7◆魅了と記憶喪失の患者?
orz エピタイでネタバレしたらだめだし毎回悩む… おまけに中盤飛ばしすぎて変な区切り方に。
◆魅了と記憶喪失の患者?
── 王太子の偽婚約者として紹介され思わぬ副産物を得たデューだったが ──
証拠を手にして男装の侍従姿に戻ったデューは、直接王妃ジープツェインの元へ向かった。
王妃の私室は、過剰な装飾に彩られていた。金と宝石が散りばめられた調度品、高価な絹のカーテン、そしてどこか淫靡な香りが漂う。
「よく来たわね、水色の髪の子倅」
王妃は優雅に微笑んだ。
「お茶でもどう?」
「……ああ、ちょうどいいですねえ。喉を湿らせておきたかったから。助かります」
デューは平然と明らかに何かが仕込まれたお茶を飲みほした。しかし冷たい声で囁くようにぽつりと言った。
「……毒入りみたいだけどね」
王妃の微笑みが一瞬歪んだ。
「何ですって?」
「あなたがシルヴィアさんとクリスタルさんに与えた運命、すべて知っています。シルヴィアさんたちを崖から落としたのも、あなたの指示ですよね」
王妃は笑い出した。
「面白い。ではなぜ、私はそんなことを?」
「あなたの母親は元娼婦でした。しかしその実、古来から続く呪術師の子孫だった」
王妃の顔から血の気が引いた。
「あなたはその血脈から受け継いだ【魅了】のギフトを悪用し、多くの人々を手駒にした。そして国王陛下からシルヴィアさんとクリスタルさんに与えられるはずだった【愛情】のギフトと恩恵を、強奪したのだ」
「黙れ!」
王妃が叫んだ。
「下賤の小僧が、王妃に指図するとは!」
「下賤?」
デューは嘲笑った。
「あなたの母親こそ、元は低位貴族の娘が没落して娼婦に身をやつしていたのに? しかもあなたは、その母親から受け継いだ呪術師の血を、邪悪な目的に使った」
王妃は合図を送り、側近たちがデューに襲いかかった。しかしデューの結界がすべての攻撃を跳ね返し、側近たちは自分たちの武器で傷ついた。
「おかしい……お茶に入れた量なら、そろそろの筈? ……毒は?」
王妃が叫んだ。
「なぜ効かない!?」
「死人に毒が効くと思いますか?」
デューは冷たく笑った。
「死……死人!?」
「私はもはやこの世の者ではありません……神でも悪魔でもないけどね」
王妃は恐怖に震えながら、最後の手段に出た。【魅了】のギフトを最大限に発動させ、デューを支配しようとした。
金色の光が王妃から放たれ、デューを包み込んだ。これまでこの光に逆らえた者は一人もいなかった。国王も、宰相も、将軍も ―― すべて王妃の魅了にかかっていた。
しかしデューはただ立ったまま、光を受け止めた。
「無駄だよ」
デューが言った。
「あなたの【魅了】は、本来のギフトが歪んだもの。呪術師たちに与えられた本来の能力は、【話術】という対人効果を発する能力や、【第一印象に好意を与え信頼させる】という、外交や社交に役立つものだったはずなのになあ」
王妃は崩れ落ちた。
「どうして……」
「しかしそれを与えられた人間の性質や性格、欲望や悪意などが混ざるうちにいつしか歪められ本来の【祝福能力】では与えられるはずのない【魅了】という力に変化してしまったのだから」
デューは銀龍の力と古の小国の王族の能力を結集させ、王妃に向けた。
「今、あなたから【魅了】の歪んだギフトを取り上げる。そして本来のギフトも封印する。二度と邪な考えで使えないようにするためにな」
銀と金の光が渦巻き、王妃から何かが引き剥がされるのが見えた。王妃は苦悶の叫びを上げ、床に倒れた。
デューは王妃の髪の毛を一本引き抜くと、それを使って小さな魔道具を作り始めた。銀龍の炎で髪を溶かし、古代の言葉で呪文を唱えると、幾多もの髪にとてもよく似た付け毛に変化し、1つだけ銀色に輝く宝石付きのペンダントに変化した。
「これは、今まであなたに魅了された犠牲者たちの人数分の力を込めた魔道具。それぞれを持ち主の髪の1本として魅了魔法とか洗脳の異能などを防ぐ効果を付与して彼らの元に飛ばす。宝飾品だと奪われるからね。
それと、力は封印してペンダントの宝石の中に眠らせた。これは我々が責任をもって永遠に人の手の届かない場所で、自然に力が抜けて消滅するまで保管するから。安心するといい」
デューが説明すると同時に、王妃の力で放心し魅了にかかった者たちの下へと魔道具が飛んで行った。
最後のペンダントは、デューが自身の首にかけた。
「あなたの【魅了】は今後、生涯封印される。そして警告しておく」
クリスタルでもデューでもない。人間ならぬ銀龍の声が、遥か空の高みから聞こえる様、特殊な力により王宮全体に響き渡った。
"また今後、【魅了】や【魅惑】に似た祝福能力を授かった人間が、本来の目的以外のこと、特に自分自身の欲望のためだけに使用するのを見かけたら、いつでも銀竜が駆け付けて罰を与えるからな! ゆめゆめ忘れることがないように!!"
王宮中が静まり返った。国王も、宰相も、将軍も、すべての者がこの声を聞いた。
デューは倒れた王妃を見下ろした。
王妃は崩れ落ちた。
「待って……待ってください! 全ては兄の……ジープティヒ公爵の指示です! 私だけを罰しないで!」
その叫び声を聞きつけ、衛兵たちが駆けつけた。そして、たまたま近くにいた王太子とゼクスも。
「これはどういうことだ!」
王太子が厳しい口調で尋ねた。
デューは王妃に向かって言った。
「では、もう一度お聞きします。なぜシルヴィアたちを殺したのですか?」
衆人環視の中、王妃は泣きながら告白した。
「私が……私が殺させたの。国王の愛人と、その子が邪魔だったから……」
王太子の顔から血の気が引いた。
「母上……あなたは……」
その後の裁きは迅速だった。
王妃ジープツェインは離宮に生涯幽閉されることとなった。数年後、病気と称して毒殺されることになるが、それはまた別の話だ。
*****
「これで、シルヴィアとクリスタルへの最初の復讐は終わった。次は将軍の正妻、そしてジープティヒ公爵か」
彼女は水色髪を翻し、王宮を後にした。背後では、歪んだ宮廷の秩序が音を立てて崩れ始めていた。
*****
次にデューが狙ったのは、フンダート藩国と内通している王妃派とジープティヒ公爵派閥の一派だった。
タウゼント王国の王都は、表向きは穏やかな春に包まれていた。しかし、将軍ゼヒティヒ侯爵の書斎では、冷たい緊張が張り詰めていた。
「デュー、お前が入手した情報は確かか」
ゼティヒ侯爵は重い口調で問うた。赤髪が白髪交じりになった将軍の顔には、深い皺が刻まれていた。
「はい。フンダート藩国と内通しているのは、王妃派とジープティヒ公爵派閥の一派です」
デューの声は冷静だったが、その碧眼の奥には、シルヴィアたちが馬車ごと崖から落とされる瞬間の記憶がクリスタルの意識に焼き付いていた。シルヴィアが身を挺して守ってくれたが……その代償は大きすぎた。
侯爵は深く息を吐いた。
「ドライとゼクス殿下からの報告も同じだ。二人は傭兵ギルドを装い、藩国境で情報を集めているが……藩国王が王国乗っ取りを画策しているという」
その時、書斎の扉がノックされた。入ってきたのは、ドライだった。
「デュー、お前の言う通りだ」
ドライが報告した。
「藩国王が王国乗っ取りを画策している」
デューは将軍たちだけでなく、侍従として王太子と策を練った。偽の軍事情報を流し、内通者をおびき出す作戦だ。
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「親父、デュー。偽の軍事情報を流したところ、侯爵家の一人が罠にかかりました」
ドライの報告は簡潔だった。
「密談の場を押さえ、全てを白状させました。『藩国王は……我が子を次の王に……』と」
粛清は迅速に行われた。王太子アハトールの指揮の下、内通者たちは一網打尽にされた。表向き、王国の危機は去ったように見えた。
しかしデューは知っていた。これはほんの始まりに過ぎない、と。
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一方、事故死に見せかけて暗殺され行方不明になっていた元伯爵、少女の伯父が長いこと老医師の下で記憶喪失で、
『いつか記憶が戻るかもしれないが戻らなくても五体満足でいれば何でもできる』
と働かされながら、山深い村で、山菜摘みに出かけていた。45歳前後、水色髪に紫瞳 —— 彼は自分をノインと呼ぶが、それ以前の記憶を持たなかった。
数日前の雨で地面がぬかるんでいた。足を滑らせ、軽く頭を打った瞬間 —— 記憶の洪水が押し寄せた。
ノイン・フィルティヒ。44歳。ドライスィヒ元辺境伯家の嫡子。フィルティヒ伯爵家。
記憶が蘇った。当時、領地を視察中、妹である少女の母シルヴィアや少女クリスタルが大怪我を負ったなどと、偽の報せで急いで馬車を出したところ、クリスタルやシルヴィアと同じように大雨のひどい日に崖下に落とされた。
しかし運が良かったのか、深く勢いの早い河に落ちたために、下流に流れ着き、命拾いしたらしい。また、馬車で出立前に御者の上着に穴が開いていて、執事が大雨の中気を利かせて渡してくれたロングコートを、代わりに御者に着せてやったため、身体中泥まみれでボロボロになり、顔も判別不可能なほど潰れた遺体を侯爵だと勘違いされたことも大きかったのだろう。
「シルヴィア……クリスタル……」
記憶を取り戻したノインは、かつての知り合いである老医師フォンフの助けを借りた。老医師は、記憶喪失の彼を長年匿い、世話をしてきていた。彼に仕事を与え、生きる術を教えてくれた。その恩に報いるためにも、ノインは真実を知らねばならなかった。
……王都へ向かおう。
*****
「……ノイン伯爵?」
ゼヒティヒ将軍の前で、ノインはすべてを語った。
ジープティヒ公爵 —— 王妃と将軍の妻の実家の当主 —— がシルヴィアに横恋慕し、元伯爵家を没落に追いやったこと。そしておそらく、暗殺にも関与していること。
将軍は眉をひそめた。
「公爵はフンダート藩国とも密接な関係にある。王妃と公爵家は、藩国王と手を組み、王を操り王国を乗っ取ろうとしていた。シルヴィアたちは、その邪魔になるから消されたのに違いない」
その話をデューが聞いた時、彼女の目に初めて本物の怒りが灯った。
「そんな……下らない権力闘争のためだけに?」
彼女の声は震えていた。シルヴィア母子たちは、巻き込まれてしまったのか……
「我々が動かねば」
王太子アハトールが口を開いた。25歳の王太子は、黒髪に碧眼の精悍な顔に決意を浮かべていた。
「公爵家の悪事の証拠を集め、一気に粛清する」
ノイン、将軍、王弟で宰相のアハティヒ大公、そしてデューと第二王子ゼクス —— 立場も年齢も異なる者たちの、奇妙な同盟が結成された。
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証拠集めは順調に進んだ。公爵家が暗殺者集団を養成していたこと —— 孤児や元奴隷、元傭兵を集め、組織的に暗殺を行わせていたこと。
その中に、シルヴィア母子を直接殺した男がいた。元藩国出身の孤児から買われた奴隷たちの内の一人であり、彼は娼館で下男として働かされるも、娼婦である女性に優しくされたがために歪んだ愛情と執着を抱くようになった。その娼婦が藩国王の愛妾になっても、さらにその女性が王国の公爵の妻になっても、彼は忠誠を誓い続けた。
当然、元娼婦の娘である王国の王妃にも同じように愛憎を注ぎ執着し、変わらぬ忠誠を誓った。
彼の他にも様々な経緯で孤児や元傭兵や元奴隷たちを公爵が集め、暗殺者集団をつくりあげ、暗殺組織に仕上げていた。
「すべてがつながっている」
デューが呟いた。彼女の記憶を読む能力が、断片的な情報をつなぎ合わせていた。
「王妃の母も元は娼婦。先代公爵夫人がおそらく……」
「権力のためなら手段を選ばない者たちの、醜い連鎖だ」
ゼヒティヒ将軍は苦い顔をした。自分の妻フュンフツェインが、姉である王妃のために暗殺者に依頼したことを、将軍は知っていた。彼の妻は、茶髪に琥珀眼の美しい女性だったが、その心の内には闇が潜んでいた。
将軍は国王に頼まれて、シルヴィアとクリスタル母子がとある邸で暮らしているのを知らされ、毎月支援金を渡す役目を負っていた。それが妻の逆鱗に触れたのだろうか。
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