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婚約破棄を従姉に奪われた愛蘭は、伯爵家を追放され、路頭で死そうになるが、皇都で後宮画家になり、イケメン上司原水と出会い、溺愛される!  作者: 山田 バルス


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閑話5 緑麗香(れいか)視点 フラン人モンテスの救いの手

緑麗香れいか視点 フラン人モンテスの救いの手




 春が来たはずなのに、寒さは消えなかった。


 港町の朝は湿っていて、石畳から立ち上る冷気が足の裏にまとわりつく。

 薄い外套を抱きしめるようにして歩きながら、私は今日も仕事を探していた。


 ――仕事。


 それは、かつての私には縁のない言葉だった。


 緑港伯爵家の令嬢。

 皆が頭を下げ、道を開けた存在。


 それが今は、

 洗濯女にも、下働きにもなれず、

 市場をうろつく「余り物」。


「……はぁ」


 吐いた息は白く、すぐに消える。

 私も、いずれこうして消えてしまうのだろうか。


 そんなことを考えていた時だった。


「――おや?」


 異国訛りのある声が、背後から聞こえた。


 振り向くと、そこにいたのは、

 陽光を思わせる金髪の青年だった。


 フラン人。整った容姿をした綺麗な青年だ。


 港町では珍しくないはずなのに、

 なぜか、その美しい容姿のためなのか、目が離せなかった。


「君……」


 彼は少し驚いた顔で、私と目が合った。


「どこかで、会ったことがある気がする」


 美しい男性の笑みに胸が、どくりと鳴った。


「……人違いです」


 そう言ったはずなのに、

 声はかすれていた。


 彼は、私の身なりを一瞬で見て取ったのだろう。

 それでも、蔑むことなく、穏やかに笑った。


「失礼した。だが……困っているように見えた」


 その一言で、

 張り詰めていたものが、音を立てて崩れた。


 ――優しくされるなんて、いつ以来?


 ◆ ◆ ◆


 彼の名は、モンテスと言った。


 フラン王国の商人で、

 定期的にこの港へ来ているらしい。


 私は、身の上をすべて話したわけではない。

 ただ、「家を失った」とだけ告げた。


「それは……辛かっただろう」


 わたしのことを心配してくれて、親身になってそう言ってくれた。


 それだけで、十分だった。


 彼は、パンを分けてくれた。

 温かいスープも。小金もくれた。


 久しぶりに、

「人として扱われた」気がした。


「君のような美しい女性は、本来、こんな場所にいるべきじゃない」


 その言葉に、

 胸の奥が、じんわりと熱くなる。


 ――そうよ。


 私は、本当は、

 もっと大切にされるはずだった。


 愛されるはずだった。


 それを奪ったのは――

 誰?


 思考の端に、

 あの女の顔が浮かぶ。


 愛蘭。


 私は、その名を口には、しなかった。

 モンテスも、特には聞かなかった。


 代わりに、

 彼は、こう言った。


「フランへ来ないか」


 ◆ ◆ ◆


「……フラン、王国?」


 思わず聞き返す。


「ああ。芸術と商業の国だ。

 やり直したい人間には、悪くない」


 やり直す。


 その言葉が、胸に突き刺さった。


「麗しい君なら、向こうで、ちゃんと生きられる」


 麗しい君。


 その言葉を、

 私は、どれほど求めていたのだろう。


 ここでは、何者でもない。

 過去の罪と、失敗の塊。


 でも、海の向こうなら――


「船は、三日後に出る」


 モンテスは、私の手を取った。


 温かい。


 久しぶりに感じる、人の体温。金髪の端正な容姿。


「一緒に来てほしい」


 私は、迷わずうなずいた。


 考えるよりも先に。


 ◆ ◆ ◆


 出港の日。


 港は、いつもより騒がしかった。


 荷を運ぶ男たち。

 叫ぶ監督。

 そして――


 船。


 思っていたより、

 ずっと大きく、

 ずっと無骨だった。


「……商船、ですよね?」


 そう尋ねると、

 モンテスは、少しだけ、微笑んだ。


「ああ。そうだとも」


 その笑みが、

 なぜか、ひどく冷たく見えた。


 船内は、暗かった。


 窓は少なく、

 空気が、淀んでいる。


「モンテス……?」


 呼びかけた、その瞬間。


 背後で、

 がちゃり、と音がした。


 扉が、閉まった。


「……え?」


 振り返ると、

 そこには、知らない男たち。


 屈強で、無表情。


「なに、これ……」


 モンテスは、少し離れた場所に立っていた。


 もう、私を見ていなかった。


「……どうして?」


 声が、震える。


「モンテス、ご苦労だった」

「アンソニー様のお命令通り任務を遂行しました」


 すると、モンテスの後ろから、別の金髪のフラン人が現れた。


 アンソニーだ。彼はゆっくりと、私を見た。


 その目には、

 感情がなかった。


「覚えていないか?」


 静かな声。


「緑麗香」


 その名を呼ばれた瞬間、

 ぞくっと背筋が凍りついた。


「君は、僕が愛する愛蘭のことを、徹底的に踏みにじった」


 愛蘭。


 その名が、

 脳裏に、はっきりと浮かぶ。


「彼女は、僕の大切な人だ」


 しかし、アンソニーの声には、

 怒りすら含んでいなかった。


 ただ、事実を告げる声。


「だから、これは――」


 彼は、背を向けた。


「復讐だ」


 ◆ ◆ ◆


「や、やめて……!」


 手を伸ばしたが、

 すぐに、男たちに押さえつけられる。


「これはフラン行きの船だ」


 アンソニーが、淡々と続ける。


「確かに、フランへ向かう。

 ただし――」


 振り返り、

 冷たく言い放つ。


「君は、商品として、だ」


 奴隷。


 その言葉の意味が、

 遅れて、理解できた。


「嫌……! こんなの、違う……助けてモンテス!」


 叫んでも、

 誰も助けてくれない。


 ここは、海の上。


 法も、地位も、

 すべて届かない場所。


「君は、愛蘭に理不尽な行いをした」


 アンソニーの声が、遠ざかる。


「船長、僕が下船したら出航してくれ」


 扉が閉まり、

 闇が、私を包んだ。


 ◆ ◆ ◆


 船が、動き出す。


 波の音が、

 私の未来を、塗りつぶしていく。


「……いや……」


 かつて、

 愛蘭が味わった絶望。


 私は、それ以上の闇へと、

 引きずり込まれていく。


 ――ここからが、

 本当の断罪なのだ。


 緑麗香は、

 ついに、逃げ場を失った。

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