2◆将軍邸と空色の髪の少年?
orz 次の過去歴史の説明のために構成上変な区切りに…おまけにアクション苦手なのになんでこんな話書いちゃったんだろ…
◆将軍邸と空色の髪の少年?
── デューは基本、人の立ち入らぬ聖域で妖精や精霊や動物たちと暮らしていたが、女性の願いで現世に呼び出されてしまった ──
デューは、クリスタルの母シルヴィアの記憶と情報から真相を探った。
シルヴィアは、実はツヴェルフ帝国皇帝の孫、元皇女ディアンヌの娘だった。駆け落ちしてタウゼント王国のドライスィヒ辺境伯家に嫁いだが、帝国との戦争後、領地を献上し、フィルティヒ伯爵家として没落していた。
シルヴィアの本当の恋人は、タウゼント国王だった。クリスタルは王の隠し子。将軍が本当の父親でなく、国王陛下から頼まれて、母子を密かに保護し、援助金を届けて面倒を見ていただけだとわかった。
しかしデューはクリスタルと言う少女の願いのため髪を短く刈ると、少年の姿と服装に変装した。女性のままなら、本来は19歳らしい姿だったが、少年の格好をすると、15歳前後にしか見えない。むしろ、暗殺者や黒幕たちに出会っても、髪色と目の色で疑われても、少年姿なら若く見える年齢でバレにくいだろうと考えての変装だ。
タウゼント王国の王都。
貴族街の一角に建つゼヒティヒ侯爵邸は、赤い屋根と重厚な石造りが威厳を放っていた。この屋敷の主人であるゼヒティヒ将軍は、王国随一の武門の当主として知られ、三人の息子たちもそれぞれの分野で名を馳せている。
その門前に、一人の少年が立っていた。
水色の短髪が耳にかかるほどに刈り込まれ、粗末な旅装に身を包んだその姿は、どこか浮世離れした雰囲気を漂わせている。碧い瞳は、年齢よりも深く、何かを秘めているように輝いていた。
「ご用件は?」
門番の男は、見窄らしい少年を怪訝な目で見下ろした。
「ゼヒティヒ侯爵様にお目にかかりたいのです」
デューは恭しく頭を下げると、懐から侯爵家の紋章が刻まれたブローチを取り出した。それは亡きシルヴィアが大切に保管していた品で、将軍との唯一の接点を示す証だった。
門番はブローチを確認し、眉をひそめた。
「……お待ちください」
返事を待つ間、デューの中のクリスタルの意識が母親のシルヴィアのことを教えてくれた。優しく、時に寂しげな微笑みを浮かべる母親。彼女がよく口にしていたのは、
『将軍様は私たちの恩人よ』
という言葉だった。だが、その真意を詳しく聞かされることはなく、ただ月に一度届けられる支援金が、彼女たちの質素な生活を支えていた。
「おい、そこで何してるんだ?」
背後から聞こえた声に振り返ると、赤髪に琥珀色の瞳を持つ青年が立っていた。旅装に身を包み、背中には大きな剣を担いでいる。年は17、8歳ほどか。無造作な笑顔が、どこか陽気な印象を与える。
「将軍様にご挨拶に参りました」
「父に? ああ、あのブローチか」
青年はデューが握るブローチに目を留めると、門番に向かって手を振った。
「いいよ、通してやれ。俺が連れてってやるからさ」
「ですが、ドライ様……」
「大丈夫だって。父も文句言わないさ」
ドライ・ゼヒティヒ。将軍家の三男で、冒険者として各地を旅しているという。彼はデューにウインクすると、屋敷の中へと招き入れた。
「久しぶりの帰宅なのに、門前払いされそうな客を拾うなんて、俺も随分と親切になったよな」
軽口を叩きながら、ドライはデューを執務室へと案内した。重厚な木製の扉の前で、彼は一度叩くと、中から低い声が返ってきた。
「入れ」
執務室は、書物と地図で埋め尽くされていた。机の向こうで書類に目を通していた男 ── ゼヒティヒ侯爵は、赤髪に橙色の瞳を持つ56歳の将軍だった。その顔は厳格だが、どこか憂いを帯びているように見えた。
「親父。家紋のブローチを持った少年を連れて来た」
「少年?……」
将軍が顔を上げ、デューを見た瞬間、その表情がわずかに崩れた。
「……じゃあな。俺は夜通し駆けてきたから部屋で寝るよ……」
ドライはデューを執務室に押しやって扉を閉めると、自室へ戻ったようだ。デューはドライに軽くお辞儀をして見送ると、執務室の男に向いた。
デューのことを門番から家内の使用人に告げられていたらしい男は、傍に使える侍従長らしき男に命じた。
「しばらく、大事な客人と話をする。誰も取り次がないように」
「はっ。かしこまりました。では御前、下がらせていただきます」
侍従長は場を弁えた様子で、デューのこと妖しいと思ったようだが、主人に忠実に従って執務室を辞した。
「……其方はもしや……シルヴィアの?」
「それは……」
デューは深々と頭を下げた。
「……先日、事故で亡くなりました」
一瞬、執務室の空気が凍り付いた。将軍の手がわずかに震え、彼はゆっくりと椅子から立ち上がった。
「……そう……か……」
その声には、本物の悲しみが滲んでいた。将軍は窓辺に歩み寄り、遠くの空を見つめた。
「それであえてそのような少年の格好を……すまなかった……」
「その謝罪は、何についての、誰に対しての謝罪でしょうか」
デューの問いかけに、将軍は背中を向けたまま答えた。
「全てについてだ。シルヴィアを守り切れなかったこと。其方まで危険に晒すことになったこと」
「起きてしまった事実を覆すことも、戻すことも、仮令神に等しい存在に可能だったとしても、自然の断りを大きく捻じ曲げることには大きな代償を伴います」
「確かに……そうだ……」
将軍はようやく振り返り、デューをじっと見つめた。
「それで、其方はこれからどこか身を寄せる宛てはあるのか? 其方が望むなら、必要最低限の便宜は図るつもりだが……」
その時、執務室の扉が乱暴に開かれた。
「フュンフ。何事だ、騒々しい。客人が来ているから誰も入れるなと言ってあっただろう」
入ってきたのは、茶髪に琥珀色の瞳を持つ41歳の女性 ── フュンフツェイン・ゼヒティヒ将軍夫人だった。その目は冷たく、デューを上から下まで見下ろすように眺めた。
逆にデューも彼女を素早く観察した……ああ、さっき案内してくれたドライは、将軍と夫人の両方の容姿を継いだか。しかし性格は断然、彼の方が温厚だけど。と、冷静に場違いなことを考えていた。
「あら? その何処の馬の骨とも知らぬ見窄らしい子供が、然程重要な客人だと仰る意味がわかりませんわ。それとも、私の与り知らぬ間に何処ぞでこしらえた、卑しい愛人の子だとでも言うおつもり?」
「フュンフ」
将軍の声には、初めて怒りの色が浮かんだ。
「俺が其方以外の何処の誰に子を産ませると言うのだ。それは、婚約時は政略であったが、短くない夫婦生活の間に、俺としては其方と確かに愛情が育っていたと自負しておるんだがな。
もちろん。其方が邪推するようなことは誓って何もない。この子の親には以前から仕事の都合で世話になったのだが、急な事故で両親ともに亡くし、身内と呼べる者もいないので、身の振り方を相談しに、わざわざ俺を頼って訪ねてきてくれただけなのだ。誓って其方を裏切る行為はしていない」
フュンフツェイン夫人の表情は少し和らいだように見えたが、完全には納得していないようだった。
「まあ、そういうこと。それは、なんて哀れな子。でも、ここは、そのような子が来る場所じゃないわ」
彼女はため息をつくと、続けた。
「いいわ。もちろん私も鬼ではないのですから。身の振り方が決るまでは、貴方の満足なさるように。ですが、できるだけ私の視界に入らないようにしてちょうだい」
ぷりぷりと執務室を去る夫人の後姿を見送り、将軍は深く息を吐いた。
「さっきのやりとりの通り、あれでも俺の大切な妻なのだよ。妻の態度には失礼したな」
デューはうなずいた。彼女は既に、夫人の記憶の一端に触れていた。異父姉である王妃との密談、シルヴィアとクリスタルの存在に対する嫉妬、そして ── 暗殺を依頼したという事実。
「将軍様」
デューは一歩前に出た。
「私をここに置いてください。小姓でも何でも結構」
将軍は長いため息をつき、デューを見つめた。
「もとより。其方の母親のシルヴィアを守り切れなかったのだ。其方まで一人にして危険な目に合わせるわけにはいかないだろう。よかろう。だが、其方の正体がわからないように、息子たちには隠し子だと説明する。了解か?」
「はい」
デューは深く頭を下げた。これで将軍邸に入り込める。シルヴィアたちの死の真相を探り、黒幕を暴くための第一歩だ。
*****
デューは将軍邸に滞在することになった。表向きは将軍の隠し子という扱いで、主に雑務を手伝いながら屋敷の様子を探っていた。
ある午後、庭で小刀を使って木を削るデューに、ドライが声をかけてきた。
「お前、随分と手先が器用だな」
「昔、細工を習ってたから」
それは嘘ではなかった。あの悠久ともいえる永い日々の中で、暇潰しに出来ることは何でもやったから。自然に様々な技術が身についてしまっただけだ。
「剣の素質もありそうだな」
ドライはデューの手元を見つめながら言った。
「明日から俺が教えてやる」
「……いいんですか?」
「ああ。久々に帰宅したんだ、せっかくだから弟 ── いや、義弟の面倒くらい見ないとな」
ドライは悪戯っぽく笑うと、デューの頭を軽くポンと叩いた。
翌日。
「我が家についてだが。自慢と言うわけではないが、良く優秀な騎士を多く排出してきた家系なんだ。
俺は反発して冒険者なんて言う気楽な身分に身を置いているが、父や兄達に嫌々ながら突き合わされた剣の稽古はいまさながら、救けられている。そういうわけで、家にはかなり本格的な訓練場があるんだ。
お前の境遇は良く知らんが、剣の腕を見れば、人柄や性格が出ると俺は思ってる。だから訓練場まで付き合え」
「ドライ。その子は大事な預かり者だ。大怪我をさせるような真似はするなよ」
「わかってるよ、わかってるって、親父」
訓練場に連れて行かれたデューは、様々な木剣の中から一本を選ぶように言われた。彼女は迷わず、長すぎず重すぎず、短剣ほど短くないがやや細身の木剣を手に取った。
「ふうん。お前の身長と体格では、確かにそのくらいだろうな」
傍らで見守る将軍も、デューの選択に感心した様子だった。無理をせず、自分に合った武器を選ぶ判断力。それは単なる偶然ではない。
(シルヴィア様のお屋敷では、じっと本を読んだり、静かに刺繍をしたり、温和しい子供だと思っていたが。いつの間に剣技の嗜みを?)
将軍の心中には疑問が渦巻いていたが、それを口に出すことはなかった。
訓練場の中央で向き合うドライとデュー。ドライはがっしりとした体格で、デューより二頭身ほど背が高い。
「ん? おいおい。身構えないのか?」
デューは身構えもせず、右手で剣をだらりと下げたままだった。
「ああ。これでいいよ。さあどこからでもかかってきてよ」
「ふっ。生意気だな。いいぜ、そういう性根は叩きのめしてやる」
ドライは力を半減させて剣を振り下ろした。しかしその剣が届く前に、デューは素早く体を低くすると、隙だらけの足元を木剣で薙ぎ払った。
「!」
バランスを崩したドライだったが、右足を一歩踏み出して踏ん張った。その瞬間、デューは飛ぶように後ろに下がり、横殴りに振るわれたドライの木剣を軽く受け止めて横に流す。そして彼の力を逆に利用し、素早く右足を軸に流れるように体を一回転させ、手の甲に木剣を叩き込んだ。
カランッ……
ドライの木剣が弾き飛ばされ、床に転がった。
「ぐうっ……ま、参った!」
訓練場の入口では、帰宅したばかりの長男アインスと次男ツヴァイヘンダーが立ち尽くしていた。二人とも目を見開き、驚きを隠せない。
(なんと! 血筋とは争えぬものだ。あのお方のお子でなかったとしても、この才能を見過ごすことは惜しい)
「……見事な動きだ」
見た目も色見も若き日の父親そっくりな赤髪橙目のアインスが呟いた。国王付き近衛騎士隊長として、数多の剣士を見てきた彼ですら、このような技は滅多に見られない。
見た目は母親寄りの茶髪橙目のツヴァイヘンダーは腕を組み、鋭い目でデューを観察していた。王都警邏隊長としての疑り深さが、彼を警戒させている。
デューは微笑んだ。この家族の中には、少なくとも息子たちに陰謀への関与はなさそうだ。だが、夫人フュンフツェインは別だった。彼女の記憶には、王妃との密談の痕跡がくっきりと刻まれていた。
*****




