18 稼ぎ時だー!
「綾瀬……?」
うわあああああ!? やっちゃったあああ!?
――そ、そっこうでばれてる……! あはは! だめ苦しい! 苦しくなるわけないんだけど、なんか苦しい!
リーナはものすごく笑ってるし! 他人事だと思って! いやリーナにとっては他人事なんだろうけど!
叫びたい衝動を堪えて、高橋さんから視線を外した。
「誰それ知らない」
――ぶはっ。
笑わないでよ……!
唖然としてる高橋さんを無視して、まだ何かわめいてる男の人の方に向かう。魔法使いらしい二人がなだめようとしてるけど、全然落ち着かないみたいだ。
あんなに叫んでいたら、狼が集まってくるのに……。死にたいのかな?
わたしが叫んでる男の人の前に立つと、その人が言った。
「魔女! 狼を倒せ! 俺の腕を取り返せ!」
「…………」
――うわあ……。なによこいつ。
右腕、なくなってる。きっとその痛みとかショックで正気を失ったとかだと思う。腕を取り返せ、ということは、さっきの狼に食いちぎられたのかな。
探してあげたいけど……。さすがに、厳しそうだ。狼の遠吠えが聞こえてきたから。
「ひっ……」
魔法使いの女の人が小さく悲鳴を上げた。
「狼だ! 狼が来る! 俺の腕! 俺の腕を集めろ!」
「眠って」
杖を向けて、叫ぶ人に魔法を使う。睡眠の魔法。魔物相手にも一応有効な魔法だけど、攻撃魔法でさっさと倒してしまった方が早いからあまり出番のない魔法だ。
大けがをした人に麻酔代わりに使うことがあるけど、うるさいからって使うとは思わなかった。
「これで……運べます、か?」
「あ、ああ……! 大丈夫!」
「じゃあ、お願い、しますね……? 狼は、こっちでやるので……」
「いいのかい……?」
「ん」
わたしがはっきりと頷くと、男の人も頷いてくれた。さっきまで叫んでいた人をしっかりと背負って、走っていく。
「ありがとう……! 陽葵ちゃんも早く!」
陽葵……。高橋さんの下の名前、だったかな?
――よく覚えてるわね。
いろいろあった相手だからね。
高橋さんはのろのろと立ち上がると、わたしを見て、そして魔法使いさんに向き直った。
「ここに残る。行け」
「え……。何言ってるの!?」
「魔女が打ち漏らすかもしれないだろ。その時にあたしが時間稼ぎをする。ただ、倒せないからな? 時間稼ぎをしてる間に、仕留めてくれよ、魔女様」
正直必要ないんだけど……。そう言っても、納得してくれない、かな? わたしが後ろに通さなければいいだけだし……。
わたしが頷くと、高橋さんも頷いた。
「ほら、行け」
「もう……! 無理しないでね!」
魔法使いさんが走って行く。そうして残されたのは、わたしと、高橋さん。
高橋さんはわたしの後ろ側に立つと、ゆっくりと深呼吸した。
「じゃあ……。頼む。もしもの時は、がんばるから」
「わかった」
でも大丈夫だよ。むしろ、そう。
「稼ぎ時だね」
――稼ぎ時だー!
たくさんの狼だ。いっぱい稼ごう!
三十分後。さっくり終わりました。いや、特筆すべきことはないから。狼が集まってくるといっても、十体以上一斉に襲ってくるわけじゃない。せいぜい二、三匹が複数回襲ってくる程度。
狼たちはもともと単体で出てくる魔物だからね。協調性なんてないやつらだ。
もっとも。それでも五層を狩り場にする人にとっては厳しいことに違いはない。だからみんな、五層での狩りは粛々と、だ。
ともかく。これで一段落。
「ふう……」
わたしが力を抜いたのと、
――あ。
リーナのそんな、間の抜けた声は同時だった。
気づけば、フードが後ろから引っ張られ、外されてしまっていた。
「あ」
「へえ……。やっぱり、綾瀬か」
「うえええええ!?」
ひどくない!? わたし、助けてあげたんだよ!? 正体を暴くようなこと、普通やる!? 恩を仇で返すってこういうことを言うんじゃないかな……!
どどど、どうしよう!? え、言い訳……顔を見られて言い訳も何もないよ! え、えと、んと……。
「た、他人のそら似です」
「いや、あたしの名前呼んでただろ」
「あう……」
やってしまった……。言い訳ができない……。よりにもよって、一番ばれたくない人にばれてしまった。
これは、脅される。ダンジョンに潜ってることをばらされたくなければお金を寄越せとか……!
「綾瀬」
「ひゃい!」
「ひゃい……? その、なんだ……。ありがとう。助かった」
そう言って、高橋さんは頭を深く下げた。
お礼を言われた。高橋さんに、お礼を言われた。その事実が、なんだかうまく飲み込めない。だって、高橋さんだよ? 我がクラスの不良のリーダーさんだよ?
「ほとんど口に出てるぞ……」
「げ……」
――あほ菜月。
リーナも気付いてるなら言ってくれたらいいと思うんだけどなあ!
「命の恩人を脅したりしねえよ。というか、脅した結果殺された、とかありそうだし」
「し、しないよ!? それにダンジョンの外だと魔法は使えないし……」
「あたしが魔女の噂を知らないとでも思ってんのか?」
「う……」
魔法は、ダンジョンの外では使えない。それはみんな知っていること。
でも……。
「魔女がギルド内で治癒魔法を使っていた、ていうのは、わりと出回ってる噂だ」
「…………」
そう、なんだよね。わたしは、一度だけじゃなく、わりと何度も、ギルドで治癒魔法を使ってる。だって、そうでもしないと助けられない人がいたから。
それからは身元がばれないように、より気をつけてる。
「気をつけてた……つもりだったんだけどなあ……」
「いや、その……。悪い……」
「その……。いい、です……。油断していたわたしが……悪い、から……」
そうだ。気持ちを切り替えていこう。むしろ、そう。外でも魔法が使えると分かっているなら、脅すことだってできる。誰かに言ったら殺すぞ、とか……。
…………。いや、うん。ない、かな。それは、いやだ。脅しはだめ。絶対に、いやだ。
――ふふ……。
なんだかリーナに生温かい視線を向けられてる気がするけど、きっと気のせい。