17 ・彼女の経緯
壁|w・)クラスメイト視点です。
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バカになりきれなかった。一歩を踏み出せなかった。いや、踏み外すことができなかった。それが、全てだ。
あたしの両親は、ほとんど家に帰ってこない。小遣いもなく、家に帰ったら冷めたメシが置いてあるだけ。夜に仕事をしていることだけは知ってる。
みんなが楽しそうに家族の話を学校でしているのを聞いて……。どうして自分とこんなに違うんだろうと思ってしまった結果、相手を殴ってしまっていた。
そこからは、腫れ物を扱うような感じで先生からも接されるようになって、それがまた不愉快で、気づけばあたしはろくでもない連中とつるむようになった。
気づけば不良の仲間入りってわけだ。
でも。誰かの金を奪うとか、いわゆるカツアゲってやつは、どうにもやる気が出なかった。遊ぶ金が欲しかったけど、誰かから奪うのは違うと感じて。
あたしについてきてる奴らにも、その辺はちょっと言い含めてある。でも、あたしが見ていないところで何かやっているかもしれない、というのはちょっと不安だ。いつも何が奢ってくれるし。
そんなあたしでも、中学生になって金を得る手段を得た。ダンジョン探索だ。
幸い、あたしはケンカがそれなりに強い。ダンジョン探索でも、そこまで無理をしなければ、遊ぶ金ぐらいは稼げると思った。
それに、ある程度強いやつとパーティを組めば、稼げる額も増えてくる。そうなれば、今まで奢ってくれたあいつらにも返せるはず。そんな、浅はかな考えだ。
浅はかな考えだった。
期末テストも終わって、がっつり金を稼ぐぞとパーティを組んでるやつらとダンジョンに潜った。
あたしのパーティは、四人。大学生の男一人に、高校生の兄妹二人、そしてあたしの四人だ。みんな一年以上探索を続けてるベテランで、一人でゴブリンを狩っているあたしを心配してくれて、パーティに誘ってくれた。
それからはずっとこの四人で探索してる。みんなの戦い方も分かって、慣れたものだ。
大学生は剣を使う近接。大きめの剣で、アタッカー的な役割だ。高校生の兄妹は二人とも魔法使い。男の方が攻撃魔法、女の方が支援魔法を得意としてる。
そしてあたしは、後衛二人を守る盾役だ。最初は一人で戦っていたから、盾で受け止めて剣で斬り返す、という戦い方に慣れていたから。
ずっとそうやって狩りを続けて、四層で出てくるゴブリンの集団にも対応できるようになっていた。おかげで、週に一回とはいえ、それなりに稼げてる。
そして。今日、リーダー役の大学生の男が言った言葉が、きっかけだった。
「なあ。もう俺たち、四層のゴブリン程度には苦戦しなくなってるよな?」
「うん? まあ、そうだね」
「そろそろ五層に行ってみようぜ。狼とかも俺らなら余裕だろ」
「ええ……。でも、最初に行く時は経験者と一緒に行くようにってギルドで注意されてるよ?」
「ガキじゃねえんだから気にしすぎだろ」
大学生と高校生の兄の方が相談してる。あたしは妹の方と視線を合わせて、お互いに肩をすくめた。
あたしもそろそろ五層に行ってもいいと思ってる。もちろんここの稼ぎだけで遊ぶ金にはなるけど、将来的には探索者として生活したい、というのもあるから。
正直、まともな仕事ができるとは思っていない。母と同じように、夜に働くようになっても不思議じゃない。
面識のない男に媚びるぐらいなら、探索者として生計を立てた方がいい、と思うのはあたしだけじゃないはずだ。
「よし、話はまとまったし、五層行くぞ!」
「はは……。十分に気をつけて行こう」
「もう……。一匹目で危なかったらすぐに逃げようね?」
「…………」
あたしが言うことはない。きっとこのパーティなら問題ない。そう思っているから。
そう、思っていた。
狼を見つけられたのは、五層に下りて十分ほどしてからだった。
「見つけた! 陽葵、二人を頼むぞ! 二人は魔法で攻撃と援護、いつものやつだ!」
「わかった」
「了解!」
大学生が狼に挑みかかる。あたしは高校生兄妹の前に立った。盾を構えて、敵がこっちを襲ってきた時に備える。もっとも、大量に出てくるゴブリンならともかく、狼一匹ならあたしの出番は……。
「うわあ!?」
「は?」
一瞬、だった。狼は大学生の右腕に噛みついて……いや、噛みちぎった。大学生の右腕は二の腕からなくなっていて、少し離れた狼がその腕を食っていて……。
ああ。だめだ、これ。あたしたちじゃ、勝てないやつだ。
「がああああ!? ちくしょう! いてえ!」
「ちっ……!」
舌打ちして、大学生に駆け寄る。
「逃げよう! 勝てない!」
「はあ!? ふざけんな俺の腕! 取り返す! 取り返せ!」
「無茶言うな! あんな化け物、勝てるわけが……」
そう、叫んだ直後。さらに狼が走ってきた。一瞬であたしの目の前に来て、喉笛に……。
「……っ!」
咄嗟だった。反応できたのは奇跡だと思う。普通なら、そこでかみ殺されていたと思う。あたしの盾が、狼を打ち据えた。
「ファイア!」
炎の攻撃魔法が高校生の方から飛んでくる。けれど、狼はそれを簡単にかわしてしまった。
当たり前だ。だって、誰もあいつの動きを制限してない。あたしか大学生と戦っている間なら、こっちに注意を引きつけて……とできただろうけど、今は、無理だ。
「逃げよう! 早く!」
高校生の妹の方が叫んで、けれど大学生が叫び返した。
「ふ、ざけんな! 戦うんだよ! 狼一匹だろうが! 俺の! 俺の腕を取り返せ!」
「そのためにみんなに死ねってか!?」
「だまれ! いいから行け! リーダー命令だ!」
「ふざけ……わあ!?」
反論、しようとして。あたしはリーダーに蹴り飛ばされた。もちろん、狼の方へ。
狼の顔が、目の前にあった。いつの間にかまた、こっちに走ってきていたらしい。言い争いをしていて、隙だらけだと思ったんだと思う。その通りだ。狼に注意がいってなかった。
腕は、動かない。反応できない。狼の口が、口の中が、視界いっぱいに広がって……。
あ、死んだなこれ。
そう、諦めて。
「危ないなあ」
そんな、間延びした声が聞こえた。
いつの間にか、目の前に人が立っていた。黒いローブに身の丈ほどもある杖を持ってる。それは、一ヶ月ほど前から見るようになった姿で。そしてあっという間に、Dランクになってしまった魔女だ。
魔女は特に何もしていない。それなのに、狼は見えない壁に阻まれて弾き飛ばされてしまった。
「アイス」
魔女の杖から氷の槍が飛び出して、そしてあっという間に狼を貫いて倒してしまった。
一瞬だ。あたしたちが全滅しかけた相手を、一瞬で倒した。これが、Dランク。これぐらいできないと、五層になんて来てはいけなかったのかもしれない。
「大丈夫?」
魔女が振り返って、あたしを見て。
「あれ? 高橋さん……?」
「は?」
あたしの名前。クラスメイト、か? そういえば、ローブの下の服は、あたしの学校の制服だ。というか、なんでダンジョン探索に制服なんて着てきてるんだこいつ。
いや、そもそも。変なコスプレでもない限り、こいつはあたしと同じ中学生というわけで。もっと言えばあたしを知っているということは、クラスメイトの可能性が高いわけで……。
顔を見たい。フードを目深に被っているせいで、顔が分からない。素性を、知られたくない、のか? そういう探索者も多いってのは聞いたことあるけど……。素性を隠したがるようなやつ、クラスメイトにいるか?
当たり前だけど、あたしもクラスメイト全員に詳しいわけじゃない。だからそんなやつがいても不思議じゃないんだけど、それでも女子についてはわりと覚えている方だ。
念のためにただ隠してる、という可能性はあるけど、でもそういうことをしそうなやつが、一人だけ思い浮かんだ。あり得ない、とは思いながらも、あたしは言った。
「綾瀬……?」
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壁|w・)狼さんは実はやばい魔物さんなのです。