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前編

見つけてくださり有難うございます。

 僕の半歩後ろには、いつも小さな女の子が憑いている。

 彼女はいつでもそこいて、僕のやることにたまに口を出す。

 喋れはしないから身振り手振りで指し図をしてくる。

 指を差して、大きく口をパクパク、顔を真っ赤にしてアピールしたり、不満があると子供らしく駄々をこねたり。

 もう10年も一緒だから当たり前の存在に感じて、空気のような扱いもできるようになった。彼女は基本的に害は無い。

 視えるのは僕だけ。


▼▽▼▽


「ねぇ宮村君、剣道部の合宿承諾サインもらってきた?提出今日までだよ!早く出して」


 帰りのホームルームの後、自分の席で帰り支度をしていると、同じ部活の式見さんに声をかけられてしまった。

 正直、合宿は行きたくない。この後の部活にも。忘れたフリをして帰ろうと思ってたのに。


「うん、もらってきたよ。合宿明後日からだよね。ギリギリになってごめんね式見さん」


 なんだかんだ思っていてもちゃんと承諾書を用意して、いい顔をしてしまう自分が恨めしい。


 今日は夏休み前最後の登校日。1年部員を取り纏めている式見さんが、学年分を提出するためにわざわざ取りに来てくれたのだ。


 部活を始めてまだ4ヶ月だけど、剣道はあんまり楽しくない。暑いし臭いし、何となくで入部してみて、何となくズルズル続けている。


 そろそろ辞めようかな。


「今日も部活あるよ!ちゃんと参加してね」


 そう言って式見さんは、僕の書類をさっと取ってパタパタと急ぎ足で教室をあとにした。

 その一言は、僕の負の感情を見透かされたかのようだ。


 ふと振り返ると、僕の背後の彼女はなぜか満足そうな顔をしていた。少し気になったけど、無視をした。


▼▽▼▽


「おーい宮村、こっちだこっち!」


 顧問の大きな声が先の先の先の宿泊施設入口から聞こえてくる。

 今日は3泊4日の合宿初日。

 ウチの高校は各自親に送ってもらうなり、公共交通機関を使うなりして自力で現地集合する。

 僕は送迎組ではない。この場所は隣の市とはいえ、大きな荷物を抱えて都市部の高校生が電車とバスを乗り継いで行くには少々辺鄙な場所だ。


 バスが1時間に1本ってやばいだろ。


勾配がきつい坂道を登り、やっと宿泊所の玄関にたどり着いた。


「遅くなってすみません!」


 顧問は少しイライラしたように最奥の体育館へ行くように促した。すでに全員揃っているという。バスを降りて直ぐなのに集合時間より10分遅れた。公共交通機関組は1時間前のバスで到着していたことになる。


 みんなとはやる気が違うよな。なんで僕ここにいるんだろ。


 着いた早々に荷物を担いで走った。


 ここは県が運営する宿泊施設付きのスポーツ施設だ。昔からある施設らしく、どの建物も年季が入っていて薄汚れている。森に囲まれているせいかジメジメと暗い印象だ。


 走って向かっていると、ふと小さなお地蔵さんが目に入った。それは獣除けのフェンスと宿舎であろう建物の間にひっそりとあった。苔生している。長い間そこにあるのだろう。


 その存在に違和感は感じたけれど、今は先輩達のところへ向かうことが最優先だ。



「すみませんでしたぁ!」


 着いてすぐに腰は直角、大きな声で遅刻を詫びる。これで少しは心象が良くなることを願う。


 着替えてアップを済ませた部員たちの目が一斉にこちらを向くのを感じる。


 うぉぉ。怖い。


「遅いぞ!宮村。早く着替えてこい!」


「ハイ!」


 月城部長は道具類の保管倉庫を指さした。


 急いで倉庫で着替えていると違和感を感じた。

 気配がない?

 最近は空気のように感じていて、たまにしか視界に現れないアイツがいない??


 振り返ってみるとたしかにいない。どんなときでもいたアイツ。成長しない子どもな彼女。


 この10年、片時も離れたことがなかった彼女が突然いなくなった。


 どういうことだ?


 ▼▽▼▽


 彼女が最初に現れたのは、見た目が同じくらいのときだった。昔住んでいた田舎の幼稚園でのかくれんぼ。その最中にたまたま同じ場所に隠れた女の子。

 その子が彼女だった。

 その幼稚園にいたのはほんの少しの間だったけど、仲良しでずっと一緒に行動していた。と思っていたのは僕だけで、両親が離婚し、母と引っ越した先にも現れた彼女を見て、生まれて始めて恐怖を覚えた記憶がある。

 お母さんに彼女のことを聞いても、そんな子は知らない、いつも一人で遊んでいたじゃないと言われた時にはびっくりした。

 仲良く遊んでいたと思っていたけれど、よく考えると誰も彼女の名前を呼ばない。

 それもそのはず、みんなには視えていなかったのだから。


 普通じゃないと気づいてからは、幼い僕はなんだか怖くて、彼女の指示に何でも従っていた。時が流れると僕の体は成長し、彼女は昔のままであることに気がついた。大きくなった僕は、いつしか小さな彼女のことを気にしなくなっていた。




 どうして今?




 突然のことに一抹の不安を覚えたが、平静を装い、部活に集中することにした。


▼▽▼▽


 午前の練習を終え、食堂で昼食。他校の学生もいてそこそこ賑わっている。


 僕は今、一人でもそもそとA定食を食べている。

 やっぱり彼女は戻ってこない。


「ここいいかな?」


 長テーブルの向かいに式見さんが立っていた。

 口いっぱいに米を頬張っていた僕は、少し顔を上げてこくんと頷いた。

 式見さんはトレーを置いて真向かいに座る。


 式見さんはカツカレーか。おいしそうだ。


「宮村君て視える人?」


 ゴホッゲホッッゴホッ!!


 なんの前触れもなく、突然の思わぬ言葉に思わずむせてしまった。

 ギリギリ式見さんには米粒を飛ばさないですんだが、僕の左手は米だらけ。


「ちょっと大丈夫?」


 式見さんが心配そうにこちらを見る。


「だ、大丈夫。それより何?視えるって」


「わかるでしょ?幽霊よ」


 僕はごくんと唾を飲んだ。


「宮村君て視えてるでしょ?」


 僕が狼狽えていると、式見さんは言葉を続けた。


「あなた、いつも後ろに何か連れてるじゃない?なにかあるとすぐにそっちに目線がいくから、ああ、この人視える人だなぁってすぐわかるよ」


 カツカレーをすくいながら、なんでもないことのように話す式見さんに衝撃を受けた。

 今まで信じてはくれないだろうと誰にも話せなかった事を、ただの世間話のように語る。


 動揺を隠しながらなんとか言葉を発した。


「式見さんも視えるの?」

「うん」

「今も?」

「今はいないね。どこに行ったの?」


 僕は興奮してガタンッと大きな音を立てて立ち上がった。

 みんなの目が何だ何だとこちらを向く。

 それを見てはっと我に返った。ペコペコと周りに頭を下げながら席に着く。


「何やってるのよ」

「ごめんっ」


 僕は気持ちを抑えて慎重に聞いた。


「10年一緒にいたんだ」

「うん」

「こんなこと初めてなんだ」

「うん」

「僕はどうしたらいい?」


 式見さんはその答えはくれなかった。



「雪ノ森の話を知ってる?」


 雪ノ森とはここの地名だ。

 この地の話は特に話題にも上がったことはない。


「知らない」


 僕はそう答えた。


「そう。宮村君は知らずにここに来たのね」


 そう言って、式見さんはスマートホンに手を伸ばし、あるサイトを見せてくれた。

 とあるサイトのとあるページだ。

 見せてくれたページには雪ノ森の蛟信仰と書かれていた。


▼▽▼▽


 昔、雪ノ森の地にはみずち信仰があったという。

 それは大雨が降るたびに川が氾濫し、村に大損害を与えていたことが起因するのだが、昔の人は川の神様、蛟様の怒りのせいだと考えていた。


 当時の村は、山の上にあるからそのまま山上村と呼ばれていた。この地の村人は何度も繰り返す水害に蛟様の怒りだと怖がり、治めるためにいつしか人柱を立てるようになった。

 数年に一度、捧げ物として子供を一人、滝壺へ落とし平和を願う儀式。

 不思議と滝壺に落とされた子供達の遺体は上ってこなかった。それがまたこの信仰を決定づけることに繋がったのかもしれない。


 人柱が始まって幾年月も後、国の要人が山上村に繊維工場建設のため視察に来るという話がきた。

 奇しくもその日は儀式の日。

 村は別の日にと変更を求めたが、どうしてもとその日に視察に来ることになった。


 その時の人柱は、山上シノという女の子だった。

 

 シノは自分が人柱として捧げられることを理解していた。

 両親は何も言わないが、儀式の事は知っていたし、何より村人から祝福を向けられていたから。


 儀式の日。

 国の要人一行は視察後、村長の家に宿泊していた。村長はガバガバと酒を飲ませ、女性を侍らせ、早々に眠りにつくように促した。

 時は明治。国民全員に戸籍と苗字が与えられ、管理された始めた世の中に、未だに人柱が続く事が知られるのは避けたかった。知られてしまえば、犯罪として村ごと罰せられてしまうだろう。


 一行が床についた事を確認し、村人たちは祭事の準備をし、村の上の滝壺へと向かった。

 

 シャンシャンと鈴を鳴らし、神輿が登る。その神輿にはシノが鎮座していた。

 歩みを進めるたびに降り出した雨が強くなってくる。


 おとう、おかあ、妹達…元気でな。


 シノは恐怖に震えながらも村のため、家族のためにと勇気を奮い立たせていた。


 深い雲の隙間から美しい満月がのぞく。

 到着した滝壺は轟音とともに飛沫がキラキラと輝く。

 シノは淵に立つ。

 雨が体に強く打ち付ける。


「シノ、さぁ村のために!」


 村長の言葉と共に、村の衆が鈴を鳴らし、太鼓を叩き囃し立てる。


 今まさに飛び込もうとしたその時、雷鳴と稲光が落ち、シノが立つ崖が崩れ、悲しい悲鳴を残し足元の岩と共に滝壺へと消えていった。

 直後、山のさらに上の方から滝へと流れる水かさが増し、木や石が混ざり濁流となって降り注いだ。滝は削れ徐々に崩壊していく。村人はそれを呆然と眺めていた。


 滝の下流には村がある。


 村には家族、そして今日は国の要人がいる。

 慌てて村へと帰ると、そこには川の氾濫で濁流に流された家々の残骸と恐怖に震える生き残った人たちがいた。

 村長の家は少し高いところにあり、水害から免れていた。


 一夜明け、雨も止み川の流れも落ち着いた頃、川に溜まった土石の上に恐ろしい光景が広がっていた。

 まるで積もった雪のように白い人骨の数々。10や20ではない。砕けてバラバラになったもの、生々しい形を残して存在するもの、様々あった。


「こ、こ、これはどういうことだ!!」


 村を訪れていた要人はワナワナと唇を震わせるて叫ぶ。


「これは、その…」


 村長は眼前に広がる白骨に心当たりはあるものの、決して言えない事実に言い淀む。

 周りの村人たちも薄々わかっていた。


 これは人柱の遺骨だと。


 滝が崩壊して今まで何処かに溜まっていたものが押し流されて露わになったのだろう。

 

 その後、要人一行は村を去り、代わりに県兵がやってきて村は近代の法の裁きにかけられたという。


 山上村の蛟信仰事件は、その時の光景になぞられ雪ノ森蛟信仰事件と呼ばれ、後に戒めと共に雪ノ森の名前がその地に残ったという。


おしまい


▼▽▼▽


 おそらく、このサイトの話は少なからず脚色はされているだろう。でも、嘘とも断言できない。何か、真実味を感じるところがある。


「どうだった?」


 式見さんが感想を求めてきた。


「どうって、この話が僕になんの関係があるの?」


 僕は素直な疑問をぶつけた。


「このサイトはいろんな民話や昔の噂なんかをまとめたものなんだけど、この話はここまでしか書いてないんだ。ちょっと物足りないと思わない?」

「物足りないって?」

 僕にはどこにでもある、ちょっとホラーな民話にしか思わない。

「最後に人柱になった女の子の名前まで書かれているのに、落ちてハイ終わり。なのよ」

「確かにちょっとさみしいね」

「実はね、滝崩落事故の後、滝壺に落ちた山上シノの遺体は結局見つからなかったんだって」

「へぇ」

「それでね、雪ノ森にはシノと同じ年頃の子どもが忽然といなくなっては山の中で見つかる事例が頻発したんだって」

「うん」

「おそらくだけど、君の後ろにいた子どもの幽霊はシノだと思うのよ」


 どうしてそうなるのか。僕には全くわからない。


「いや、なんでそうなるの?」

「だって、ここ最近君の後ろの幽霊がすごくワクワク?しててさ、宮村君はきっとここに連れてこられたんだよ」


 突飛な話に頭の中は???だ。


「あの幽霊と10年前から一緒なんでしょ?だいたい5歳くらいの時?宮村君は昔この辺に住んでたことはない?」


 僕は確かに5歳くらいまで父と母と田舎に住んていた。それがどこなのかはまったく覚えていない。

 僕はここに来たことがあるのか。

 いろいろと思い巡らせていると共通点があった。

 僕の旧姓は山上という。

 父親の名字が山上だった。幼い当時のことを思い出すと、幼稚園のお友達には山上姓が多かったような気がする。


 明治時代にできた法律で国民全員に名字がつくことになった際に、田んぼの近くに住む村人は全員田上。川の側に住む村人はみんな川端などと安易につけられることがよくあったと聞く。

 山上もそうなのだろうか。


「確かに子供の頃に田舎に住んでいたことはあるよ。でも、雪ノ森に住んでいたかはわからない。あと、僕の旧姓は山上だけど」

「ほらぁ!共通点!きっと宮村君は雪ノ森にいたんだよ。その時に憑いてきたんだよ」


 そうかなぁ、と思いながらもそうかもしれないという気持ちも湧いてきた。


「ねぇ、式見さんはどうして雪ノ森について詳しいの?」


 式見さんに対する当然の疑問だと思う。


「別に特別詳しいわけじゃないよ。ただ、視える人界隈では雪ノ森って結構有名なのよ」

「有名って?」

「昔から視える子どもが連れて行かれるって有名なの」

「へ、へぇ。でも僕は逆に連れてっちゃった感じ?」

「そうだね。不思議だね」


 式見さんはワクワクしたように声が跳ねている。


「今ここに宮村君が来たのにはきっと意味があるんだよ!山上シノの噂はいろいろあるけど、連れて行った子どもを殺すなんて噂は一度も無いんだ。きっと悪い幽霊じゃないはず。ねぇ、一緒に彼女を探さない?」


 式見さんは前のめりだ。

ここまで読んでくださり有難うございます。

次で完結予定です。

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