、びっくりしてたよ。急に試合を申し込むんだもん。しかも、最後だなんて」
「…私だって、顔合わせる度に殴りかかられてきたら、うんざりするって。…もう、やめにしたいんだよ、こういうの」
そう。こんな関係は終わりにしたい。私たちだって、もう18だ。子供じみた“遊び”は止めなければ。私は高校卒業後は道場を継ぐつもりだ。武は…進学するって聞いた。受験で忙しいだろうし、私に構う暇はないはずだ。
決着をつける時が来たんだ。
それに、明日が最後に決めたのには、訳がある。私は、自分の成長に限界を感じてきていた。今までが異常だったんだ。自分よりも一周りも二周りも体格のいい男を沈めるのが。自覚はしていた。私は女にしては強すぎる。さらに中身さえも可愛いげがない。
―――だから武に女の子として見てもらえないのだ、と…言い訳をするつもりは、ない。
道場を継ぐと決めたのは私だから。そのために鍛練を積んで、手にした力。後悔はしていない。
後悔は、していないけれど…好きな人から、女の子として見てもらえないのは、辛かった。
しかし それだけじゃなく、なぜ好きな人から勝負を挑まれなければならないのか。
こんな勝負、私にしてみれば悲しいものでしかない。どうして武が私との勝負に こだわっているのかはわからない。
だが、私は負けられなかった。女の子として見てもらえない私が唯一武の瞳に写してもらえるのは、ライバルとしてだけ。だから絶対に負けられなかった。
しかし、実力が揃ってきた今、このまま勝負を続けていけば いつか私は負ける。その時に無様な姿を見せたくない。それなら、勝利をおさめて武の中で強いままの私を最後にしたい。
それは、勝っても負けても武に会うのは 明日が最後になるかもしれないのだけれど…
それでも私は、勝たなければならない。負けるわけには、いかないのだ。絶対に。