第三十三話 【最終回】愛凛、フラン王国のアカデミーに入学する
きらきらの、その先へ――愛凛視点――
フラン王国の朝は、光がやわらかい。
石畳に反射する陽光も、アカデミーの白い校舎も、どこか絵の具を薄く溶かしたような色をしている。
わたし――愛凛は、今日もスケッチ帳を抱えて歩いていた。
十五歳。
黒髪は肩より少し下まで伸び、母――愛蘭に似ていると、よく言われる。
フラン王国と東国、二つの王家の血を引く存在。
そう説明されることもあるけれど……正直、あまり実感はない。
(だって、絵の方が大事だもの)
構図。光。影。
それだけ考えていられたら、それでいい。
◇
アカデミーの美術棟で、初めて彼を見たのは、入学してすぐの頃だった。
高い窓から光が落ちる教室。
キャンバスの前に立つ、ひとりの少年。
きらきらとした金髪。
柔らかな色の瞳。
筆を持つ横顔が、あまりにも整っていて。
(……きれい)
それが、最初の感想だった。
「それ、面白い構図だね.東国の絵かな?」
声をかけられて、はっとする。
「え……?」
振り向くと、彼がいた。
「影の置き方。大胆で素敵だね」
一つ上の先輩。
アルバート=ド=フラン。
アカデミーでも、絵が上手いことで有名な人だった。
「……ありがとうございます」
顔が、熱くなる。
絵を褒められたはずなのに。
なのに、どうしてこんなに胸が騒ぐのだろう。
――答えは、分かっていた。
わたしは、すっかり彼の顔に夢中だったのだ。
◇
それから、何度か話すようになった。
構図の話。
色彩の話。
好きな画家の話。
「君の絵、どこか懐かしい」
「そうですか?」
「うん。海の匂いがする」
その言葉に、少しだけ誇らしくなる。
だって、わたしは緑港で育ったのだから。
ある日の放課後、アルバートが言った。
「ねえ、よかったら……家に来ない?」
「……え?」
「作品、もっとゆっくり見せたいんだ」
少し緊張しながら、頷いた。
◇
連れて行かれた屋敷は――想像以上だった。
(……え?)
門。庭。建物。
どれを見ても、絵本に出てくるような規模。
「ここ……」
「うん。僕の家」
さらりと言う。
「……公爵家、だよ」
思わず、立ち止まった。
「ご、ごめんなさい。知らなくて……」
「気にしないで」
アルバートは、少し困ったように笑う。
「僕も、あまり気にしてないから」
その言葉に、ほっとした。
◇
客室で待っていると、扉がノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは、落ち着いた雰囲気の金髪の中年男性と、優しそうな中年女性。
「はじめまして、アルバートの父のアンソニーです」
「こんにちは、アルバートの母のソフィアですわ」
「愛凜です」
――そして。
「……あ」
アルバートに似たアンソニー様が、わたしの顔を見て、目を見開いた。
「ま、まさか……」
「あなた、もしかして……」
ソフィア様が、そっと近づく。
「愛蘭に、そっくりですわ」
胸が、どきりとした。
「……母をご存じなんですか?」
アンソニー様は、懐かしそうに微笑んだ。
「もちろん。私は君の母とアカデミーで学んだ仲だよ」
――そういえば、その名に、聞き覚えがあった。
母と父と一緒に東国を守った人だったような……。
「東国の危機を一緒に乗り切った仲でもあるよ」
隣のソフィア様が、小さく頷く。
「わたしも、愛蘭とは面識があるのですわ。
本当に……あなた、よく似ているのですわ」
その空気は、驚くほど和やかだった。
重さも、探るような視線もない。
◇
お茶の席で、自然と話題になった。
「そういえば、婚約者はいないの?」
ソフィア様の問いに、わたしは首を振る。
「いません」
アルバートも、同じだった。
「小さいうちに決めるより、物心ついてからでいいだろうって」
アンソニー様が、穏やかに言う。
「私たちは、そう考えた」
その言葉に、胸が温かくなる。
(……似ている)
母と、父の考え方に。
◇
帰り道。
並んで歩きながら、アルバートが言った。
「……驚いた?」
「はい。それにしても……」
「しても?」
「とても素敵な父母ですね。キラキラしていて」
正直な気持ちだった。
アルバートは、少し照れたように笑う。
「……僕はね」
足を止めて、こちらを見る。
「君といると、落ち着く」
胸が、きゅっとなる。
(……きらきらの王子様、顔がすごく好みだからかな?)
思わず、そう思った。
すると、彼は小さく息を吐く。
「不思議だね」
「?」
「君に、魅了されている自分がいる」
視線が、絡む。
え? ま、まさか両思いなの?
◇
それから、時間は静かに進んだ。
絵を描き。
語り合い。
気づけば、互いの存在が、当たり前になる。
そして――
「愛凛」
夏の舞踏会、バルコニーで涼んでいると、隣にいたアルバートは私を呼んだ。
目の前で跪き、ドキドキする綺麗な顔で、私の手を取って、口づけを落とした。
「君を愛している。どうか僕と、婚約してほしい」
その言葉に胸が、いっぱいになる。
血筋でも、立場でもない。
ただ、好きだから。
「……はい、私もあなたを愛しています」
その返事は、自然に口から出ていた。
母が絵を愛し。
絵を愛する母をそのまま父が愛したように。
わたしもまた――
自分の心で、未来を選ぶのだ。
きらきらは、始まりにすぎない。
その先にある、確かな光へ向かって。
【完】
これで最後になります。ありがとうございました。
感謝感謝です。(*- -)(*_ _)ペコリ
山田バルス




