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「ねえ、それってどう思う?」
「どうって言われてもな…」
筋骨隆々の男、平安は朝食の鮭をつつきながら、うむむとまごつく。
「やっぱり、私が嫌いなのかな…」
しゅん、とうなだれる。ここ最近、武は私と顔を合わせる度に勝負をし掛けてくる。
最初に武と勝負をしたのは、武の入部初日。あの虐め事件から間もなく、武がうちの道場に入門してきたのだ。
ぶかぶかの道着に身を包んで、帯を締めすぎなくらい締めて、私に勝負を申し込んだ。
「あすかちゃんっ、勝負しようっ!」
試合前からうるっと涙ぐむ武が可愛くて、優しーく1撃でのしてやった。
私はまだこの時、武が可愛い可愛い女の子だと思っていたし、自分の気持ちに気づいてなかった。
負けた悔しさでえぐえぐ泣きじゃくる武に、じいちゃんが「男なら泣くな!」って叱っているのを見て、初めて気づいた。
あんなに綺麗で可愛くて、まぶしい笑顔のあの子は、男の子だった。
…少しだけ残念で、ちょっと…ほっとした。
小学1年生の私は、その気持ちを変なの、と思いつつ、すぐに忘れてしまった。
それからも、可愛い武は私に勝負を申し込む。それは決まって、月の始めの1番最初の日。なんでかな、とは思った。でも武に聞いても、笑ってはぐらかすだけ。
でも、小学2年生になって、私は武が1日にこだわる意味に気づいた。私が武を助けたの、4月1日だからだ。
その日はちょうど私の住む地区で小学校入学のお祝いと健康を願う行事があって、その地区に住む小学生は皆ランドセルを背負ってお寺に行くのだ。
珍しい行事ねー、と隣の地区の綺麗なおばさんが驚いていたのを覚えてる。普段挨拶をするだけの顔見知りのおばさん…その人が武のお母さんだって、後で知ってびっくりしたけど。
虐めっ子達もランドセルを背負ってたから、同じ地区の奴らが情けない、と思った事も重なって、4月1日は忘れられない日になっていた。
なるほど、強くなって私を倒して、黒歴史だったあの日の記憶をチャラにしたいのかな。
単純にそう思った。じゃあ、負けてあげれば?って思う人もいるかもしれないけれど。
道場を継ぐ娘として、そんな生半可な事はしたくなかったし、武にも失礼だろう。
そう思って、毎回全力で相手をしていた。