第四話 劉原水(りゅうげんすい)視点 新しい芸術の息吹
新しい芸術の息吹
東国の芸術が、どこかで行き詰まっている。
そう感じていたのは、果たして、わたし一人だけだったのだろうか。
山水は山水であるべきだ。
花鳥は、先人の筆致に倣うべきだ。
人物は、感情を殺し、品位を保たねばならぬ。
それらは、すべて「正しい」。
だが――正しさは、時に人の心を動かさなくなる。
子弟関係で結ばれた芸術は、伝統芸術となり、型にはまっていたのだ。
賄賂も横行し、芸術賞なるイベントも審査員への賄賂の金額で、入賞できるようになった。
この国の芸術は腐っていた。
芸術ではなく、どこかで見た同じ絵が並んでいる。
宮中に並ぶ絵を見渡すたび、わたしはそんな感想を抱いていた。
巧みで、破綻はない。
しかし、どれもが似ている。
誰が描いたのか、どんな思いで描かれたのか、まったく伝わってこない。
庶民の関心は、絵から離れた。
貴族でさえ、芸術を「教養」として消費するだけになりつつあった。
そんな折、帝が口にされたのが――
「芸術を、国の産業として育てたい」という一言だった。
図画省の創設。
宮廷に閉じ込められていた絵を、再び生きたものにする試み。
その責任者として名を挙げられた時、
わたしは驚きよりも、静かな覚悟を抱いた。
第三皇子という立場。
政治の中心からは、少し距離がある。
だが、その分、絵と向き合う時間だけは、幼い頃から与えられてきた。
――変えられるかもしれない。
この国の芸術を。
◆ ◆ ◆
国交が開かれ、西洋文化が流れ込んできたのは、まさにその頃だった。
初めて目にした西洋画を、わたしは忘れない。
光と影。
奥行き。
そして、絵の中からこちらを見返してくる「視線」。
絵が、語りかけてくる。
そんな感覚は、東国の画には、長く失われていたものだった。
――これだ。
この我が国にとって異質な技法こそが、停滞を破る楔になる。
だからこそ、図画省の試験に「異端」が混じることを、
わたしは、どこかで待ち望んでいたのかもしれない。
◆ ◆ ◆
愛蘭という名の娘が、画室に入ってきた瞬間、
場の空気が微かに揺れた。
粗末な外套。
異国の面立ち。
そして――怯えを押し殺した、真っ直ぐな目。
周囲の視線が、彼女に突き刺さっているのが分かった。
それでも、彼女は俯かない。
第一試験、人物画。
最も保守的で、最も排他的な課題だ。
彼女が手に取ったのは、木炭だった。
試験官の一人が鼻で笑ったのを、わたしは聞き逃さなかった。
だが、張玉寧は、何も言わなかった。
彼は、黙って見る宦官だ。
紙の上に現れていく線を、
わたしは、いつの間にか息を詰めて追っていた。
描かれているのは、形ではない。
その侍女が、今、この瞬間に抱えているもの――
緊張、誇り、諦め。
それらが、線の重なりとして浮かび上がってくる。
――これは、模倣ではない。
観察だ。理解だ。
完成した絵を見た瞬間、
胸の奥で、何かが確かに鳴った。
彼女の心の叫びが聞こえるようだった。
◆ ◆ ◆
「異端ですな」
そう口にしたのは、張玉寧だった。
彼は、愛蘭の絵から目を離さず、続ける。
「だが、絵とは本来、形式のみにしたがって描かれるものではなく、
人の心のように自由に描かれ、解き放つものかもしれない」
わたしは、思わず頷いていた。
「この国には、もう一度、
人の心を描くという意味を思い出す必要がある」
「同感ですな、原水様」
第二試験。
同じ人物を、別の方法で描け。
彼女は、迷わなかった。
色を置き、背景を捨て、人物だけを浮かび上がらせる。
完成した絵は、
まるで、魂だけがそこにあるかのようだった。
――生きている。
確かに。
◆ ◆ ◆
仮採用を告げた時、
彼女の目が、わずかに揺れた。
恐怖ではない。希望だ。
喜びなのだろう。
その表情を見て、わたしは確信した。
この娘は、
後宮という閉ざされた世界で、
必ずや波紋を広げる。
試験後、張玉寧と並び、画室を出た。
「我が国にも、西洋画を描ける者が現れましたな」
「そうだな」
わたしは、静かに言った。
「時代が彼女の登場を待っていたのかもしれない。
熟成した西洋画と東洋画が今、一つになり、新しい芸術が生まれる時なのかもしれない」
張玉寧は、珍しく笑った。
「では、図画省が、その場所になりますな」
「ああ。そして、
彼女を中心に、この国の芸術が新しく誕生する瞬間に、我々は立ち会えるのかもしれない」
白い回廊の先で、
新しい時代の気配が、確かに動き出していた。
――異端は、いつの世も、
最初に未来を連れてくる。
そのことを、
わたしは、あの一枚の絵から教えられたのだった。




