閑話3 徳妃視点 徳妃の断罪
徳妃の断罪
周家が取り潰しになったと聞いたとき、
私は、笑った。
「そう……ついに、ここまで来たのね」
薄暗い仮住まいの一室。
元・徳妃である私は、粗末な卓の前に座っていた。
父・周仲謀は、すでに官職を解かれ、
屋敷は没収、
門に掲げられていた“周”の表札は、引き剥がされたという。
――東国画の名門。
代々、宮中を彩ってきた家。
それが、
たった一人の娘の“罪”で、消えた。
(……ふふ)
胸の奥で、何かが、乾いた音を立てる。
(守ったつもりだったのにね)
◆ ◆ ◆
「娘娘……」
全魯班が、静かに声をかけた。
いや、もうその呼び名は、ふさわしくない。
「……徳妃様」
彼女は、最後まで、そう呼んだ。
「宋家が、動いています」
私は、目を細めた。
「宋翠香の父、だったかしら」
「はい。娘を病に追いやった者として、
“仇討ち”の名目で」
「分かりやすいわね」
私は、ゆっくりと立ち上がる。
「彼らにとって、私は――
“悪女”でなければならない」
全魯班は、唇を噛んだ。
「……逃げましょう」
「いいえ」
私は、首を振る。
「逃げるって一体どこに逃げる場所があるの?
私たちには、もう逃げ場所なんてないのよ」
そして、微笑む。
「それに、私、中途半端は、嫌いなの」
◆ ◆ ◆
夜半。
雨は、降っていなかった。
だが、空気は、妙に重い。
戸の外で、
――かすかな、足音。
全魯班が、すっと前に出た。
「……来ました」
「何人?」
「少なくとも、三」
さすが、元は下層出身。
気配を読む力は、衰えていない。
「宋家の者?」
「ええ。刀の気配です」
◆ ◆ ◆
最初の男は、音もなく現れた。
黒装束。
顔は、覆われている。
「周の女」
低い声。
「宋家より、命を頂く」
「……随分、直接的ね」
私は、扇も持たず、ただ立っていた。
「恨むなら、ご自身の愚かな行為を恨みなさい、ご覚悟を」
男は刀を抜いた。
「――お下がりください!」
全魯班が、私の前に立つ。
「全魯班……」
「ここから先は、私の役目です」
彼女の背は、小さい。
だが、その背中は、揺るがなかった。
「徳妃様は、例え
“悪女”といわれても、生き延びてください」
「……」
胸の奥が、
ひどく、ざわついた。
◆ ◆ ◆
二人目の影。
三人目。
刃が、光を反射する。
全魯班は、
迷わず、踏み込んだ。
「――っ!」
金属が、ぶつかる音。
彼女は、
剣を持たない。
それでも、
躊躇なく、
私の前に、身を投げ出した。
◆ ◆ ◆
――赤。
一瞬、視界の端に、
色が、滲んだ。
「……ぜん、ろはん?」
彼女は、振り返らなかった。
ただ、
私を、庇うように、
立ったまま。
「……逃げて、ください」
その声は、
驚くほど、静かだった。
◆ ◆ ◆
私は、
初めて、怖くなった。
死ぬことが恐ろしく感じた。
後ずさった。
「……分かったわ」
歯を食いしばる。
「あなたの忠義、
無駄にはしない」
背を向ける。
――逃げる。
◆ ◆ ◆
裏口。
夜の路地。
息が、荒れる。
絹の裾が、裂ける。
(……追ってくる)
分かる。
足音が、消えない。
◆ ◆ ◆
角を曲がった、その先。
――影。
男が、立っていた。
先ほどとは、違う。
背が高い。
殺気が、濃い。
「……まだ、いたの」
私は、笑った。
「宋家は、律儀ね」
男は、無言で、
刀を、構えた。
◆ ◆ ◆
月光が、
刃を、照らす。
刀が、
振り上げられる。
その瞬間――
(……ああ)
私は、思った。
(これが、“自分がしたことの報い”か)
東の色を守ろうとして、
西の色を憎んで、
人を、切り捨てた。
――悪女。
その名に、
相応しい、最期。
◆ ◆ ◆
刀が、
空を、切る。
私は、
目を、閉じなかった。
ただ、
真っ直ぐ、
その刃を、見つめていた。
◆ ◆ ◆
――そして。
その先のことを、
知る者は、いない。
徳妃は、
悪女として、
歴史から、消えた。
だが。
アールを巡る争いは、
まだ、
終わっていない。
それだけが、
確かなことだった。




