第二十七話 ブリテン大使館の攻防
ブリテン大使館 ――阿片と誓いの終着点――
ブリテン帝国大使館の正門が、強い音を立てて開かれた。
いつもは静けさを保つその建物に、今日は異様な緊張が満ちている。
「東国外務省より通達だ」
先頭に立つ役人の声は、硬く、冷たい。
劉原水が大使館に行く前に指示をだしており、その言葉通りに東国の役人が動いたのである。
「ブリテン帝国大使館に対し、違法交易および内政干渉の疑いで、臨検を行う」
その背後で、愛蘭は息を整えていた。
――ここだ。
◇ ◇ ◇
役人たちがどばどばと慌ただしく、建物内に入る。
白と金を基調とした廊下。
磨き上げられた床。
昨日までと何も変わらないはずの場所が、今日はまるで別物に見える。
足音が響く。
愛蘭は廊下を走り、面談室の扉が開けた。
「……来たのね」
先に口を開いたのは、キャサリン=レスターナだった。
隣には、マイケル=フラム。
どちらも、まるで予想通りと言わんばかりの余裕を浮かべている。
「もう手遅れよ、愛蘭、残念だったわね」
キャサリンの声は、静かで、冷酷だった。
「原水殿下は、もう後戻りできないわ」
愛蘭の胸が、強く脈打つ。
「原水殿下は、どこです」
「案内して差し上げますわ」
キャサリンは、くるりと踵を返した。
◇ ◇ ◇
移動した先は、重厚な扉で隔てられた一室だった。
甘く、鼻を刺す匂いが漂っている。
(……阿片)
部屋の中央、長椅子に座る劉原水の姿があった。
その顔色は、明らかに悪い。
額には汗。
指先は、わずかに震えている。
「さて、見ての通り、すでに手遅れな状態だ」
マイケルが、愉快そうに言った。
「彼はもう、阿片なしでは生きていけない体になっている、禁断症状というやつだ」
キャサリンは、微笑みを浮かべる。
「これで――わたくしは、王太子妃になれるのね」
愛蘭の頭が、真っ白になる。
(……遅かった)
胸の奥で、何かが崩れ落ちた。
「原水殿下……」
呼びかけても、返事はない。
マイケルが肩をすくめる。
「哀れだろう? 誠実な皇太子ほど、単純だ」
その時だった。
「……遅かったな」
低い声が、部屋に響いた。
劉原水が、ゆっくりと顔を上げる。
その目は――
はっきりと、正気だった。
「な……?」
マイケルの表情が、初めて崩れた。
「ば、馬鹿な……! なぜだ!? あれだけの量を、与えておいて!」
劉原水は、ゆっくりと立ち上がる。
足元は確かではないが、意識は明瞭だ。
「皇族だからだ」
静かな声。
「毒への耐性は、子供の頃から厳しく躾けられている。これくらいの阿片で、依存症にはならない」
キャサリンの顔から、血の気が引いた。
「……嘘よね」
「本当だ」
劉原水は、視線をマイケルへ向ける。
「ブリテン帝国の、東国を内部から壊そうとする策謀。確かに、見届けた」
彼は、一歩前に出る。
「これは、もはや単なる交易問題ではない。
明確な――侵略行為だ。東国の第三皇子として、しっかりと対策させてもらう」
その声と同時に、役人たちが動いた。
「大使館内を、調査する!」
「治外法権だぞ!」
マイケルが叫ぶ。
「帝国の大使館に、東国が――」
「その主張は、後で聞こう」
役人の声は冷たい。
「違法行為の証拠がある以上、拘束は免れない」
「キャサリン=レスターナ公爵令嬢」
「マイケル=フラム」
「両名を、身柄拘束!」
兵士たちが、二人を取り囲む。
「……こんな、はずじゃ……」
キャサリンの声は、かすれていた。
「治外法権を破るのか! ブリテン帝国が黙ってないぞ」
マイケルの怒った声が響くが、彼は拘束されて連行される。
こうして、
長く張り巡らされた罠は、崩れ去った。
◇ ◇ ◇
事件は、終わろうとしていた。
だが。
「……っ」
劉原水が、ふらりと身体を揺らした。
「原水殿下!」
愛蘭は、反射的に駆け寄る。
崩れ落ちる身体を、両腕で抱き留めた。
「良かったわ……あなたが、無事で……」
愛蘭の声が、震える。
劉原水は、苦笑した。
「それは……わたしのセリフだ」
愛蘭の目から、涙が溢れる。
「わたしのせいなのね、ごめんなさい……」
「いや、許さない」
原水のきっぱりとした声。
「どれだけ、心配したと思っているんだ」
そう言って、彼は愛蘭を抱きしめた。
強く、逃がさないように。
「……ごめんなさい」
再び、謝る。
二人の視線が、重なる。
劉原水は、真剣な目で告げた。
「どれだけ、わたしが君を愛していると思っているのだ」
愛蘭の顔が、一気に赤くなる。
「……な、なにを……」
言葉は、続かなかった。
自然に、距離が縮まる。
そして――
二人は、静かに口づけを交わした。
「おおお……」
周囲の役人たちから、どよめきが上がる。
「原水殿下に春が来たのか……」
「とりあえず、事件も原水殿下の花嫁探しも解決だな……」
誰かが、温かいめで二人を見つめていた。
混乱と、安堵と、祝福が入り混じる中。
こうして――
ブリテン帝国の策謀は潰え、
一連の事件は、幕を下ろした。
阿片蔓延は退けられ、
東国の平和は守られたのである。
港町の空は、晴れていた。




