閑話4 沈琳道視点 沈琳道断罪される!
沈琳道 ――生きながらの死刑
判決は、あまりにもあっけなかった。
「沈琳道。
皇族への脅迫、暴行未遂の罪により――
鉱山送り、十年」
一瞬、意味が分からなかった。
「……は?」
声が、間抜けに響いた。
裁定官は、私を見もしない。
「帝の温情だと思え」
温情。
その言葉に、背筋が凍る。
――鉱山送り。
それは、罪人の間では“死刑宣告”と同義だった。
東境の鉱山。
毒気を含む岩層。
崩落、病、事故。
生存率、五年。
十年の刑とは、
生きて帰れという意味ではない。死ねということだ。
(……嘘だ)
喉が、ひくひくと鳴る。
「ま、待ってくれ!」
声を張り上げるが、誰も反応しない。
「俺は……! 沈家の……!」
名前を出した瞬間、
裁定官が初めて、こちらを見た。
冷たい目だった。
「その名は、もう役に立たぬ。沈家当主から追放命令が出ている」
それだけだった。
◆ ◆ ◆
牢に戻された私は、床に崩れ落ちた。
(……死ぬ)
初めて、はっきりとそう思った。
今までの転落は、
まだ“やり直せる余地”があった。
だが、鉱山は違う。
そこは、戻ってくる場所ではない。
(嫌だ……)
息が、荒くなる。
頭に浮かんだのは、
ただ一人の名前だった。
愛蘭。
(そうだ……)
あの女なら。
皇族に近い。
劉原水とも繋がっている。
(謝れば助けてくれる……)
そう思った瞬間、胸に希望が灯る。
「愛蘭……」
声が、震える。
「助けてくれ……」
あれほど拒絶されたことも、
軽蔑されたことも、
この時の私は、すべて都合よく忘れていた。
(夫になるはずだったんだ)
(情が、ないはずがない)
そう信じなければ、正気を保てなかった。
◆ ◆ ◆
移送の日。
重い足枷をつけられ、
鎖で繋がれた罪人たちの列に並ばされる。
臭い。汗と恐怖と絶望の臭い。
「やめろ……」
誰かが、呻く。
「行きたくない……」
その声が、次々と重なっていく。
私も、同じだった。
「やめてくれ……」
喉が、張り裂けそうになる。
「鉱山には危ない……! 毒がある……!」
兵士は、無言で私の背を力強く押した。
列が、動く。
港から、船へ。
鉱山送り専用の船。
戻りの便は、存在しない。
「愛蘭!!」
気づけば、私は叫んでいた。
「愛蘭、助けてくれ!!」
叫びは、海風に掻き消される。
「俺は……悪くない。騙されていただけなんだ……!」
誰も、聞いていない。
「俺は、悪くない……!」
その言葉が、
自分でも空虚に聞こえた。
船に乗せられ、
甲板の下へと押し込まれる。
暗い。
狭い。
息が、詰まる。
扉が、閉まった。
鉄の音。
――終わりだ。
◆ ◆ ◆
航海中、私は何度も夢を見た。
緑港伯屋敷。
白い外壁。
あの日の愛蘭。
振り向いて、
微笑んで、
こう言う。
『……仕方ありませんね、あなたを許します』
そのたびに、目が覚める。
現実は、暗闇と、揺れと、罪人たちの嗚咽。
「……違う」
私は、何度も呟いた。
「俺は、こんな場所にいる人間じゃない。沈家の息子だ」
だが、誰も否定してくれなかった。
◆ ◆ ◆
上陸。
鉱山は、灰色だった。
空も、岩も、建物も。生気のない色。
「降りろ」
兵士の声。
足を踏み出した瞬間、
鼻を突く異臭。
薬品と、硫黄と、何か――生き物を蝕むもの。
(……ここで、死ぬんだ)
はっきりと、理解した。
「……やだ」
膝が、崩れる。
「帰りたい……」
誰かが笑った。
「ここに来た時点で、終わりだ」
管理官が、淡々と告げる。
「働け。働けなくなったら――終わりだ」
それだけ。
慈悲は、ない。
◆ ◆ ◆
坑道へ向かう途中、
私は、最後に空を見上げた。
曇天。
光は、届かない。
「愛蘭……」
もう、声も出なかった。
私は、最後まで理解しなかった。
なぜ、こうなったのか。
どこで、間違えたのか。
ただ一つ、確かなことがある。
沈琳道は、
もう、誰にも必要とされていない。
そして――その事実から、
逃げ続けた男の行き着く先は、
生きながらの、死だった。




