第一話 道具持ちの少年
深淵帝国ダグロスの前線基地・第七廃棄区画は、いつも金属の焼ける匂いがした。
常盤蓮――かつては、どこにでもいる高校二年生だった少年は、油じみた作業着の袖で額の汗を拭いながら、山積みになった武器の残骸を見下ろしていた。折れた剣、ひしゃげた盾、配線の飛び出した戦闘用ガントレット。どれもこれも、怪人幹部たちが「もう使えない」と放り投げていったものばかりだ。
「レン、まだ終わらないのか」
背後から降ってきた声に、蓮は反射的に背筋を伸ばした。振り返らなくても分かる。怪人幹部・鬼灯だ。
「す、すみません。もう少しで」
「ちっ、道具持ちのくせに口答えだけは一丁前だな」
鬼灯は蓮の肩を小突くようにして通り過ぎ、瓦礫の山に唾を吐いた。深緑色の鱗に覆われた顔には、いつも隠しきれない苛立ちが浮かんでいる。かつては怪人軍団でも中堅の幹部だったらしいが、最近は前線での失態続きで、皇帝ザガレスからの覚えもめっきり悪いという噂だった。その苛立ちの矛先が、いつも一番弱い立場の蓮に向くことを、蓮はもう半年近くこの世界で思い知らされていた。
――半年前。
蓮は、日曜の朝、いつものように戦隊シリーズの再放送を見ていたはずだった。画面の中で、赤いスーツの戦士が名乗りを上げる瞬間、テレビの光が急に眩しくなって……気づいたときには、この殺伐とした基地の片隅、廃棄物の山の中に倒れていた。
助けてくれたのは、皮肉にも敵側の兵士たちだった。もっとも「助けた」というより「使い道がありそうだから拾った」というのが正しい。転移直後の蓮を検分した鬼灯は、こう言い放った。
「戦闘力はゼロ、魔力もゼロ。だが妙に手先が器用で、物の仕組みに詳しいらしいな。……よし、お前は道具持ちだ。壊れた武器の手入れでもしていろ」
それから半年。蓮は来る日も来る日も、怪人たちが使い捨てた武器や装備の整備をやらされてきた。戦闘には一切参加させてもらえない。当然だ――蓮には、剣を振るう力も、魔力を放つ力もない。この世界に来てから分かったことは、自分がどこまでいっても「画面に映らない側の人間」だということだけだった。
それでも、蓮には一つだけ、誰にも気づかれていない特技があった。
「……このナイフ、もう捨てるんですか」
蓮は、鬼灯が投げ捨てていった一振りの短剣を拾い上げた。刃こぼれし、赤錆に覆われた粗末な代物だ。柄には、遠い昔に滅んだという工房の刻印らしきものがかすかに残っている。
鬼灯は振り返りもせずに答えた。
「そんなガラクタ、どうでもいい。捨てとけ」
「……はい」
蓮は短剣を手のひらに乗せ、目を閉じた。
これは、蓮がこの世界に来てから、誰にも言わずに続けてきたことだった。目の前の道具を、じっと「理解」しようとする。作られた経緯、素材の性質、刃の角度、鍛えられた回数――知れば知るほど、頭の中に不思議な感覚が満ちてくる。まるで、道具そのものと対話しているような。
そして、ある日気づいたのだ。自分には、道具を「強化」する力があると。
蓮は短剣の柄を握り直し、小さな声でつぶやいた。
「頼むから、もう少しだけ、頑張ってくれないか」
刹那、短剣が淡い光を帯びた。赤錆が音もなく剥がれ落ち、刃が澄んだ銀色に変わっていく。誰も見ていない廃棄区画の片隅で、粗末なナイフは、まるで生まれ変わったかのように鋭い輝きを取り戻した。
蓮は光を放つ刃を見つめ、小さく息を吐いた。
(……よし。今日も、ちゃんと応えてくれた)
理解した分だけ、道具は応えてくれる。それが、蓮がこの半年で見つけた、たった一つの手応えだった。誰にも褒められることはない。むしろ、こんな地味な作業を誰かに見られたら、また鬼灯に馬鹿にされるだけだろう。
けれど蓮は、まだ知らない。
この錆びた一振りの短剣が、後にダグロス帝国はおろか、幾つもの次元をまたぐ戦隊世界そのものの運命を左右する、最初の一歩になることを。
そして、この日誰にも見せることのなかった小さな輝きを、遠くから見つめていた一つの視線があったことにも――蓮はまだ、気づいていなかった。
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