野球の神様 ~縁結び編~
この時期は野球の話題があまりなくってさびしいです。
日本の国には、昔からたくさんの神様たちがいらっしゃいます。山の神様、お酒の神様、さらには学問の神様や笑いの神様などなど。これは、そんな神様たちの一人、球子と名乗る「野球の神様」の物語です。
「球ちゃんは、野球の神様なのっすよ」
寒空の下、河川敷にて、球子は相手に向かって、諭すように言った。
「野球といったら、日本で一番メジャーなスポーツっす。つまり野球の神様である球ちゃんは、スポーツの神様の中で一番偉いと言ってもいいと思うっす」
「ワン」
「そう、その通りナンバーワン、一番なのっす。話わかるっすね」
「ちなみに、『スポーツの神さま』もいるっすよ。なかなかグラマーなお姉さんなのっす。ついでに言うなら、ボールやグローブやバットの神様もいるっす。なんてたって日本は、八百万の神様がいるっすからね」
「ワン、ワン、ワン、ワン」
「そう、数え切れないくらいいるっすよ。ちなみに、ボールの神様とバットの神様は仲があんまし良くないっす。もし、『これ以上、叩かれるのはうんざりなんだYO』って、ボールの神様にストライキされちゃったら、野球の神様である球ちゃんはどうればいいっすかねー?」
「ワン、ワン」
「いちいち気にする必要ないっすか? それもそうっすね。あんたなかなかいいこと言うっす。まぁそんなことより、今は新年、お正月じゃないっすか。お正月といったら、神社に初詣でお賽銭っすよね。なのにどうして偉い神様である、球ちゃんのところには誰も来ないっすかねぇ」
「……」
いつの間にか、子犬はいなくなっていた。
「むぅ。ノーコメントっすか。まぁ、球ちゃんもまだまだ若い神様っすから立派なお社ないんっすよねー」
とは言ってみたけれど、話す相手は誰もいない。初詣客もいない。野球はオフシーズンだし、ちょっと寂しい。
「まっ、こんなときはこれっす」
球子はどこからともなく、金属バットを取り出して叫んだ。
「隠しバットー」
「あ、デストラーデっ。もぉ、どこにいってたのよ」
正月休み中のOL、清海は、首輪を外した途端、川原を走り出してどっかに行ってしまった愛犬を軽く叱った。
愛犬が走ってきた先を見ると、そこには、バットで自らの頭をたたきながらうっとりとしている少女の姿があった。
「まぁっ、大変っ!」
あわてて駆け寄ると、清海に気づいた少女が笑顔で答えました。
「大丈夫っすよ。このバットで頭をたたくととっても楽しい夢(球子の場合、野球の試合)が見られるっす。マッチ売りの少女のバット版ってとこすね」
訳のわからないことを言う少女に、清海は心配になった。やっぱり頭の叩きすぎ?
不安がる清海をよそに、少女、球子は親しげに話しかけてきた。
「おねーさん、野球好きなんっすね」
「……なんでよ? そんなわけないでしょ。あんなもん」
球子が、がびーんっすとショックを受けた。
「でもでも、犬に『デストラーデ』って名前付けてるじゃないっすか。デストラーデといったら西武で活躍した、両打ち眼鏡でガッツポーズが有名でスリムで長身格好いい『カリブの怪人』と呼ばれたバッターっすよ」
「そーなの? 仰々しい名前だとは思ってたけど、そういう意味だったのね。あいつったら、確信犯ね」
「その、あいつさんは、野球ファンなんっすね?」
「ファンというか、プロ目指して会社の実業団に入っていたわ。一緒に暮らしていたんだけど、会社の野球部が廃部になって。今は南米のどこかの国に行って野球やってるわ。私とデストラーデを置いてね」
なるほど(っす)と球子はうなずいた。
事情は大体分かった。野球の神様としては夢を追いかける若者を暖かく見守りたい。けれどこのままでは、清海が野球嫌いになってしまう。それも神様として困る。むぅ。
「ま、こういうときは、実際に彼氏さんに会って話してみればいいっすね」
「だからあいつは今、地球の裏側に……」
言いかける清海を無視して、球子は右手を掲げ叫んだ。「隠しバットー」
突如球子の右手に金属バットが出現した。
「このバットで空間を吹っ飛ばし、その穴に入ればどこにも行けるっすよ。場外ホームランも真っ青っす。もっとも、日本以外は『ベールボール』なので球ちゃんの管轄外なんっすけどね」
球子は大きくバットを一閃した。何もないところに、ぼやけた空間が出現する。その中に、球子はためらいもなく飛び込んだ。
「ちょっと……っ」
ところ変わって、舞台は南米ベネズエラ。薄暗い冬空が一転して、雲ひとつなく太陽がさんさんと降り注ぐ夏空。
ただっ広い、乾いた土の舞うグラウンドを一人の日本人男性が走っていた。
球子は近づいて声をかけた。
「あなたが彼女さんの彼氏さんっすね」
「えーと。よくわかんね―けど、久しぶりに日本語を聞いた気がする。で、誰?」
「ずばり野球の神様っす。凄いことっすよ。一介のアマチュアのもとに神が降臨したっすからね」
「……はぁ」
「ところで、ここでの生活は楽しいっすか?」
「なんだよ急に。まぁ生活は厳しいけど、みんな真剣に野球しているし楽しいよ。ただ……」
彼がなにか言いかけたとき、背後から叫び声が聞こえた。
「アキラの――」
金属バットを両手に持った清海が一直線に突進してくる。そして、
「馬鹿ーーっっ!」
「ぐあぁっ」
思いっきり彼氏の頭をたたいた。当然ながらその場に倒れるアキラ。後から付いてきたデストラーデが、きゃんきゃんと彼のまわりを走り回る。
「ど、どうしよっ。わたしったら、つい」
動揺する清海の肩を、球子はぽんぽんと叩いた。
「大丈夫っすよ。手に持っているそのバットは、さっき球ちゃんが使ってた物っすよね」
「そう、だけど……」
「だったら楽しい夢を見ているだけっす」
アキラは、なにやら幸せそうな顔をして気絶していた。そしてしばらくすると、頭に金属バットの一撃をくらったとは思えない様子で起き上った。
「清海っ」
アキラは起き上るなり清海に抱きついた。
「ちょ、ちょっとっ。いきなり何よっ」
「今、夢を見て、俺気づいたんだ。こっちでの野球漬けの生活も楽しいけれど、なんか物足りなかった。それはそばに清海がいないからだって」
彼が見た夢、それは彼女と彼氏と一匹のいる生活だった。
「それじゃ……」
「あぁ。日本に戻るよ。プロは無理でも、野球はどこでもできるしな」
「アキラっ」
こうして、球子たちは、アキラとともに日本に戻った。(パスポートとか、入国とかそういう問題も『隠しバット』で解決っす)
「というわけで、これからは二人と一匹、仲良く暮らすっすよ。三つそろえば、AKD砲っす」
「なにそれ? 女の子が48人ぐらいいるやつ?」
「違うって。黄金時代の西武のクリーンナップだろ。気付かなかったけど、言われてみるとそーだよなぁ」
「そうっす。おにーさん、話分かるっすね」
「もーっ、いくわよ。急に日本に戻ってきたから寒くてしょうがないわ」
アキラの腕を引っ張る清海。妬いているのかもしれない。けれど去り際、球子に向けた笑顔は本物だった。
「それじゃね、風邪引かないようにね」
初詣客は来なかったけれど、新年早々、神様としていい仕事ができた満足な球子であった。これで 彼氏の趣味に合わせて清海が野球が好きになってくれれば、神様冥利につきるという――
「ありがとねー。バット売りの少女さん」
球子はずっこけた。
「神様っす!」
初詣ついでに思いついた話です。
後半はあまり関係なくなってしまいましたが、もうお正月って感じでもないので、まっいいか、と(笑)