表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄を従姉に奪われた愛蘭は、伯爵家を追放され、路頭で死そうになるが、皇都で後宮画家になり、イケメン上司原水と出会い、溺愛される!  作者: 山田 バルス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/36

第三話 愛蘭(あいらん)、図画省試験を受ける!

愛蘭あいらん、図画省試験を受ける!




 王宮の奥、白い回廊を抜けた先に――

 図画省はあった。


 天井は高く、壁には歴代の絵師たちが残した作品が整然と並んでいる。

 山水画、花鳥画、人物画。

 いずれも、この国で「正統」とされる様式だった。


 その場に足を踏み入れた瞬間、愛蘭は、無意識に背筋を伸ばしていた。


 ――場違い、かもしれない。


 粗末な外套。

 市場育ちのような身なり。

 そして、異国の血。


 視線が、刺さる。


「……あれが、例の娘か」

「フラン帰りの……?」

「女が、図画省試験など……」


 囁き声は、はっきりと耳に届いた。


 愛蘭は、何も言わず、ただ唇を引き結ぶ。


 ――慣れている。


 緑港でも、フランでも。

「異端」の視線は、いつもそこにあった。


◆ ◆ ◆


 試験会場は、広い画室だった。


 中央に机が並べられ、各自に画板と紙、墨と絵具が用意されている。

 試験官は三名。

 年配の男性二人と、鋭い目をした壮年の男が一人。


 壮年の男が口を開いた。


「本日の試験は、二つだ」


 低く、冷静な声。


「第一試験。

 “人物画”を描け。制限時間は二刻」


 ざわ、と空気が動く。


 人物画は、最も評価が厳しい分野だ。

 しかも、女の受験者は、愛蘭ただ一人。


「第二試験は、第一を見てから告げる」


 愛蘭は、静かに頷いた。


 ――描くだけ。


 それしか、できない。


◆ ◆ ◆


 モデルとして、若い侍女が一人、椅子に座らされた。


 緊張した面持ち。

 背筋は伸びているが、肩に力が入っている。


 愛蘭は、深く息を吸い、鉛筆を手に取った。


 ――まず、骨格。


 フランで教えられたのは、表面ではなく「構造」だった。


 人物がの黄金比を思い浮かべる。5対8。

 ルーブル美術館で模写した時の人物画なら誰が良いか?

 ラファエロか? それともフェルメール。そう考えてから頭を軽く横に振る。

 ここは、レオナルド・ダヴィンチのモナリザの構図を参考にしよう。

 肩の傾きを計る。

 首の角度とのバランスを。


 周囲の受験者たちは、すでに墨を摺り、勢いよく線を走らせている。


「……ふん。木炭?」


 試験官の一人が、鼻で笑った。


「墨も使えぬのか」


 愛蘭は、聞こえないふりをした。


 ――いいえ。

 使える。でも、墨では表現できない世界なので、使わないだけ。


 陰影を、線で組み立てる。

 光がどこから差しているかを、意識する。


 頬の膨らみ。

 目の奥の影。

 緊張が作る、わずかな口元の歪み。


 紙の上に、少しずつ、人が「描かれて」いく。


◆ ◆ ◆


 途中、壮年の試験官――張玉寧が、愛蘭の背後に立った。


 何も言わない。

 ただ、じっと見ている。


 愛蘭の背中に、汗がにじんだ。


 ――見られるのは、苦手。


 だが、手は止めなかった。


 時間は、あっという間に過ぎた。


「そこまで!」


 声が響き、鉛筆を置く。


 愛蘭は、そっと息を吐いた。


◆ ◆ ◆


 提出された作品が、順に並べられる。


 どれも、見事だった。

 流麗な筆致。

 伝統に則った、完成度の高い人物画。


 ――正しい。

 でも。


 最後に、愛蘭の絵が置かれた。


 場の空気が、一瞬、止まる。


「……これは」


 年配の試験官が、眉をひそめた。


「侍女がそのまま絵に閉じ込められている」


「こ、これが……西洋画なのか?」


「線が、美しい」


 絶賛の言葉が、淡々と並ぶ。


「これが――アカデミーの力なのか」


 張玉寧が、静かに口を開いた。


「これほどまでに」


 一同が、絵を見る。


 そこに描かれていたのは、

 ただ“似ている”だけの顔ではなかった。


 緊張と誇り。

 職務への自覚。

 若さの中にある、諦念。


「この侍女が、何を思って座っていたか……

 それが、伝わってくる」


 沈黙。


「これは、異端だ!」


 張玉寧は、そう言ってから――

 わずかに、口角を上げた。


「だが、これこそが我が国にとって、新しい芸術の幕開けだ!」


◆ ◆ ◆


 第二試験は、即興だった。


「同じ人物を、“別の方法”で描け」


 愛蘭は、一瞬だけ迷い――

 そして、決めた。


 水彩絵の具を取り、パレットに色を置く。


 肌の色。

 衣の陰。

 背景は、あえて描かない。


 人物だけが、浮かび上がるように目立つように描く。


「……まるで、鏡の中のようだ」


 誰かが、呟いた。


 完成した絵は、

 この国の様式とは、明らかに違っていた。


 だが。


 そこにいたのは、

 確かに“生きている人間”だった。


◆ ◆ ◆


 結果は、その場で告げられた。


「愛蘭。

 図画省・仮採用とする」


 その言葉を聞いた瞬間、

 胸の奥が、熱くなった。


「正式な絵師となるかどうかは、後宮での働き次第だ」


「……はい」


 声が、震えた。


 だが、それは、恐怖ではない。


 ――始まった。


 異端と呼ばれた西洋画で。

 居場所のない女が。


 後宮という、最も閉ざされた世界へ――

 足を踏み入れた瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ