1◆失われた古代王国と守護神竜の伝説
orz 序話と第2話への繋ぎの構成上やたら長くなってしまった…
◆失われた古代王国と守護神竜の伝説
── デューは、かつて7頭の守護竜と人間が共存していた時代の生き残りだった ──
太古の昔、世界には7頭の竜が存り、それぞれの住処を中心とした縄張りに住む人々と共存共栄する代わりに、国々を守護し恩恵を与える守護竜として生存していた。
土竜(黄色)、水竜(青色)、火竜(赤色)、風竜(緑色)、光竜(白色)、闇竜(黒色)、天竜(銀色)。
土竜は豊穣の大地を、水竜は清らかな河を、火竜は暖かな炉を、風竜は自由な空を、光竜は希望の朝を、闇竜は安らかな夜を、そして天竜は銀の輝きで天と地を繋ぐ調和をもたらした。人々は竜を敬い、竜は人に恩恵を与えた。その時代、世界は穏やかな旋律のように流れていた。
しかし、時の流れと共に人の心は変わり始めた。
ある日、国々は竜たちに対抗する知恵と魔法と技術を手に入れたり、邪な野望や欲望を持ち、ありるものはドラゴンスレイヤーなどの英雄としての名声を、あるものは守護竜が守っているかもしれないと言う財宝を、あるものは守護竜自身の逆鱗や血や肉などの素材を、またあるものは恩恵を独り占めするために、人間の身勝手な理由で竜たちは次々と倒されていった。
土竜は大地に埋められ、水竜は湖底に沈み、火竜は灰に帰り、風竜は空に散り、光竜は光さえ消え、闇竜は闇に飲まれた。
最後まで残ったのは、最も高い山々に囲まれた小さな王国を守るデュークロードと言う名の銀の天竜だけだった。銀色の天竜だけは守護竜として、ある1つの小国で相変わらず敬われ続け、人間と共存共栄し続けていた。
天竜の守る王国は、銀色の霧に包まれた谷間にあった。人々は竜を『銀の守り手』と呼び、毎年、山頂の神殿で感謝の祭りを捧げた。王族の末娘デューは、幼い頃から天竜の姿を眺めながら育った。その瞳は、王国の夕焼けのように深い赤だった。彼女は竜の飛翔を見上げ、その羽音が風と一つになるのを聞き、この調和が永遠に続くと信じていた。
しかし、天竜の守護する小国は侵略により滅ぼされた。デューは滅ぼされた小国の王族の一人だったのだ。
唯一残された守護竜の小国をめぐって周辺の大国は最後の守護竜の国を狙っていた。天竜の力が伝説の財宝を守っていると噂され、あるいは竜そのものが富になると考えたのだ。ある寒い冬の朝、戦争が始まった。鉄の鎧をまとった兵士たちが谷を埋め、魔法の炎が銀の霧を焼き払った。
デューの父である王は、国民を中立国へ逃がすよう命じた。デューは最後まで残り、人々を導こうとしたが、戦火はあまりにも速く広がった。
雨が焼け焦げた森を打ちつける。黒く炭化した木々の間を、一人の少女がよろめきながら逃げていた。デューは左半身に焼けるような痛みを感じながら、足を引きずる。髪は泥と血で絡まり、かつて王女として着ていた服はボロボロだった。背中には深い斬り傷が走り、左肩には矢が刺さったままだった。最も痛かったのは、左半身全体を覆う大火傷だ。魔法の炎が肌を焼き、今も熱く疼いていた。
「逃げろ……もっと……遠くへ……」
彼女の意識はかすみ、視界が揺らぐ。どうしてこうなったのか。
昨日までは、銀の霧に包まれた谷間の王国で、父王のそばで暮らしていた。天竜の守護を受ける、最後の守護竜の国。それが、一夜にして炎に包まれた。
鉄の鎧をまとった兵士たち。魔法の炎を放つ魔道士。父王が最後に叫んだ声。
『末姫よ、逃げろ!』
彼女は振り返らずに走った。森へ、深く深く。だが追手はすぐ後ろにいた。矢が飛び、剣が閃いた。そして、何者かの放った火球が彼女の左半身を直撃した。
『ぐっ……』
デューはついに力尽き、倒れた。泥水が顔にかかる。雨の冷たさが、火傷の痛みを少し和らげる。もう動けない。ここで終わりだ。父王も、国民も、王国も……すべて失った。
その時、地面が震えた。
弱々しい、しかし確かな震動。デューがかすんだ視界を上げると、焼け焦げた木々の向こうに、銀色の輝きが見えた。
ゆっくりと、巨大な影が近づいてくる。翼は裂け、無数の傷から銀の血が滴り落ちている。鱗の半分は黒く焦げ、胸には巨大な槍が突き刺さったままだった。それでも、その存在は威厳に満ちていた。
天竜。王国を守護する銀の竜。
その金色の瞳が、倒れたデューを見下ろした。瞳には、彼女と同じ痛みと疲労が宿っていた。
"末姫よ……"
竜の声は、直接心に響いた。深く、古びた、しかし優しい声。
「デュークロード! なぜ……ここに……」
デューはかすれた声で問うた。
"お前たちを守ろうとした。だが……私も限界だ"
天竜はゆっくりと体を横たえ、デューのそばに頭を下ろした。その息は弱々しく、銀の血が地面に広がっていく。
"聞け、末姫よ。時間がない。追手はすぐそこまで来ている"
デューは耳を澄ました。確かに、遠くから叫び声と鎧の音が聞こえる。彼女は震えた。
「私には……もう力がない。逃げられない」
"ならば、選択を迫ろう"
天竜の声は真剣だった。
"私の残りの力を受け入れ、共に生き延びるか。あるいは、ここで共に滅びるか"
デューは目を見開いた。
「そんな……あなたの力を? でも、デュークロード、それではあなたが……」
"死ぬのではない"
天竜は優しく言った。
"お前の中で、お前と共に生き続ける。確かに、もはや普通の人間ではいられなくなる。だが、代わりに素晴らしい恩恵と加護を得られる。私の力、知識、記憶……すべてがお前のものになる"
デューは躊躇った。彼女は天竜を幼い頃から知っていた。山頂の神殿で、銀の輝きに包まれて舞うその姿を何度も見上げた。この竜が、王国の最後の希望だった。
「でも……あなたの国を守れなかった。私たち人間が……」
"お前は何も悪くない"
天竜の声は優しさに満ちていた。
"人間の欲望が、すべてを滅ぼした。お前は最後まで戦った。それで十分だ"
叫び声が近づく。火把の光が木々の間できらめく。
デューは深く息を吸った。左半身の痛み。背中の傷。失った王国。すべてが、生きたいという願いへと収束していく。
「……いやだ……また二度も死ぬのはいやだ……生きたい」
彼女は涙を浮かべて言った。
「あなたと共に。世界を、もう一度見たい」
天竜はゆっくりとうなずいた。
"では、契約を結ぼう"
竜は頭をさらに低く下げ、額をデューの額に触れた。その瞬間、銀の光が爆発的に広がった。
光がデューを包み込んだ。灼熱の痛みが全身を駆け巡る。火傷の痛みとは違う、内側から沸き上がる熱。彼女は叫び声を上げようとしたが、声が出ない。
銀の光が彼女の血管を流れ、骨髄に染み込む。左半身から、鱗のような模様が浮かび上がった。痛みは次第に変容し、力へと変わっていく。
そして、彼女の左目が金色に輝いた。
契約の瞬間、周囲の雨が止んだ。いや、空中で静止した。焼け焦げた森全体が銀色に輝き、迫り来る追手たちの動きが止まる。
デューの意識の中で、天竜の声が響いた。
"さあ、デュー。我が力を引き継げ。そして、さらなる加護を求めよ"
「さらなる……加護?」
"我は天を司る。だが、世界には他の力もある。四神と精霊王たちだ。彼らに認められよ。そうすれば、真の守護者となれる"
デューの意識は拡大していく。彼女は目を閉じ、心を開いた。
最初に現れたのは、四つの輝きだった。
南から赤い炎の鳥・朱雀が舞い降り、デューの心に暖かな炎を灯した。
"我が炎で、汝の魂を浄化せん"
西から白い風の虎・白虎が駆け寄り、鋭い風を彼女に授けた。
"我が風で、汝の道を切り開け"
北から黒い水の亀・玄武が現れ、深い静寂を約束した。
"我が水で、汝の心を鎮めよ"
東から青い雷の龍・青龍が天から降り、古の知恵を伝えた。
"我が雷で、汝の敵を打ち払え"
次に現れたのは、六つの元素の精霊王たちだった。
大地の精霊王は豊穣の力を、水の精霊王は清らかな癒しを、火の精霊王は創造の炎を、風の精霊王は自由の翼を、光の精霊王は希望の輝きを、闇の精霊王は安らぎの影を、それぞれデューに授けた。
それだけではなかった。森羅万象命あるすべての加護がデューに流れ込んだ瞬間、彼女の体は再び光に包まれた。あまりにも強大な力の流入に、彼女の体と心は耐えきれなかった。
痛み。眩暈。圧倒的な情報の洪水。
「ああああっ!」
デューは叫び、そしてすべてが暗転した。
デューは意識を失い、天竜はその巨体を崩すように横たわった。だが、死は訪れなかった。契約の代償によって、天竜の命はデューと繋がり、デューはもはや普通の人間ではなくなったからだ。彼女は銀の天竜の巫女となり、竜の力を宿す存在となった。
戦を仕掛けてきた兵士たちに体中に火傷を負わされ傷つけられた天竜は、最期の小国の王族の生き残りとなったデューを哀れに思い、デューに残った最後の力を分け与えて契約を結んで命を救ったのだ。
目覚めた時、デューは柔らかい苔の上に横たわっていた。洞窟の中らしい。天井からは淡い光が差し込み、壁には水晶がきらめいていた。
彼女は起き上がろうとしたが、体が思うように動かない。いや、体が小さすぎる。
「え……?」
デューは自分の手を見た。かつての王女の手ではなく、幼い子供の小さな手だった。銀色の鱗が左腕に部分的に浮かび上がり、微かに輝いている。
彼女は震える手で顔に触れた。頬は丸く、幼い。そして、左目だけが異様に熱い。
洞窟の水たまりに顔を映すと、そこには五歳ほどの幼い少女がいた。深い赤い右目と、金色に輝く左目。銀色の髪はかつての黒髪から変わっていたが、それは契約の影響だろう。
「私が……幼く……なった?」
"そうだ"
心の中から、天竜の声が響いた。かつての深みはあるが、どこか若返ったような響きがある。
"あまりにも多くの力が一度に流れ込んだ。お前の体も心も、それを受け止めきれなかった。自衛本能が、お前を幼い姿へと退行させた"
デューは呆然とした。
「でも……記憶はある。王国が滅びたこと、契約したこと……すべて覚えている」
"記憶は残っている。ただ、体と感情の一部が幼少期に戻った。時間と共に、ゆっくりと元に戻っていくだろう。あるいは、この姿のまま成長し直すかもしれない"
デューは小さな手を握りしめた。力は確かに感じる。かつてないほどの力が、この小さな体に宿っている。
「追手は?」
"契約の力で追跡をかわした。今、我々は聖域にいる。高い山々に囲まれた隠された谷だ。ここなら安全だろう"
デューは洞窟の外へ歩み出た。出口を出ると、息をのむ光景が広がっていた。
広大な谷間には、色とりどりの花が咲き乱れ、清らかな川がゆっくりと流れている。空には虹がかかり、小さな精霊たちが光の粒のように舞っている。鹿や鳥たちが怯えることなく歩き、すべてが調和に満ちていた。
「ここは…」
"我が力で守られし隠れ里だ。かつて、他の守護竜たちもこのような場所を持っていた。今では、我々だけが残された"
デューの金色の左目が微かに輝いた。彼女は天竜の感情を感じた。寂しさ。悲しみ。そして、わずかな希望。
「これから……どうするの?」
幼い声でデューは問うた。
天竜は少し間を置いて答えた。
"まずは癒えることだ。お前も私も、傷ついている。この谷で力を取り戻し、成長する時を待とう"
「でも、外の世界は……王国を滅ぼした者たちが……」
天竜の声は優しく、しかし厳しかった。
"お前は今、幼子だ。力があっても、経験と知恵が足りない。まずは学び、成長せよ。四神と精霊王たちの加護を理解せよ。時が来れば、道は開ける"
デューはうなずいた。小さな体で、大人の決意を胸に刻んだ。
彼女は谷を見渡した。ここが、新たな出発点だ。失った王国の記憶を胸に、天竜と共に、ゆっくりと時を過ごす。
やがて、彼女はこの谷を歩き回り始めた。精霊たちと話し、動物たちと遊び、時折浮かび上がる左半身の鱗に慣れていった。天竜は彼女の内側で静かに息づき、必要な時に助言を与えた。
ある日、デューは川辺に座り、水に映る自分の姿を見つめた。金色の左目が微かに輝く。
「デュークロード」
"何だ?"
「あなたは……私の中で、寂しくない?」
少し間があった。
"かつては広大な空を飛び、山々を見下ろしていた。今はお前という小さな器の中に閉じ込められている。確かに、寂しいと言えば寂しい"
デューは胸が痛んだ。
"だがな"
天竜の声は温かくなった。
"お前を通して、再び世界を見ている。お前の成長を見守れる。それは、新しい命を見るようなものだ。そして何より……"
天竜はほんの少しだけ、デューの意識の中に銀の翼を広げるイメージを送った。
"お前が望めば、再び空を飛べる。二人で"
デューの金色の左目が、嬉しさで輝いた。
*****
デューと天竜は人の目に触れない聖域へと移り住んだ。その場所は、高い山々に囲まれた隠された谷で、精霊たちが舞い、動物たちが怯えることなく歩いていた。
デューはここで、人間とは違う時間を過ごした。契約によって、彼女の寿命は天竜と共にあり、古の王国の記憶を胸に、静かな歳月を送った。
彼女は精霊と会話し、鹿と森を歩き、天竜と共に夜空の星を見上げた。時折、鱗が浮かび上がる左半身に違和感を覚えることもあったが、それは守護竜との絆の証だった。天竜はゆっくりとデューの深層から出ては、2人で会話を楽しんだ。また時折、銀の翼を使って谷を飛び回ったりもした。しかし、かつての竜の姿を顕現することはできず、デューの内で、静かな共存を続けた。
永い永い時が流れた。
外界では王国が興り、また滅び、守護竜の伝説は神話となり、やがて忘れ去られていった。
だが、デューと天竜の谷では、時間がゆっくりと、優しく流れ続けた。
ただ時たま、彼女は夢を見た。
炎に包まれる宮殿。父王が最後に微笑む姿。逃げ惑う国民たち。そして、銀の天竜が傷つきながらも戦う姿。
デューは飛び起きた。額に冷や汗をかいている。左半身の鱗が、感情の高まりで強く輝いていた。
"また、あの夢か……"
天竜の声が響く。デューはうなずき、洞窟の外へ出た。満天の星が輝く夜空の下、彼女は深呼吸した。
「忘れられない。あの日々を」
"忘れる必要はない"
天竜は静かに言った。
"記憶はお前の一部だ。だが、過去に囚われるな。お前には未来がある"
デューは空を見上げた。星々がきらめき、かつて天竜が飛んだ広大な空が広がっている。
「デュークロード、一つ聞いていいですか」
"何だ?"
「なぜ、あなたは私を選んだの? 最後の力を分け与えて、契約まで結んで」
長い沈黙が流れた。谷の風がそよぎ、遠くで狼の遠吠えが聞こえる。
"お前は問うたな"
天竜の声は、深い思いに満ちていた。
"我が理由は三つある。
第一に、お前が最後の王族だったこと。我が守護する王国の血を引く者として、守る義務があった。
第二に、お前が逃げずに戦ったこと。傷つきながらも、最後まで国民を導こうとした。その勇気に、我は敬意を抱いた"
デューは息をのんだ。
"そして第三に……"
天竜の声がわずかに震えた。
"我は孤独だった。他の守護竜たちが次々と倒され、最後の同胞となった。お前もまた、すべてを失った。その寂しさを、我は理解した。共に生きる者が必要だったのだ"
デューの目に涙が浮かんだ。彼女は胸に手を当て、内側に息づく天竜の存在を感じた。
「ありがとう」
彼女は小声で言った。
「あなたがいてくれて……よかった」
天竜は何も言わなかった。だが、デューの心に温かな銀の光が広がるのを感じた。それは、言葉以上の答えだった。
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彼女は、この平穏が永遠に続くと信じていた。少なくとも、ある女性の祈りが、聖域の静寂を破り、彼女を長い眠りから覚醒させるまでは。
その日、谷に珍しい風が吹いた。それは、遠くで泣く女性の声を運んでくる風だった。デューが耳を澄ますと、かすかな祈りの言葉が聞こえた。
(誰か……どうか、助けてください……)
その声は、デューの心の奥深くに眠っていた何かを揺さぶった。彼女の右目の燃えるような赤色が微かに輝き、半身の鱗が温かく震えた。左目の金色の天竜もゆっくりと目を開け、同じように風の方向を見つめた。
新しい物語の幕が、今、上がろうとしていた ──
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