01 プロローグ ~ある日の少女の一日~
壁|w・)新作です。だいたい10万文字ちょっとで完結予定です。
よければお付き合いください。
奈良にある少し栄えた町。十年ほど前は寂れた町だったが、今ではあるものの出現によって栄えている町だ。
そんな町の商店街で、一人の少女が食べ歩きをしていた。
黒に近い紺色のセーラー服の少女で、黒い髪は首元までのポニーテールにしている。毎日のように食べ歩きをしているので、商店街ではわりと有名な少女だ。
「菜月ちゃん、コロッケ揚げたてだよ!」
「嬢ちゃん、美味しい果物入ってるぞー!」
「は、はい……!」
菜月と呼ばれた少女は、買ったばかりのメンチカツを頬張りながら、そういった声に律儀に返事をしていく。もちろん全て買うわけではないが、それでもできるだけ買って食べるのが菜月という少女だ。
もっとも、菜月の意志とはまた違うのだが。
菜月は、メンチカツを口いっぱいに頬張って、そして。
――うーまーいーぞー!
頭の中に響く声に苦笑いを浮かべた。
その声は菜月にしか聞こえない、頭の中だけで聞こえる声だ。この声が聞こえ始めた当初、当然ながら菜月は自分の頭がおかしくなったと思ったものだ。
今はもうこの声ともしっかりと話し合って、受け入れている。この菜月の食べ歩きも声の希望によるもの。必要なお金は、声から与えられた知識によって稼いでいる。
知識と言えば聞こえはいいが、少々乱暴な方法だけど。
――メンチカツはやっぱりここに限るわね。特にこの溢れる肉汁が最高。お肉の旨みがたっぷり。ああ、日本に来て良かった……!
「ここのメンチカツが一番なんだ。じゃあ、ソースのあるメンチカツはもう……」
――それとこれとは話が別! あっちのメンチカツはね、ソースが美味しいのよ、ソースが。思い出したらあの味が恋しくなってきた……。食べに行こう?
「まったく……。リーナは食いしん坊だね」
リーナと呼んだその声に苦笑いしながらも、菜月はリーナの希望の店に向かう。そこでまたメンチカツを買って、個包装のソースをもらって、たっぷりとかけて頬張れば、
――うーまーいーぞー!
またリーナの叫び声が頭の中で聞こえる。リーナとは味覚、というよりもほとんどの感覚を共有しているようで、菜月が感じた味はリーナもしっかりと感じ取れるらしい。
リーナはすっかり日本の食べ物の虜だ。リーナの特殊な知識を、食べ物のためだと遠慮なく菜月に与える程度には。
――んー……! 次はコロッケが食べたいかな! あとはジュースと……。
「リーナ、だめだよ」
まだ食べ物を求めるリーナに、菜月は小さな声でストップをかけた。声を小さくしている理由は、リーナの声が聞こえない周りに変に思われないため。これでも結構気を遣っている。
「今日はダンジョンに行く日だから。お金、稼がないと」
――あー……。そういえば今日は土曜日だったわね……。
この町が栄えた理由。それは、この地に突然現れたダンジョンによるものだ。ダンジョンに生息する魔物を倒せば、魔石という不思議な石が手に入る。今ではそれは新たなエネルギー資源として利用されており、わりと良い値段で政府が買い取ってくれる。
ただし。当然ながら命の保証はなく、ダンジョン内での死亡者数はかなりのものだ。そこには中高生の若者も含まれる。ダンジョンは中学生以上なら誰でも入れるというシステムだからだ。
このルールには外国からの圧力があったとされるが、詳細は菜月も、そして当然リーナも知らない。興味もない。少なくとも、菜月が物心ついた頃にはもうそういうものだったから。
――それじゃ、お金稼ぎに行きますか。
「だね」
リーナの声に頷いて、菜月はダンジョンに向かった。
ダンジョン内での菜月の装備は、セーラー服はそのままに、フード付きの黒いローブと身の丈ほどもある大きな杖だ。杖には青い宝石が先端にはめこまれている。フードを目深に被って、顔は見られないようにしていた。
菜月がダンジョンに入っていることを知っている人は少ない。クラスメイトも入っていると聞いているので、あまり知られたくないと思っている。
さて。そんな菜月のダンジョンだが。
「ファイア」
菜月がそう呟けば目の前の魔物たちは炎で焼かれて黒焦げになり。
「サンダー」
そう呟けば雷が降り注ぎ、魔物たちを殲滅して。
「アイス」
そんな声と同時に、魔物たちは氷付けになった。
これが、リーナから与えられた知識。菜月だけが使える月の魔法。
「いいのかなあ、こんなに簡単で」
――私を受け入れた恩恵だと思いなさい。
「ずるしているみたいで、ちょっと難しいよ」
他の人には使えない特殊な魔法だ。正直かなりずるいと思うが、他の人に教えたところでおそらく使うことはできない。菜月も、リーナの補助がなければ、未だに使えない魔法だから。
――ところで菜月。前の通路から誰か来る。
「え」
リーナの注意に、菜月は動きを止めて、フードを押さえつける。少し緊張してしまうのは、自分の短所だと思う。
菜月が歩く通路の奥から人が歩いてきた。鎧を着た男二人と、ローブ姿の女。三人のパーティだ。
「おっと、人がいたんだね。失礼」
「いえ……」
小さく頭を下げて、道を譲る。三人はすぐにその横を通ろうとはせず、にこやかに話しかけてきた。
「どうかな、今日の稼ぎは。俺たちはまあなかなか、だけど」
「その……。それなり、です……」
「そっか。お互い頑張ろう。無理しない範囲でね」
「はい……」
口数の少ない菜月に男は苦笑い。パーティの女に失礼でしょ、と小突かれて、小さく頭を下げて通り過ぎていった。
「…………。緊張した……」
――普通にいい人じゃない。なんでそんな人にも緊張するかな……。
「ほっといてよ……」
どうしても、あまり親しくない相手と会話をするのは苦手だ。相手にどう思われるか不安になってしまうから。
ゆっくりと深呼吸をして、気持ちを落ち着かせて。菜月は改めてダンジョンの奥へと向かった。食べ歩きのお金を稼ぐために。
不思議な声に導かれて、菜月は一人でダンジョンに潜る。その声の主、リーナとの出会いは、だいたい一年前のことだった。