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連載候補短編

規格外な天才サモナーは人並みの幸せがほしい ~宮廷で命令通り真面目に働いていたら国家反逆罪になった私、敵国の魔王みたいな皇帝に拾われる~

作者: 日之影ソラ

 ここは戦場。

 荒れる大地と立ち上る煙。

 多くの人たちが血を流し、汗を流し、呼吸を乱す。

 誰もが戦い疲れ膝をつく中、凛々しく立ち前を見据える男女がいた。


「――ふっ、やはり最後まで残ったのはお前か」


 男は魔法使いとして圧倒的だった。

 それ故に周囲からは人間でありながら魔王のようだと恐れられた。

 彼はニヤリと笑みをこぼし、眼前の女性を見つめる。


「ここから先は私たちの国です。誰にも踏み荒らさせはしませんよ!」


 彼女の傍らには人ならざる者たちが並ぶ。

 動物ではなく、魔物でもなく、聖霊でもない。

 その名も『神獣』。

 彼女こそ、魔王のような男に唯一対抗できる存在。

 数多の神獣と共に戦う宮廷サモナーの少女。


 互いに意識し合い、何度もしのぎを削った。

 まさに好敵手。

 何度目かわからない邂逅を経て、両者の間には奇妙なシンパシーを感じていた。


「いい加減、この戦いにも終止符を打たねばならんな」

「あなたが戦うのを止めてくれたら、私も止めます」

「それはない。俺は俺を信じる民のためにここにいる。逃げ出すことなど恥でしかない。お前は違うのか?」

「私は……平和に暮らしている人たちを守るために戦っています」


 誰がために戦う。

 互いに似ている理由で戦い、それ故に逃げ出すことを許されない。

 向かい合えば奪い合い、競い合うのは必然。

 問う前からわかっていたことだ。

 男は笑い、彼女に言う。


「ならば勝者を決める他ない。俺が勝てば、お前を貰うぞ」

「え? 私を?」

「お前のような人材は貴重だ。ぜひとも我が国のために働いてもらいたい」

「……ふふっ、光栄ですね。でもごめんなさい。私は……この国の人間なので」


 一瞬だけ表情が緩んだ彼女も、次の瞬間には真剣な眼差しを向ける。


「勝たせていただきます」

「――ふっ、それはできぬ相談だ」


 こうして今日も、好敵手はぶつかり合う。

 国のため、人々の未来のため。

 命をかけて戦う彼らは、まさに国にとっての守護者であり、英雄である。


  ◇◇◇


「――此度の戦も大儀であった。宮廷サモナー、ヒルダよ」

「ありがとうございます。国王陛下」


 オリエント王国の王城。

 戦いを終えた私は王座の間に呼び出され、国王陛下から労いの言葉を貰った。

 膝をつく私に陛下は淡々と決められた流れを全うするように言葉を発する。


「顔をあげるがよい」

「はい」


 ゆっくり顔をあげる。

 相変わらず凛々しい髭と鋭い眼光は、何度見ても気が引き締まる。

 私は陛下が笑った顔を一度も見ていない。

 別に見たいわけじゃないけど、褒めてくれるなら少しくらい表情を崩しても……と思ったことはある。

 もちろん、そんな失礼はことは言わないけど。


「戦況は聞いておる。またしてもアリウス皇帝が出陣していたようだな」

「はい。最前線で戦っておりました」

「それで? 仕留めたのか?」

「いえ……残念ながら決着がつく前にお互い交代を」


 国王陛下の眉がピクリと動き、わずかに苛立ちを感じさせる。

 少しだけ寒気がした。

 だけど特に怒られることはなく、陛下は小さくため息をこぼす。


「……これ以上、アリウス帝国の好きにさせるな」

「は、はい!」


 簡単に言わないでほしい。

 相手は大国をたった一人で相手にできる魔法使いなのだから。

 むしろ私一人で抑え込んでいることを褒めてほしい。

 なんて、口が裂けても言えない。

 私だけが頑張っているわけじゃないのだから。


「もう下がれ」

「はい。失礼いたします」


 私は王座の間を去ろうとする。

 すると陛下が呼び止める。


「時に――」


 私は立ち止まり、振り返る。


「イーリスの所在はわかったのか?」

「い、いえ……まだわかっておりません」

「そうか。早く見つかるとよいな」


 陛下の感情がこもっていないお言葉を聞き、私は王座の間を後にする。

 しばらく王城のないを歩いて、宮廷の建物へと移る。

 私は与えられた仕事部屋に入ると、一目散にソファーへ駆け寄り盛大に飛び込む。


「はぁー……疲れたぁ」


 この部屋まで来れば誰に見られる心配もない。

 多少だらけていても怒られない。

 もっとも、ちゃんと仕事はしているし、怒られる言われないけれど。

 

「相変わらず怖かったなぁ……陛下」


 戦いを終えて帰る私を、陛下は必ず呼び出す。

 労いの言葉は最初だけで、あとは空気がひりつくような現状確認だ。

 隣国アリウス帝国との戦いは、ここ三年に渡り膠着状態。

 国としての規模はオリエント王国が圧倒的に勝っていながら、アリウス帝国との戦いは決着がつかない。

 その原因の主たるものは、かの帝国を統べる王……アレクセイ・アリウス皇帝にある。

 稀代の天才魔法使い。

 若くして皇帝の座につき、自らが戦場に立ち戦う。

 これまでアリウス帝国を侵略しようとした国々を、たった一人で撃退している。

 此度の戦争も、最初にしかけたのは私たちオリエント王国側だった。

 しかし三年経っても成果は得られない。

 そのことに激しい苛立ちを陛下は抱いているのだろう。

 だからって……。


「私一人にぶつけないでほしいなぁ……」


 アリウス帝国と戦っているのは私一人じゃない。

 騎士団、魔法師団、宮廷で働く他のサモナーたちもいる。

 その中で唯一、かの皇帝と戦えるのが私だけだから、必然的に期待をされる。

 期待されるのはいいことだ。

 だけど私はあまり嬉しくなかった。

 そもそも私は、望んで今の地位にいるわけじゃないんだ。


「はぁ……どこに行っちゃったんですか? 師匠」


 私の師匠であり前任の宮廷サモナー。

 彼女が突然いなくなってしまったのも、ちょうど三年ほど前のことだった。


 本当に突然のことだった。

 私にも、陛下にも何も告げず、師匠は蒸発してしまった。

 困惑する私に、陛下は師匠の代わりを務める様に命令した。

 まだ成人にも満たない私が異例の宮廷入りを果たす。

 そこからはあっという間だった。

 オリエント王国がアリウス帝国への侵略を開始し、私も戦場に駆り出された。

 死にたくなかった私は必死に戦って……いつの間にか、最前線で戦わされるようになっていた。


「なんでこうなっちゃったのかなぁ……」


 孤児だった私を師匠は拾ってくれた。

 私の中にあるサモナーとしての才能を見抜いたからだと師匠は言っていたけど、その時から師匠の優しさには気づいていた。

 きっと、孤児院で独りぼっちで泣いていた私を放っておけなかったんだ。

 そんな師匠の優しさを知っていたから、私も師匠のような人になりたいと思った。

 師匠の下で勉強して、宮廷のお手伝いとして働いて。

 師匠はとても凄いサモナーだったから、いろんな場所で活躍していた。

 もちろん、戦場でも。


 ねぇヒルダ。

 あなたが成人になったらこの国を出て一緒に旅をしない?

 戦いもない平和でのんびり生きるのも悪くないと思うの。


 師匠はよくそう言っていた。

 戦いが得意でも好きでもなかった師匠は、戦いが終わって帰還すると必ず辛そうな顔をする。

 そんな師匠を見ていたから、私もいつか師匠と一緒にのんびり暮らしたいと思うようになった。

 劇的な変化なんていらない。

 ただ、人並みの幸せさえあればいい。


 でも、師匠は突然いなくなった。

 最初私は、置いていかれてしまったように感じた。

 それでもすぐにこう思った。

 師匠が私を置いて一人で旅立つことなんてない。

 私は師匠の優しさを信じている。

 だから私は、いつか師匠が帰ってきてくれることを信じて頑張ることにした。

 師匠の居場所を守るために、代わりを精一杯に務めた。

 あれから三年、未だに師匠は見つからない。

 

「……」


 私はソファーでうずくまる。

 来る日も来る日も戦いばかりで、うんざりする。

 いつになったら終わるのだろう。

 いつになれば、師匠は戻ってきてくれるのだろう。

 考えても答えはでない。

 私は諦める様に眠りにつく。


  ◇◇◇


 深夜の王城に明かりがつく。

 外からも見えないようにカーテンを閉め、明かりも最小限に。

 集まっているのは国王を含む王国の重鎮たち。

 一人が国王に言う。


「陛下、そろそろご決断されるべきではありませんか?」

「うむ……お前たちから見て、あの娘をどう見る?」

「きわめて危険かと。話によれば、これまで何度かかの皇帝が引き込もうとしていると聞きます」

「アリウス皇帝がか」


 彼らが語るのは、自国が誇る最高戦力ヒルダの今後。

 彼女の力は強大であり、たった一人で国家を転覆させるだけの力がある。

 今のところ従順に従ってはいるが、力をもつ強者はいつ反旗を翻すかわからない。

 仮に彼女は叛逆すれば、たちまちこの国は終焉を迎える。

 

「準備は出来ているのだろうな?」

「はい。三年前と同じ失敗は繰り返しません。すでに宮廷で何度も実験し、効果は保障されております」

「そうか。ならば急ぐとしよう」


 重鎮たちはニヤリと笑みを浮かべる。

 いかに強大な力をもつサモナーであって、肉体はただの人間でしかない。

 心を破壊し、人形と化してしまえば……あとは好きに動かせる。

 過去、彼らは一度失敗している。

 故に失敗から学び、長い年月をかけて準備してきた。

 

「明日、行動を開始する。先の一手はお前に託そう。ジルベル」

「はい、父上」

 

 裏切りの魔の手は今、若き宮廷サモナーに迫る。


  ◇◇◇


 翌朝。

 私は気だるげに目を覚ます。

 本当はもっと眠っていたいけど、朝になると自然に目が覚めてしまう。

 何時に寝ても必ず同じ時間に目が覚めるのは、戦場に長くいたせいだ。

 

「ぅ……」


 ベッドから起き上がる。

 まったく疲れはとれていないけど、今から寝ようとしても眠れない。

 仕方なく私は朝の仕度を済ませた。


 トントントン――


 ちょうど着替えが終わったところで、扉をノックする音が聞こえる。

 こんなに朝早くから来客なんて珍しい。

 私は寝ぼけた顔を見せないように、頬を軽くたたいてから答える。


「はい」

「――入るよ」


 若い男性の声だった。

 私は扉が開く前に誰かを察する。


「おはよう、ヒルダ」

「おはようございます、ジルベル殿下」


 彼はさわやかな笑顔で朝の挨拶をしてくれた。

 ジルベル・オリエント第一王子。

 その名の通りこの国の王子様で、一応……私の婚約者様でもある。

 元孤児の私がどうして王子様の婚約者になっているのか。

 理由は簡単で、師匠に拾われた時に師匠の養子となり、マーネット男爵の爵位を得た。

 それから功績を重ねるごとに地位が上がり、今では最高位の公爵の位を与えられている。

 何度も戦いに赴き、敵国の侵攻を阻む成果は王国でも評価されていた。

 私は少なからず、国民に対して影響力を持つようになる。

 そんな私を繋ぎ留めておきたかったのかもしれない。

 私が知らぬ間に、ジルベル殿下との婚約の話が進んでいた。

 

「朝早くにすまないね。今日は君に、大事な知らせがあって来たんだ」

「はい。なんでしょう?」


 別に嫌だったわけじゃない。

 ジルベル王子は人格者で、国民からの支持も厚い。

 元孤児の私にも偏見なく接してくれる。

 むしろ有難いくらいだった。

 だから、彼がわざわざ私の元を訪ねてきてくれたのは嬉しく――


「宮廷サモナー、ヒルダ。君を国家反逆の罪で拘束する」

「……へ?」


 私は耳を疑った。

 殿下は顔色一つ変えず、冷たくハッキリと言い放つ。

 国家反逆罪、それは王国における最大級の罪状。

 この国の人間でありながら、国家に仇名す逆賊に課せられる罪の名を……。


「拘束しろ」

「はっ」

「ちょっ、待ってください!」


 私の部屋に大男たちが押し入る。

 服装からして騎士たちだ。

 彼らは迷うことなく私を取り囲み、手や肩を掴んで錠をかける。


「ど、どういうことなんですか! 私が何をしたっていうんですか!」

「君はアリウス帝王と繋がっているそうだね」

「え? 一体何を……」

「惚けても無駄だ。すでに報告を受けている。僕も非常に残念だよ。君のことは心から信じていたのに」


 殿下はやれやれと首を横に振る。

 言っている意味が分からない。

 私がアリウス帝国のスパイだと勘違いされているらしい。

 必死に抵抗する私を、騎士たちが力で抑え込む。


「離してください! 誤解です! 私はアリウス皇帝と何度も戦っているんですよ!」

「それすら演技だったのだろう? でなければあの皇帝と幾度も戦い引き分けるなんてありえない。加えて君はいつも無傷だった。他の者たちが血を流す中、君だけが傷を負っていなかった」

「それは……」


 確かに事実だ。

 私はあまたの戦場で戦い、傷を負っていない。

 サモナーである私は直接戦うわけではなく、相棒の召喚獣たちが戦ってくれる。

 必然、前に出ているようで守られていた。

 私の召喚獣たちは優秀だから、私に害が及ぶこともなかった。

 無傷なのはそのせいだ。

 別にズルをしているわけじゃないし、ちゃんと成果もあげている。

 疑われるようなことは何一つない。


「地下牢に連れていけ」

「はっ!」

「待って! 陛下とお話させてください! これは何かの間違いで――」

「これは父上からの命令だよ」


 殿下は冷たく私を見下ろす。

 これまで一度も見せたことのない……罪人を見る目だ。

 ぞっとする。

 この場で殺されてしまうような気すらして。


「殿下……」

「本当に残念だよ。君が婚約者になってくれた時は嬉しかったのに、こんな結果になってしまって……当然だけど、君との婚約は破棄だ。罪人を妻にする趣味はないからね」

「そんな、私は――」

「言い訳は聞きたくない。さようなら、裏切り者のヒルダ」


  ◇◇◇


 私は騎士に連れられ、地下の暗い牢獄へと収監される。

 王城の地下深く、重罪人だけを捕らえる場所だと聞いたことがあった。

 私以外には誰もいない。

 いいや、誰かがいた跡が残っている。

 目の前の牢獄にあるのは人の骨だろうか。

 私を拘束している手錠は、魔力の流れを阻害し乱す特殊な魔導具だ。

 これを付けている間、魔法使いは魔法を発動できず、サモナーである私も召喚陣の発動が阻害される。


「お前の処遇は追って告げられる。ここで大人しくしているといい」

「……」


 そう私に言い放ち、騎士たちは去って行った。

 見張りはない。

 鉄格子も手錠と同じ素材、構造をしている。

 大男が暴れても出られないくらい頑強で、見張りの必要もないのだろう。

 私はちょこんと硬く冷たい床に座る。


「……なんで……」


 私がこんな目に合わないといけないんだろう。

 命令通り仕事をして、真面目に頑張っていただけなのに。

 

「きっと大丈夫。こんなの冤罪なんだから」


 明日なれば解放されるはずだ。

 私に反逆の意思はない。

 アリウス皇帝と通じていたなんて証拠、どこにもないんだから。

 そう信じて待つことにした。


 三日後。


「ぅ……」


 一向に出してもらえる気配はない。

 それどころか食事もロクに配給されない。

 カビの生えたパンが一つと、ごく少量の水だけだ。

 睡眠もほとんどとれていない。

 お腹は減り、倦怠感で力が抜ける。

 

 いつになったら出られるの?


 三日前の希望は消えてなくなりつつあった。

 そんな私の元に、コトンコトンと足音が響く。

 食事の配給の時間には早い。

 姿を見せた騎士が、虚ろな私に向けて言う。


「貴様の処分が決まった。明日、極刑に処す」

「……」


 騎士はそれだけ言って去って行く。

 私は驚かなかった。 

 ここまで放置されたんだ。

 きっと冤罪は晴れず、国家反逆者として処罰される。

 死罪になるのは当然だろう。


「……当然?」


 何が?

 どこが?

 私は何も悪いことなんてしていない。

 いつだって国のために、命令通りに働いた。

 戦いなんて好きじゃないのに、精一杯頑張って、少しでも役に立てるように……。


 その結果がこれ?

 いわれのない罪を被せられ、言い訳もできないまま殺される?

 これが当然?

 そんな風に思えるほど、私は物分かりのいい人間じゃない。


「こんなの……」


 嫌だ。

 こんな終わり方を私は認めない。

 悲劇的な結末なんてまっぴらだ。

 私が望むのは、極々平凡な日常の中にある当たり前の幸せ。

 喜劇的な人生じゃなくていい。

 私はただ、人並みの幸せがほしいだけなんだ。

 このまま待っても助けなんてこない。

 疑いも晴れない。

 どうせ殺されてしまうだけなら……。


「ごめんなさい、師匠」


 私は生きるために抗おう。

 今度は王国のためじゃなくて、自分のために。

 そう決めて、なけなしの力を振り絞る。


「おいで……ウルちゃん」


 足元に発動させた召喚陣。

 私の呼び声に応えてくれたのは、白銀の狼。

 堅狼と呼ばれる神獣で、私はウルちゃんと呼んでいる。

 ウルちゃんは私を背に乗せると、私を捕らえている牢獄の檻に唸り声をあげる。


「お願い……壊して」


 私の声にウルちゃんが応えて遠吠えをする。

 迷いなき突進に、牢獄の檻はいともたやすく破壊される。

 そのまま階段を駆け上る。


「何だ今の音は?」

「脱獄? どういうことだ! 手錠をしているはずだろ!」


 途中ですれ違った騎士たちが慌てていた。

 私の両手は今も拘束されている。

 本来ならば魔力の流れが乱され、召喚陣が発動できない。

 ただし、私が契約しているのは魔物ではなく、動物でもなく、『神獣』だ。

 神獣は神様に仕える獣。

 そんな彼らと契約している私には、神様と同じ聖なる力が流れていた。

 手錠で魔力は阻害できても、聖なる力は阻めない。

 

「逃がすな! 魔法師団に増援を要請しろ!」

「陛下から授かった魔導具を使うんだ!」

「このまま外へ」


 騎士たちが叫ぶ中、私はウルちゃんに乗って地下を脱出する。

 そのまま王城内を駆け回り、警備をかいくぐって外へと出ることに成功する。

 安全な場所までたどり着くには遠い。

 私はとにかくまっすぐ、王都をかけて外へ向かう。

 外はちょうど満月が綺麗な夜だった。

 久しぶりの外の空気、冷たい風。

 ボロボロの身体にしみわたり、少しだけ元気がでる。

 

 王都の街並みと、背に見える王城。

 師匠に拾われてから十年以上過ごした場所だ。

 愛着はもちろんある。

 けれどもう、あの場所にはいられない。

 おそらく二度と、ここに戻ってくることもないだろう。


「さようなら……」


 いなくなった師匠も自分の脚で探そう。

 見つけ出して、今までのことを話して、ちゃんと謝ってもらうんだ。

 それで仲直りして、師匠と一緒にのんびり旅をする。

 どこか住みやすそうな国を見つけて永住するのも悪くない。

 そう考えると、少しワクワクしている。

 何に縛られる必要もなく、自由に生きられるのなら。


「――そこまでだ!」

「きゃっ!」


 突然、何もない場所で衝撃を受ける。

 ウルちゃんから転げ落ち、すぐに顔を挙げると……。


「もう逃げられないぞ」


 魔法師団に属する魔法使いが私を取り囲んでいた。

 何かにぶつかったと思ったのは、彼らが張った強固な結界だ。

 今の衝撃でウルちゃんとの接続が切れ、ウルちゃんは消えてしまっている。

 三日間の疲れのせいで、上手く力が入らない。

 普段ならこんな程度で召喚術が使えなくなることもないのに。

 自分が思っている以上に、私の身体が限界に達していた。


「っ、う……」

「逃げられると思うか?」


 私は立ち上がろうとして、すぐに転ぶ。

 脚に力が入らない。


「ふっ、もはや立つこともできないか。無様だな……宮廷の元最高戦力」

「……わ、私は……何も悪いことはしていません」

「馬鹿なことをいう。ならばなぜ逃げた? 今こうしていることが何よりの証拠だろう?」


 話したところで信じてはもらえない。

 男たちは私を取り囲む。

 私は必死にもがき逃げようとする。

 その手を乱暴につかみ、髪を掴んで持ち上げる。


「っ……」

「おい、あれを出せ」


 男の一人が黒い輪っかを取り出す。

 一目見た瞬間、寒気がした。

 嫌な感じだ。

 ただの輪じゃない。

 

「それは……」

「喜べ罪人、優しい陛下の意向で死罪は免れる。その代わり、お前は一生この国に奉仕する人形になるんだ」

「何を……」

「この首輪をつければ全て忘れられる。何もかも忘れ、考えられなくなって、ただ命令を遂行する人形になれるんだ。光栄に思え」


 男が取り出した腕輪は、人の精神に干渉する魔導具だったらしい。

 私の嫌な予感は当たっていた。

 必死に抵抗を試みるものの、取り押さえられ動けない。


「や、やめて!」

「安心しろ。お前は何も考えなくていい」

「そんなの……」


 嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 首を振り、最後の力を振り絞って抵抗する。

 もちろん通じない。

 私の些細な抵抗は空しく散り、男たちは笑みを浮かべながら首輪をハメようとする。


「――誰か」


 助けて。


 生まれて初めてかもしれない。

 心から誰かに、助けを求めたのは。

 届くはずもないのに。


「いいや、しかと聞こえたぞ」

「……え?」


 瞬間、突風が吹き荒れる。

 私を拘束していた男たちは四方に吹き飛び、私はふわりと空中に舞い上がる。

 そのまま落下しそうなところを、優しく抱きかかえられた。

 私は、自分を救ってくれた人の顔を見上げる。 


「あなた……は……」

「数日ぶりだな? 俺の好敵手」


 そこにいたのは、オリエント王国最大の障害。

 私が何度も戦った相手。

 かのアリウス帝国皇帝、アレクセイ・アリウスだった。


「どうして……」

「馬鹿な! なぜアリウスの皇帝がここにいる!」


 吹き飛ばされた彼らが慌てて戻り、驚愕を露にする。

 私も同じ疑問を抱いていた。

 すると皇帝はニヤリと笑みを浮かべて言う。


「簡単な話だ。俺には少し先の未来が見えるのでな」

「未来が……だと?」

「ふっ、なるほど、卑劣な手を考えるものだな」


 皇帝は男が持っている首輪を見て嘲笑う。

 まるで全てを察しているように。


「その首輪でこの娘を支配しようとしたか? 強大な力をもつ存在を道具のように扱いたいなど……浅はかにも程がある」

「くっ……だが好都合だ。皇帝自ら一人で現れるなど、愚かな蛮勇だ!」


 彼らは皇帝を取り囲み、彼に向けて魔法陣を展開する。

 全員が魔法師団の中でもトップクラスの実力を持つ魔法使いであり、国王陛下直属の部下だ。

 加えて皇帝は私を抱きかかえている。

 圧倒的不利な状況で、彼はため息をこぼす。


「邪魔だ。お前たちに用はない」


 その一言の直後、皇帝を中心に四方へ衝撃波が発生する。

 一瞬だった。

 彼らに魔法を使わせる間を与えず、遠い彼方へと吹き飛ばしてしまった。

 地面や木々はえぐれ、中心に私たちだけが残る。


「用があるのはお前だ。ヒルダ」

「私……」

「お前には二つの選択肢がある。このまま一人で逃げるか。それとも、俺と共に来るか」

「あなたと?」


 皇帝は小さく頷く。

 抱きかかえた私に治癒の魔法を施し、わずかに身体が軽くなった。

 彼はゆっくりと私を下ろし、私も自分の脚で立つ。


「理由はどうあれ、お前はもはやオリエントには戻れない。一人で逃げたとしても、必ず追われ続けることになるだろうな」

「……あなたと一緒なら、追われずに済むんですか?」

「いいや、それはない」

「ですよね……」


 どこに逃げても隠れても、オリエント王国は私の敵になった。

 あの国王陛下のことだから、生きている限り諦めてはくれないはずだ。

 思い返せば今回の出来事も、最初から仕組まれていたことのように思える。

 もうどこにも私の居場所はない。

 これからは一人で……戦うしかないんだ。


「俺と一緒にくれば、俺が共に戦ってやろう」

「――! 一緒に……?」

「ああ、平穏は約束できない。俺の国も他国から侵略を受けている最中だからな。が、お前の安全はこの俺が保証しよう」

「保証って……私にも戦ってほしいってことですよね?」

「そうだ」


 皇帝はあっさりと認めた。

 彼と共にくれば、彼と一緒に他の国々と戦うことになる。

 戦いは避けられない。

 その代わり、安全を保障するらしいけど、戦わせるくせにどうやって安全を保障するつもりなのだろう。

 

「簡単なことだ。俺と共にいる限り、俺がお前を守ってやろう」

「私を……あなたが?」

「そうだ。この世で俺より強い魔法使いはいない。ならば俺の傍にいることが一番安全だ」

「す、すごい自信ですね……」


 実際その通りだから否定はできない。

 大陸にある数十の国々の中でも、彼を超える魔法使いはいないと言われている。

 何度も戦ったことがある私が、その強さを身をもって体感していた。


「自信ではなく確信だ。この俺と戦いになる者など……数えるほどしか知らない」


 そう言いながら、皇帝は私を見つめる。

 戦場で見せる者とは違う……穏やかで澄んだ目を向ける。


「その一人がお前だ」

「私……」

「誇れ。お前はその中でも選りすぐりだ。この俺と戦い、一度も傷を負ったことがないだろう? そんな人間はお前だけだぞ。まさに規格外だ」

「それをいうならあなただって、一度も怪我してないですよね?」


 戦場で度々顔を合わせ、私以外の人とも戦っている。

 彼が怪我をしている姿は見たことがない。

 私との戦いでも終始楽しそうに魔法を使って、最後は戦況を見て適度に離脱する。

 決着がつくまで戦えていないのもあるけど、私からすれば十分に皇帝は規格外だった。


「そうだな。お互い様だ。だからこそこう考えるようになった。俺とお前が力を合わせれば、何人も抗うことはできない圧倒的な力を得る。そうなれば、挑む者すらいなくなるのではないか」

「挑む者すら……」


 それはすなわち、戦いが起こらない世界。

 力による抑圧。

 強引だけど確かな平和を生み出すことができる理想のような話だ。


「俺は戦いが好きだ。だが、理不尽に奪い苦しみを生む戦いに興味はない。戦いとは自由であるべきだ。そして国も、民も、もっと自由に生きるべきだと思っている」

「……理想的ですね」

「その理想を叶えるには力がいる。俺一人では足りない力だ。だからお前に期待していた」


 皇帝は私に右手を差し出す。

 私はその手を見て、視線を皇帝の顔に移す。

 彼はまっすぐ私を見ていた。

 曇りなき瞳で、よどみなき魂を燃やして。


「お前となら、そんな馬鹿げた理想を叶えられる気がする。お前の力を、俺に、俺の国に貸してくれないか?」


 こんなこと、誰に予想できただろうか。

 絶望の中で逃げ出して、絶体絶命のピンチを救ってくれたのは……敵国の皇帝。

 そして皇帝から直々のお誘いまで受ける。

 行き場のない私にとって、それは願ってもない誘いだった。

 けれど不安はある。

 この手を取れば、私はまた戦場に出ることになる。

 かつてともに戦った者たちとも、敵として戦うことになるかもしれない。

 いいや、そうなるだろう。

 戦って、戦って……また裏切られるんじゃないか。

 そんな不安がどうしても浮かぶ。


「お前が力を貸してくれるなら、俺も全力でお前の願いを叶えよう」

「私の……願い?」

「そうだ。お前は何を望む? どんな未来を掴みたい? このまま逃げて、理想の未来を摘まみとれると思うか?」

「私は……」


 私が望む未来、その理想。

 人並みの幸せがあればいい。

 そう思っていた。

 戦いなんて好きじゃない。

 だけど、私が求める未来に逃げるだけでたどり着けるとは……思えない。

 そう……。


「戦うしかない……」

「そうだとすれば、俺も共に戦おう」

「……どうして、どこまでしてくれるんですか? 私はあなたの……敵だったんですよ」

「敵だったからこそだ」


 彼はまっすぐに答える。

 矛盾に満ちた言葉を。


「敵として幾度となく戦った。だからわかることもある。お前が何のために戦い、生きようとしていたのか。見てきたからこそ信頼できる」

「信頼……」

「というのもあるが、一番はただ、お前のことが気に入ったからだ。か弱き民のために戦う姿は、その小さな体に不釣り合いなものを背を和されて尚、まっすぐ立っていたお前は、俺には美しく見えたぞ」

「――!」


 戦う姿が美しいなんて、人生で初めて言われた。

 いいや、一度だけ。

 師匠が召喚術を使う私に言ってくれたことがあった。


 ヒルダの力は素直で綺麗ね。

 私は好きよ。


「師匠……」


 今こそ、決断する時なのだろう。

 人生の転機が訪れている。

 この選択が、私の未来を決めるかもしれない。


「二つ、約束してください」

「なんだ?」

「一つは、いなくなった師匠を探しています。それに協力してほしいです」

「いいだろう。お前を育てた師には興味がある。もう一つは?」

「もう一つは……」


 私が望む未来、その約束。


「必ず、平和で穏やかな生活が送れること約束してください!」

「保証しよう! お前とならそれが叶う。俺に力を貸してくれ!」

「――わかりました」


 全て信じられたわけじゃない。

 けれど、師匠と同じ言葉をくれたこの人は……少なくとも悪人じゃない。

 何度も戦った。

 この人が本気なら、もっと大勢の人を傷つけ、殺すことだってできた。

 私は知っている。

 彼がいつも、戦いの中で敵の命を案じていたことを。


「ならばいい加減、この手をとってくれないか? 格好がつかないだろ?」

「あ、はい、すみませ――ん?」

 

 私が彼の手を握った途端、ぐいっと引っ張られ彼の胸へ。

 そのまま抱きかかえられた私を、得意げな表情で皇帝が見下ろす。


「では行こうか。俺たちの国へ」

「こ、この格好で……ですか?」

「歩けないだろう? 不服か?」

「あ、その……恥ずかしくて……」


 男性に抱きかけられるなんて経験、これが初めてだったから。


「しばらく我慢するといい。その代わり、涙を堪える必要はないぞ」

「……」

「今は俺しか見ていない。泣きたければ……好きにするといい」

「ぅ……ずるい、ですね」


 今、そんな優しい言葉をかけられたら……あふれ出る。

 感情が、堪えていた痛みが。

 私の瞳から溢れる涙は、頬を伝わり落ちて、皇帝の胸を濡らす。


「皆、勘違いをしている。俺たちは……変わらず一人の人間だということを」


 もしかすると、これも初めてかもしれない。

 一人のか弱い女性として扱って貰えたのは……。

最後まで読んで頂きありがとうございます!

一応こちらも連載候補ではありますが、どうするかは反応を見つつ考えるつもりです。

少しでも楽しんで頂けたでしょうか?

もし少しでも楽しい、続きが気になると思って頂けたなら!!

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これからも頑張ろうというモチベ向上、励みになります。


新作投稿です!

自信作です!!!

タイトルは――


『婚約破棄に追放されても知っていたので平気ですよ! ~平民の癖に生意気だと罵られた新米魔法使いオルトリア、無自覚な天才っぷりを発揮して英雄公爵様に溺愛される~』


ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!

リンクから飛べない場合は、以下のアドレスをコピーしてください。


https://ncode.syosetu.com/n5023ic/

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婚約破棄に追放されても知っていたので平気ですよ! ~平民の癖に生意気だと罵られた新米魔法使いオルトリア、無自覚な天才っぷりを発揮して英雄公爵様に溺愛される~
https://ncode.syosetu.com/n5023ic/

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 話の流れから師匠も同じ目にあったと思うけど、ぶじなのかが気になる。
[良い点] 続きを期待しています。
[一言] 続きが楽しみです。
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