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婚約破棄を従姉に奪われた愛蘭は、伯爵家を追放され、路頭で死そうになるが、皇都で後宮画家になり、イケメン上司原水と出会い、溺愛される!  作者: 山田 バルス


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第十三話 愛蘭(あいらん)、緑港伯領に戻る旅

緑港伯屋敷は、港を見下ろす丘の上にあった。



 白い石造りの外壁。

 潮風に晒されてなお、威厳を保とうとする古い館。


 官用馬車が正門前で止まると、すでに数名の役人と家宰が並んで待っていた。


「外務省より、劉原水殿をお迎え申し上げます」


 年配の家宰が、深く頭を下げる。


 その仕草は丁重だが、どこか硬い。

 予期せぬ訪問――いや、予期はしていたが、これほど早いとは思っていなかった、という顔だ。


 劉原水は馬車を降り、周囲を一瞥した。


(数は揃えている。だが、動きが揃いすぎているな)


 背後から、愛蘭が静かに降り立つ。

 通行札に刻まれた印章を見て、役人たちの視線が一瞬だけ泳いだ。


 後宮絵師。

 だが、それ以上の意味を持つ同行者。


「さっそく、現伯にお目通りを願おう」


「は……すでに、応接の間にて」


 屋敷の奥へと案内されながら、劉原水は感じ取っていた。


 この屋敷には、“正統な主”の気配が薄い。


 壁に掛けられた肖像画。

 先代緑港伯夫妻、その娘――そして、その先が、途切れている。


(やはり、描かれていないか)


 愛蘭も、それに気づいたのだろう。

 一瞬、視線を留めたが、何も言わない。


 応接の間に入ると、中央の椅子から一人の男が立ち上がった。


 四十代半ば。

 整えられた衣装に、港町らしい日焼けの跡。


「緑港伯、仲頴ちゅうえいでございます。

 遠路はるばる、ようこそ」


 笑みは浮かべている。

 だが、その目は、油断なく劉原水を測っていた。


「早速だが」

 劉原水は、挨拶もほどほどに切り出した。


「継承の経緯について、確認させてもらう」


 仲頴の眉が、わずかに動く。


「私は、前緑港伯の実子です。

 正当な跡取りとして、伯爵位を継ぎましたが」


「――前伯の“正妻”の子ではないな」


 空気が、一段冷えた。


「前伯の正妻はすでに亡くなり、その一人娘も早世している。

 だが、その娘には、子がいたはずだ」


 仲頴は、口を開こうとして、閉じた。


「孫娘だ。生存しているはずだ、どこにいる?」


 劉原水は、淡々と告げる。


「本来の伯爵継承権は、前伯の娘。

 その死後は、その孫に移る」


 それが、帝国の定めた継承法だ。


「……しかし、その孫娘は女性です」


「だから、どうした」


 劉原水の声が、鋭くなる。


「女性であろうと、皇家の血を引く直系だ。

 継承権は、消えない」


 仲頴は、わずかに視線を逸らした。


「孫娘――麗香は、すでに沈琳道と婚姻しております」


「知っている」


 劉原水は、すぐに返す。


「だが、だからといって、継承権が“お前に移る”理由にはならん」


 応接の間に、沈黙が落ちる。


「加えて言おう」


 劉原水は、さらに踏み込んだ。


「麗香殿は、前伯の“側室の血筋”だ。

 皇家の血は、流れていない」


 仲頴の喉が、はっきりと鳴った。


「つまり――

 緑港伯家において、皇族の血を引く正統な継承者は、今、誰か」


 愛蘭は、黙ってそのやり取りを聞いていた。


 自分の名が出ることはない。

 だが、話題の中心にある“空白”が、確かに彼女を指している。


「……それは」


 仲頴は、言葉に詰まる。


「これは、乗っ取りか?」


 劉原水は、はっきりと問うた。


「それとも、帝国の法を理解せぬまま、座についているだけか」


「そ、そんなことは――」


「忘れたとは言わせんぞ」


 劉原水の声は、低いが重い。


「緑港に各国の大使館が置かれている理由を。

 この港が、単なる交易地ではない理由を」


 仲頴の額に、汗が滲む。


「皇族の血筋が、跡取りとなること。

 それが、この地に大使館を置く条件だ」


 港は、帝国と諸外国をつなぐ“重要な顔”だ。

 そこの統治者が、帝の血筋であることは絶対条件。


「知らなかった、では済まされん」


 劉原水は、静かに言った。


「もし、正統な継承者を排したまま座に居座っているなら――

 それは、反逆に等しい」


 仲頴は、椅子の背に手をかけ、かろうじて立っている。


「本日より」

 劉原水は、結論を告げた。


「緑港伯位の継承について、正式な調査に入る。

 屋敷の出入り、書類、人員――すべて、外務省の管轄下だ」


 応接の間にいた役人たちが、息を呑む。


 愛蘭は、その光景を、ただ静かに見つめていた。


(始まった)


 過去を封じたままでは、終われない。

 偽りの継承で逃げ切れる段階は、すでに通り過ぎている。


 緑港の空は、晴れている。

 だが、この屋敷の中では――


 確かに、新たな火種が、燃え始めていた。

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