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婚約破棄を従姉に奪われた愛蘭は、伯爵家を追放され、路頭で死そうになるが、皇都で後宮画家になり、イケメン上司原水と出会い、溺愛される!  作者: 山田 バルス


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第二十六話 愛蘭(あいらん)阿片置き場に拘束される。

隠れ小屋の閉じ込められた愛蘭 



 湿った空気が、肺にまとわりついていた。


 薄暗い小屋の中。

 外から見れば、港の倉庫群に紛れた、ただの朽ちかけた物置だ。

 だが内部は違う。


 粗末な寝台。

 箱詰めされた木箱。

 そして、甘く鼻を刺す、嫌な匂い。


(……阿片)


 愛蘭は、壁に背を預けたまま、ゆっくりと呼吸を整えていた。

 手首には、簡易な拘束具。

 完全ではないが、逃げ出すには不十分ではない。


 見張りは二人。

 交代制で、外に一人、中に一人。


(……原水殿下)


 その名を思うだけで、胸が痛んだ。


 自分がここにいるせいで、

 彼が何を差し出そうとしているのか――

 想像できてしまうから。


(だめ……)


 このままでは、だめだ。

 ブリテン帝国が私を生かしている理由は、まだ利用価値があるからだ。

 早くこの場から逃げなければ、大変なことになる予感がする。


 その時だった。


 ――外で、鈍い音。


 何かが倒れる音。

 短い呻き声。


 愛蘭は、息を殺した。


(……?)


 続いて、もう一つ。

 今度は、明確に人が倒れる気配。


 扉が、静かに開いた。


「……愛蘭いるか?」


 その声に、思わず顔を上げる。


「原水殿下……?」


 闇の中から現れた影は、首を横に振った。


「残念だが、今回の王子さまは僕だよ」


 淡い灯りに照らされた金髪。


「……アンソニー?」


 信じられず、名前を呼ぶ。


「驚くよね」

 彼は苦笑しながら、手際よく拘束具を外した。

「でも、ブリテン帝国の動きを放っておくほど、僕は外交官として無能じゃない」


「どうして……?」


 問いは、震えていた。


 アンソニーは、少しだけ表情を曇らせる。


「ブリテンが“阿片”を使う気配は、以前から掴んでいた。でも、まさか君を人質にするとは思わなかった」


 彼は、箱の一つを足で蹴った。


「……ここは、阿片の仮置き場だ。舞踏会は、阿片の紹介場所として利用されていた」


 愛蘭の胸が、強く脈打つ。


「原水殿下は……?」


 アンソニーは、即答しなかった。


 その沈黙が、何よりの答えだった。


「……ブリテン大使館に行っているようだ。君を取り戻そうと必死だ――」


 彼は、愛蘭の肩に手を置く。


「愛蘭、君を人質にして原水殿下と交渉しているのかもしれない」


 その言葉の意味を、理解するまでに数秒かかった。


「……わたしが、いなくなったことで?」


「そう」

 アンソニーは頷いた。

「原水殿下は、ブリテン帝国の要求を呑むかもしれない。

 しかし、人質が消えたから、ブリテン帝国は、切り札を失ったね」


 外で、複数の足音がする。

 フラン大使館の人間たちだ。


「さあ、急ごう、ここに長居はできない」


 ◇ ◇ ◇


 フラン大使館の馬車は、静かに小屋を離れた。


 愛蘭は、毛布に包まれながら、窓の外を見つめていた。


 助かった。

 確かに。


 だが――


(このままじゃ……)


 原水殿下は、どうなる?


 愛蘭がいない今、

 彼が大変なことになっていたら。私はどうしたらいいのか?


 アンソニーは、正面の席で腕を組んでいる。


「いざとなれば、君がフランに行く準備はできている」


 愛蘭は、首を振った。


「……行かない」


「理由は?」


「原水殿下から離れたくない」


 はっきりと、言った。


「わたしのせいで、彼は――」


「違う」


 アンソニーが遮る。


「それは、彼自身が選んだ道だ」


 正論だった。

 だが、納得はできない。

 私のせいで彼が苦境に立たされているのだ。


「わたしのせいだわ」

 愛蘭は、拳を握る。

「わたしがもっと慎重に動いていれば……」


 アンソニーは、黙って聞いている。


「それに真実を見て、見過ごすことはできない。阿片によってこの国が壊れていくのを、見ないふりなんて……」


 沈黙。


 やがて、アンソニーは深く息を吐いた。


「……厄介だな、君は」


 だが、その口調は、どこか誇らしげだった。


「行くのか?」


「行きます」


 即答だった。


「ブリテン大使館へ。そこに原水殿下がいるのなら」


「命の保証はないぞ」


「彼を救うためなら、わたしの命などどうなっても構いません」


 アンソニーは、目を細めた。


「東国の皇族でも、フランの王女でもなく――原水殿下を慕う愛蘭として、行きます」


 その言葉に、彼は小さく笑った。


「まったく、愛蘭は君の父上である国王様に、そっくりだよ。無茶ぶりをする」


 馬車は、方向を変える。


 白い建物――

 ブリテン帝国大使館が、遠くに見え始めていた。


 愛蘭は、胸に手を当てる。


(待っていて、原水殿下)


 今度は、守られる側ではない。


 奪われた真実を、

 選ばされる未来を――


 自分の意志で、取り戻すために。


 静かな港町で、

 一人の画家は、再び“戦場”へ向かっていた。

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