13 人助け
そうして結局、わたしはいつも通りの行動をするわけです。
すなわち、素通り。おじさんの横を通って、わたしが作った壁の向こう側へ。オオカミをちゃんと倒せたか確認する。
「うん……。問題なく倒せてる」
――頭ぱっかーん。
「言わなくていいから」
文字通り、頭が粉砕されたオオカミの死体だ。魔物の死体は、少しすると消滅してしまう。そうして残されるのは、魔石。握りこぶしぐらいの大きさだ。
オオカミの魔石の大きさは二種類あって、今回のは大きい方。つまり、毒を持ってるオオカミだったんだと思う。
その魔石を回収して、わたしはおじさんの方へと向かった。
「あ、き、君……! 魔物は……?」
「倒した」
「そ、そうか……!」
――めちゃくちゃ無愛想な子になってる……。
自覚あるから言わなくていいってば。
「ありがとう! 俺はすぐに仲間を連れて帰るよ!」
そう言って、倒れている女の人を背負った。傷だけなら、地上へと戻ればどうにかなるかもしれない、と思ったのかもしれない。でも、だめだよ。
「間に合わない、です」
「え?」
「さっきのオオカミ、毒持ちで……。多分、一時間、もたない、ので……」
「そ、そんな……」
おじさんが絶望したみたいな顔で立ち尽くしてしまった。力が抜けたのか背負っている人を落としそうになったけど、すぐに気づいたみたいで慌てて背負い直してる。
でも、どうしていいのか分からず、立ち尽くしたままだ。
「そこに……えと、横にして、ください」
「え?」
「助ける、ので……」
「助けられるのか!?」
おじさんが詰め寄ってきた……! 助けるから! 助けるからとりあえず寝かしてほしい! やりづらいから!
わたしがどうにか視線でそれを伝えると、おじさんは察してくれて女の人を横にした。
若い女の人。多分、大学生かそれぐらいだと思う。夫婦、ではないよね?
「娘、なんだ……。頼む、助けられるなら助けてほしい」
それは、心配、だよね。大丈夫、任せてほしい。
持っている杖を掲げて、女の人に魔法を使う。使うのは、毒消しの魔法。特に時間もかけずに、女の人の顔色は良くなった。
「これは……。もしかして……」
「ん……。毒は、消し、ました」
「ああ……! ありがとう!」
「あと……治癒、と」
「え?」
続けて魔法を使う。癒やしの魔法。わたし自身はお世話になったことがないけど、魔法の効果は今までの経験で実証済みだ。人助けは今回が初めてじゃないから。
淡い光がおじさんと女の人を包んで、その光が消えた時にはすっかり傷がなくなっていた。
「治癒の魔法……! 適正がある人は稀だって聞いてるのに……!」
「えと……。はい……」
ダンジョンに入ると、理由は不明だけど魔法が使えるようになる人がいる。ただそれも、ほとんどが攻撃関係の魔法で、治癒の魔法に目覚める人は少ない。理由は、その人の内心の憧れが表面化するからだってリーナに聞いた。
ちなみにダンジョンでしか魔法を使えないのも、魔法に必要な魔力はダンジョン内に満ちる月の魔力で賄われているから。ただそれだけの理由らしい。
「攻撃と治癒の魔法が実戦レベル……。そうか、あなたが魔女か……」
「う……その……」
魔法の適正は本来どちらかに偏るらしくて……。両方ともこうしてちゃんと使えるせいで、魔女だなんて二つ名を与えられたぐらいです。恥ずかしい。
「いや、すまない。恩人に対して失礼だった。本当に、ありがとう」
「いえ……。あの……。その人が、起きたら……四層まで、送ります、ので……」
「ありがとう。是非お願いするよ」
「はい……」
というわけで、女の人の目覚めを待つことに。傷はちゃんと治ってるから、そんなに時間もかからずに目覚めるはず。
でもわたしとしては時間がもったいないので……。ちょっと狩りの続きだ。
「結界、残していきます、から……」
「え?」
杖で地面を叩く。するとそこを中心に、半透明の青い膜が広がった。男の人と女の人を包んだところで、魔法を止める。これでよし。
「この階層の、魔物ぐらいなら……。耐えられる、結界、です」
「結界……」
「三十分後で、えと……。戻る、ます。出ないでください、ね?」
「あ、ああ……」
おじさんがしっかり頷いたことを確認して、わたしはその場を離れた。少しでも魔石を集めて、一週間分の食費にしないと……。
そうして、その場から三分ほど歩いて、わたしは足を止めた。
「き、緊張した……」
――緊張する要素あった……?
「だ、だって……! 男の人だよ? 気を悪くしたらどうしようかって……」
――助けてあげてる立場なんだから気にする必要ないでしょうに……。
普通に気にするよ! せっかく命が助かったのに、気を悪くしたら申し訳なくて……!
「だ、大丈夫だったかな? あのおじさん、実は怒ってたりしない? 女の人も、起きたら、余計案ことして、なんて怒ったりしない?」
――大丈夫大丈夫。そんな非常識なやつらだったら見捨てればいいのよ。
「元凶が言うこと……?」
――私に対しては遠慮がないわね……!
いやだって、リーナだし。間違い無く全ての元凶とも言える気がするし。
いや、うん。でも……。リーナがいなければ、わたしは今も一人寂しく生きていただろうから、感謝はしてるよ。本当に。
「わたしは、リーナが大好きだよ?」
――嬉しいこと言ってくれるね。
「あはは」
冗談だと思ってるかもしれないけど、本心、だからね。
こちらに走ってきた狼を氷の槍で打ち抜いて倒す。魔石は……ちょっと小さい。毒のない狼だったらしい。見た目で判別できればいいのに。いや、毒がない個体でもちゃんと倒すから一緒だと言えば一緒なんだけど。
そうして、三体ほど倒したところで、おじさんのいる部屋へと引き返した。