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小学校低学年の頃、私は武に圧勝していた。まさに秒殺といった具合に。
小学校高学年になって、武も徐々に力をつけてきた。まだ試合の形にならずとも、武の勘の良さやしなやかな身のこなしは、私に手応えを感じさせた。
中学生になって、武は体つきが格段に男らしくなっていった。背も伸びて、筋肉もついて。それに伴って、私に及ばずとも、道場内では結構な強者に数えられるようになった。
厳しい鍛練の成果か。はたまたじいちゃんの説教のせいか。精神面も鍛えられたらしい武は、泣かなくなった。大きな目はハッキリとした意思の強い目になり、涙を浮かべることはもうない。一人称も『僕』から『俺』になった。あの頃は可愛い女の子に間違われていた武は、綺麗な男の子になった。
そして現在、高校生になって。彼は日々鍛練に明け暮れ、目覚ましい成長を遂げた。もう彼に敵うものはほんの一握り。先輩の門下生でさえ、床に沈めてしまう。
その武を倒せる一握りが、私とじいちゃん。お兄ちゃんは体格には恵まれたが、優し過ぎる性格のせいで、格闘技には向いていなかった。なので空手を習いたがらず、私が道場を継ぐ事に。
それが別におかしいとも思わないし、毎日ピチピチのスーツと優しげな笑顔で仕事に向かうお兄ちゃんを見ると、やはり私が継ぐべき、と思う。
ところで、私がさっき武を倒せる、と言ったが。道場の跡取りとして幼き日々からめちゃくちゃに鍛えられた私は、自分で言うのもなんだが飛び抜けて強い。
だから、いち高校生の武が敵わなくとも、何ら不思議ではないのだ。
不思議ではない、のだが――最近の武の実力は、私に並んできている。ここ何回かの勝負では、ひやり、とした事もあった。
だから、私は戦術を変えた。一撃必殺。一発で仕留めなければ、負けるかもしれない…そんな不安があるからだ。
それほどまでに、武は強くなっている。
――――私を倒すために。
同じ道場の門下生として、同等の実力を持つライバルができたのは純粋に嬉しい。でも、そのライバルが自分を倒すため『だけ』に技を磨いているというのは、いかがなものか。
中学生の始めに、私は武に提案したのだ。「大会に出てはどうか」と。今の武なら、入賞は間違いないと思ったから。
でも武は、それを断った。「俺が強くなる理由は飛鳥を超える為だけだ。賞なんて興味ない」と、ギラギラとした眼差しを寄越しながら、バッサリと切り捨てた。ばかな。そんな理由ありだろうか。
でも、本当にばかなのは私だ。とんでもない事を言われているのに、武のその強い眼に、心がじわり、と熱くなった。この男は誰だろう。武なのに、まるで別人の…全然知らない、『男』みたいだ。変な気持ち。胸の奥がむず痒いような…
唐突に、私は、はっ と小学生の頃の気持ちを思い出した。武が男の子だと知った時。あの時感じた、安堵の気持ち。あれは、好きな人が男の子でよかった。という気持ちだったのでは。
すとん。と何かが胸の中に降りてきた。
ああ。なんだ私、あの時の綺麗でまぶしい笑顔の武に恋しちゃったんだ。
…なのに、武にとって私は『倒したい相手』でしかないんだ。
皮肉だなあ、恋心にやっと気づいたのに。
……私、女の子だって、思われてない…