生命を支えし防人 --- ①
「そういえば、今日。新人が一人来られる...とか。」
タブレット型端末の液晶から光を受けながら、彼女は舌を回し続けている。
殺風景かつ単調なエントランスではなく、無機質な廊下でもない。事務用の設備を最低限整え、壁紙も限られた予算でやりくりしたのだろうと思われる、水色を基調とした見ている分には飽きないような風景だ。
よく言えば、"こぢんまり"としていて、悪く言えば質素が過ぎる、そんな一室。
AIが自我やら武器やらを持って暴れている時代に、まともな作業のできる設備が用意できるだけ、この国ではまだマシな方だが、贅沢を言うならば、ここも国を支えるいち施設なのだから、もっと投資を増やしてもらいたいものだ。
...まぁ、護国を叫びながらただのマトを量産している戒厳政府には届かない声だろう。
「......聞いてます~?あのぉ~...心ここにあらず、みたいな顔してますけド。」
「...あ、すまん。聞いてなかった。」
もう~!と、彼女の顔は私に抗議の目を向けている。仕方のないことだろう、ここ最近疲れが溜まってしょうがないのだ。
椅子を90°回転させて、身を彼女の方向に向けた。回転する椅子は、もはや回すだけで悲鳴に近い音を奏でるようになってしまったが、そんなことはどうでもいい。
「えーっと、それで話ってなんだっけ?」
「新人が一人来られるんですよ、エルネスタ技官が案内係を務めるとかいって飛び出していった...って話は聞きましたが...」
あの調子じゃ脱走だな。いやそうでなくても、あまりの仕事嫌いにサボりにでも行ったか。いずれにしても働き手が一人減ってしまうのだが...。それよりも、職員の再教育で予算の負担を増やしてしまうかもしれない。
「まいったな。エルネスタ技官が案内係となると、職務そっちのけで逃げ出すぞ。」
「いや、流石にそんなことないですよ!エルネスタさん、雑用係が増えるってなったら多分飛びつくはずです!」
「それはそれでなんか...まぁ、逃げ出さないならなんでもいいが...。」
...しかし妙だな。新人が来るなんてこと、私には知らされなかったのだが......。
さては学校長閣下。私に隠して何か企んでるな?
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爽快だった。
人間を相手どってここまで上手く立ち回れたことが、実に愉快で楽しかった。
彼の名前は__私が知るものでもないだろう。聞き忘れた、とだけ付け足しておくが、記憶したところで私のメモリーを圧迫するだけなのは、目に見えて明らかだ。
それならばむしろ、私の顔を焼き付けさせたほうが遥かに経済的だ。特に新顔相手には。
彼と邂逅した場所からは遠く離れた、屋外野戦演習場に「エーデルワイス」__私は立っていた。草むらは特段生い茂ってはいないし、部品や兵器やらの残骸は放置されたままだけれど。不思議なことに、私とそのシステムにとって心を癒せる場所と言えば、ここ以外には存在しない。そう言えるほどには長い間この施設に留まっているらしい。
ただ、私の記憶が正常に保存されるようになってから、要するに私が機械としての生命を授けられたその時からここに住処を構えていたのだから、冷静に考えてみれば心の拠り所をこの場所に置くことはたいして不思議な事でもない。恐らく人間にもこれに似たようなものがあるのだろう、無論心を癒すことができない人間は必ずしも少なくはないということを鑑みても、過去に遡ってみれば一つや二つぐらいは存在するはずだ。
...と、私の浅学さゆえに創り出された自己完結型の主張は胸にしまうとして。右手に埋め込まれた液晶に表示される「06:05」の数字。すかさず私は、もう少しの時間だけこの寂れた風景を記憶に焼き付けたいという意思を無理やり払しょくして、専用の軍靴に備え付けられた"|特殊戦闘用揚力生成装置《VEAk》"を起動する。起動したての出力はかなり絞っているために精々体を少し浮かす程度だ。
吹き続ける冷風のせいだろう。意に反して風の流れに乗るように体が動き出している。この風が、私の細い体を吹き飛ばすほどの力がないとはいえ、しかし侮れるものでもない。
風は私を確かな力で刺していると言っても過言ではないほどに、不本意な敵意を向けていた。
『__ヒュゥイィィィィィン......。』
タービンような、地底から湧き出てくるように錯覚する悲鳴に近い音が、私と私の踏む土に振動として伝達される。爆発的で、それでいてどことなく逞しさを含んだような音は、出力が上がり続けるごとにより一層激しくなってゆく。
誰も止めやしないだろう。これは、これこそが私の同胞の一つで、意志を持たない機械なのだから!
......と、私達「オーバー・トラウ」と呼称される"人種"の最たる同胞が機械と言うのは、少し悲しいものである。




