10 商店街での食べ歩き
――だって濡れてないじゃない。
「それはそうだけど……」
そう、なんだけどね。何かされそう、と思ったから、念のために結界を張っていた。そうしたら、これだよ。おかげで水は結界に弾かれて、わたしは一切濡れなかったけど。
ああ、でも……。どうしようかな。さすがに、一切濡れてないのに教室に戻ったら、あの取り巻きさんに不審がられると思う。気にしなければいい、と言えばそれまでだけど。
――じゃあ、濡れていきましょ。
「え?」
――トイレの水ならともかく、魔法で作った水なら汚くないでしょう? ちょっと濡れて、ジャージを教室に取りに行きましょう。高橋ってやつも何かあったと気付くでしょ。
それは……。いい、かも? 高橋さんも、自分が知らない場所で何かやってるって気付いたら、どうにかしてくれるかも……。望みすぎかな?
リーナの提案に従って、魔法で水を作って全身にかける。床に水が落ちると掃除する人が大変だろうから、そうならない程度に。
そうしてトイレから出て教室に向かう間、たくさんの人がわたしを見て戸惑っていた。
「ドラマみたい……」
そんな声も聞こえたけど、リーナだけの感想じゃなかったんだね……。
そうして、教室に入って。わたしを見て目を瞠って絶句する高橋さんが印象的だった。
――なんというか……。あの子、悪人になりきれてないわね。
「根が良い人なのかも」
かといって、嫌がらせが許されることではないと思うけど。
自分の席に向かって、ジャージを取り出す。今日は体育の授業があったから持ってきておいたものだ。赤いジャージで、外で着るのはちょっと恥ずかしいもの。
ちらりと高橋さんをのぞき見れば、分かりやすいほどに狼狽していた。
――楽しい。
「こら」
そういうのは良くないと思うよ、リーナ。
でも……。これで、もうちょっと取り巻きさんの手綱は握ってほしいな、と思う。でないと、致命的なことをやった時に後悔することになると思うから。
わたしが相手なら、どうとでもなっちゃうけど。
ジャージを持ってトイレに入り、着替えて教室に戻る。高橋さんはちょっとだけ心配そうにこっちを見ていたけど、わたしの姿を見て小さく安堵のため息を漏らしていた。
「おい」
高橋さんの声。わたしに向けられたものじゃない、けど、わたしに聞こえる声。
「な、なに? おもしろかったでしょ?」
この声は、わたしに水をかけようとした人、だね。
「はあ……。あたしが見れないとなんも面白くないだろうが。ちゃんとあたしが見える場所でやれ」
「あー……。そうね。ごめん」
「ふん」
――つまり、今回のことは自分は関与していないアピールね! ついでに今後は自分が目を光らせると!
なんだろう。高橋さんのことが、ちょっと分からない。変な人、だね。
まあ……とりあえず。この先の嫌がらせはいつも通りのものになる、かな?
放課後は、リーナのお楽しみの時間。
――買い食いだあああ!
「うるさ……」
ダンジョンでお金を得られるようになって、毎日のように商店街で食べ歩きをするようになった。正直、太らないか心配なぐらい。幸い体型は変わってないけど。
体重は……分からない。家に体重計がないから。
商店街にはたくさん食べるものがある。唐揚げ専門店もあるし、お肉屋さんのメンチカツもある。コロッケも売ってるね。トンカツを食べられるサイズで提供しているお店もある。
揚げ物ばかりだと思われるかもしれないけど……。リーナの好みがそうなんだ。最初に食べたメンチカツがよほど衝撃的だったらしい。
もちろん他のものも食べるけど。アイスクリームとか、最後に必ず食べるから。
――今日は何にしようかしら。菜月は何かないの?
「ふふ……。リーナの食べたいものを食べるよ」
――そう?
「うん」
このお金は、リーナの魔法によって得られたものだから。こういう時に恩返しをしておきたい。
それに。わたしも、リーナとの食べ歩きは楽しいしね。食べるものも美味しいものばかりだから。
「お! 菜月ちゃん! コロッケ揚げたてだよ!」
――菜月!
「はいはい……」
そんな食べ歩きを毎日しているためか、商店街の人には声をかけられるようになってしまった。親しいお店の人が言うには、ずっと心配されていたらしい。なんなら今も、変なお金稼ぎをやっているんじゃないかって別の心配をされてるみたい。
ダンジョンでちょっと稼いでいますって伝えたら、さらに別の心配をされるようになって、なんだかもう、ここの商店街の人には頭が上がらない。ずっと気に掛けてもらってる。
せめて、もうちょっとちゃんとお礼を言えたらいいんだけど……。
「ほら、どうぞ。百円だよ」
「あの……。はい。おねがい、します」
「あいよ! まいどあり!」
やっぱり、会話はちょっと苦手だ。
――相手のことなんて気にせず話したらいいのよ。相手は商売なんだし、よほど変なこと言わない限り邪険にされないから。
「その変なことを言っちゃったらどうするの?」
――その時は笑ってごめんなさいすればいいから。
「それで許してもらえなかったらと思うと、やっぱり怖いよ」
――私とは普通に会話するのに?
「リーナは……なんだろう。リーナなら大丈夫って思っちゃう」
――へえ……。そう。そうなんだ。ちょっと嬉しいかも。私に体があったら、菜月をいっぱい甘やかしてあげたいわね。
「あはは……」
それは、楽しそう。きっと幸せな時間になるだろうなあ……。
「魔法でどうにかなったりしない?」
――できるなら最初からやっているわよ。
「だよね……」
分かっていたことだけど、残念だ。でも、どうにかできればいいのに、ね。