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婚約破棄を従姉に奪われた愛蘭は、伯爵家を追放され、路頭で死そうになるが、皇都で後宮画家になり、イケメン上司原水と出会い、溺愛される!  作者: 山田 バルス


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第二十二話 愛蘭(あいらん)、劉原水への想い

愛蘭視点  気づいた想い




 夜明け前の海は不気味すぎて、眺めていると心をざわつかせる。


 帝の別荘の客間。

 わたしは寝台に腰を下ろしたまま、いつまでも窓の外を見つめていた。


 眠れなかった。


(……当然かもしれない)


 頭の中では、何度も同じ場面が繰り返される。

 応接室。

 銀髪の令嬢。

 そして――劉原水殿下の横顔。


 あの一瞬。

 彼が、キャサリン=レスターナ嬢を見つめた時の、あの視線。


(……見惚れていた)


 そう気づいた瞬間、胸が、きつく締めつけられた。


 わたしは、布を握りしめる。


(どうして……)


 問いは、何度目かわからない。


 わたしは、後宮付きの画家。

 政治に関わる立場ではないし、皇族の血を引いてはいるが 正式な皇族ではない。

 殿下の婚姻に、口を出す権利も、意見を挟む立場も、本来はない。


 それなのに。


 あの瞬間、わたしは――


(嫌だ、と思った)


 はっきりと。


 彼が、誰かのものになることを。


 胸の奥が、冷たくなった。


(……ああ)


 その感覚に、ようやく気づいてしまう。


 これは、ただの“動揺”ではない。

 仕事への影響でも、文化摩擦への警戒でもない。


 もっと、単純で。

 もっと、厄介で。


(……嫉妬)


 言葉にした途端、逃げ場がなくなった。


 わたしは、深く息を吸い、吐いた。


(馬鹿ね……)


 いつからだろう。


 劉原水殿下を、特別に見るようになったのは。


 最初は、単なる信頼だった。

 芸術の話を、真剣に聞いてくれる皇族。

 文化を軽んじず、わたしの意見を求めてくる人。


 ハーフの自分を分け隔てなく接してくれた対応は、珍しかった。嬉しかった。

 そう、それだけのはずだった。


 ――けれど。


 夜遅くまで執務室で議論をしたこと。

 港を見下ろす丘で、潮風に吹かれながら未来を語ったこと。

 危険な局面で、必ず前に立ってくれた背中。


(……頼っていた)


 気づけば、わたしは殿下の判断を信じ、

 殿下の言葉に安心し、

 殿下の不在に、落ち着かなくなっていた。


 それは、部下として?


(……違う)


 心が、否定する。


 帝の手紙を見せられた夜。

 あの時、殿下が迷っていると打ち明けた瞬間。


 胸が、痛かった。


(どうして、あなたがそんな顔をしなければならないの)


 そう思った。


 ――国のため。

 ――帝の期待のため。


 理解は、できる。

 理屈は、わかる。


 それでも。


(わたしは……)


 自分の感情を、必死に押さえ込んできた。


 フランと東国の血を引く身。

 後宮画家という、不安定な立場。

 政治の渦中にいながら、守られている存在。


 そんなわたしが、原水殿下に恋など。


(許されるはずがない)


 だから、彼への恋心を認めないようにしていた。

 考えないようにしてきた。


 ――けれど。


 キャサリン嬢の視線。

 「あなたは恋人ですか?」という問い。


 あの一言が、わたしの心を、正面から切り裂いた。


(違います、としか言えなかった)


 本当は。


 できることなら恋人だと言いたかった。そして、彼には近づかないでと叫びたかった。


 わたしは、立ち上がり、窓を開けた。


 夜の空気が、肺に流れ込む。


(……認めてしまえば、楽なのに)


 でも、認めた瞬間。


 わたしは、今の場所を失うかもしれない。

 殿下のそばにいられなくなるかもしれない。


 それでも。


 心は、もう、嘘をつけなかった。


(わたしは、劉原水殿下が――)


 声に出さず、唇だけが動く。


(好きだ)


 胸の奥で、何かがほどけた。


 同時に、痛みが広がる。


 好きだから、苦しい。

 好きだから、譲れない。

 好きだから――選ばれなかった時が、怖い。


 でも。


(それでも……)


 わたしは、この感情を、なかったことにはできない。


 わたしの彼を想う気持ちから目を逸らすことはできない。

 心を描く者が、自分の心を偽るなど――できない。


 夜明けの光が、海を染め始めていた。


 今日も、殿下と顔を合わせる。

 仕事の話をし、政治を語り、笑うだろう。


 ――今までと、同じように。


 けれど。


(もう、同じではいられない)


 わたしは、自分の感情に、名を与えてしまった。


 それは、祝福ではなく、呪いに近い。

 だが同時に――生きている証だった。


 窓辺で、わたしは小さく目を閉じる。


 この想いを、どうするかは、まだ決められない。


 ただ一つ、確かなことがある。


 ――ブリテン帝国の令嬢が原水殿下を幸せにするのならば、

 彼の幸せを願い、わたしは身を引かなければならないのかもしれない。


 わたし自身の心は、それを許容できるのだろうか?

 キャサリン嬢以上に、わたしが原水様を幸せにできる道はないのだろうか?


 東国の朝の光が、静かに、わたしを照らしていた。

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