おまけその1 公爵令嬢ソフィア視点 待つわ
公爵令嬢ソフィア視点 わたくし待つわ、いつまでも待つわ、たとえ……
わたくしがアンソニー様を初めて見たのは、まだ幼い頃でしたわ。
王城で開かれた小さな夜会。
大人たちの華やかな会話の合間、壁際に静かに佇んでいた少年――それが、アンソニー様でしたわ。
母君が王女の血を引くという高貴なご身分。
けれど、彼は誰とも視線を合わせず、年相応の笑顔も見せず、ただ静かに座っていたのですわ。
その横顔が、なぜか胸に焼き付いて離れませんでしたわ。
――この方を、知りたい。
幼い恋心でしたわ。
けれど、その想いは本物で、わたくしは勇気を振り絞って父に願ったのですわ。
「アンソニー様の婚約者に、わたくしを選んでくださいませ」
父は驚き、苦笑し、それでも最終的にはその願いを聞き入れてくださいましたわ。
婚約が決まった日。
わたくしは、天にも昇る心地でしたわ。
けれど――
アンソニー様は、喜びも困惑も見せませんでしたわ。
いつも不愛想。
無表情で、必要な言葉だけを口にする方。
それでも、時折、ほんの一瞬だけ浮かべる微笑みがありましたわ。
その小さな微笑みこそが、わたくしにとっては何よりのご褒美でしたわ。
――この方の心を、いつか溶かしてみせますわ。
そう信じて、わたくしは婚約者として隣に立ち続けていたのですわ。
◆ ◆ ◆
けれど。
アカデミーに、愛蘭という女性が現れてから、風向きは変わりましたわ。
異国の血を引く、美しく、知性に満ちた女性。
彼女と話すアンソニー様の楽しそうな表情を、わたくしは見てしまったのですわ。
――ああ。
その笑顔は、わたくしに向けられたものとは、まったく違っていましたわ。
柔らかく、温かく、そして――恋をしている男の顔でしたわ。
その瞬間、理解してしまったのですわ。
アンソニー様が、愛蘭への恋に落ちたことを。
それでも、わたくしたちは婚約者でしたわ。
正式に認められ、誰もが知る関係。
だから大丈夫。
そう言い聞かせていましたわ。
けれど、二人の距離は少しずつ、確実に縮まっていきましたわ。
耐えきれなくなったわたくしは、ある日、愛蘭を呼び止めたのですわ。
「お願いです。アンソニー様を取らないでくださいませ。
あの方は、わたくしの婚約者なのですわ」
震える声でしたわ。
愛蘭は、はっと目を見開き、驚いた表情で――そして、深く頭を下げましたわ。
「……婚約者がいらしたのですね。
知りませんでした。ごめんなさい」
そう言ってから頭を上げた愛蘭は、とても悲しそうな表情をしていましたわ。
その謝罪は、偽りのないものでしたわ。
しばらくして、愛蘭が東国へ帰ったと聞いたとき、
わたくしは、彼女には申し訳ないのですが、心から安堵しましたわ。
――これで、アンソニー様の心が元に戻りますわ。
そう信じていたのですわ。
◆ ◆ ◆
けれど、現実は残酷でしたわ。
アンソニー様は、愛蘭を追って、東国へ渡ったのですわ。
外交員として。
残されたのは、一通の手紙。
『婚約破棄してほしい。
我がままで、あなたを困らせてすまない』
父は激怒し、すぐに抗議すると仰いましたわ。
けれど、わたくしはそれを止めましたわ。
「お父様。わたくしは、待ちますわ」
そう告げたのですわ。
「アンソニー様以外の方と結婚するくらいなら、修道院に入りますわ」
父は、長く沈黙したあと、条件を出しましたわ。
「三年だ。三年間だけ待つ、それで駄目ならあきらめるのだぞ」
わたくしは、頷きましたわ。
三年もあればきっと大丈夫ですわ。
◆ ◆ ◆
そして、今日も。
わたくしは窓辺に立ち、港の方角を見つめていますわ。
アンソニー様が帰国する、その日を信じて。
たとえ、彼の心が他の女性に向いていたとしても――
それでも、わたくしの初恋は、まだ終わっていないのですわ。
公爵令嬢ソフィアとしての誇りを胸に。
わたくしは、静かに待ち続けますわ。
愛する人が、戻ってくるその日まで。




