070 第1ミッション
朝9時59分
俺達は食堂に集まっていた。
美咲の手料理を平らげ、10時になるのを待っている。
「どんなミッションになるっすかねー」
「たしかギルドごとにミッションの内容が異なるんだっけ?」
隣に座っている麻衣が俺を一瞥した。
「そのはずだ。難易度は人数に比例するといいのにな」
「それだったら私ら最強じゃん!」
「だろー?」
話をしていると運命の10時00分がやってきた。
全員のスマホが一斉に鳴る。
俺、麻衣、燈花の三人が同時に「来た!」と声を上げた。
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【第1ミッション】
〈地図〉に表示されているエリアボスを討伐する。
制限時間:24時間
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見終わった瞬間、俺達はげんなりした。
「エリアボスとはリヴァイアサンのような魔物のことですよね?」
向かいの席に座る美咲の眉間に皺が寄った。
「そうだろう、たぶん」
ボスの場所を確認するため〈地図〉を開く。
そして、ただでさえ険しい表情がますます険しくなった。
場所があまりにも酷かったのだ。
――海である。
「海のボスとか無理っしょ!」
「始まる前から絶望感がやばいっすねー」
「他はどうなんだろうな。もっと楽なのかな」
グループチャットでミッションの情報を求める。
すると、次から次に「ウチのミッションは……」と返ってきた。
その結果、全ギルドのミッションがボス退治だと分かった。
「どういうこと? ギルドごとに内容が違うんじゃないの?」
麻衣はスマホを見ながら不思議そうに言った。
「倒すボスの種類が異なるという意味だったようだな」
俺達以外のギルドは湖のボスが対象だった。
原則として拠点の最寄りに棲息するボスが指定されるようだ。
遠いところの敵を指定された例外は俺達だけだった。
「なんで人数の少ない私らが大変な敵を回されるんだよー」
不平等じゃん、とご立腹の麻衣。
「船と城があるからだろう、たぶん」
俺は立ち上がり、手を叩いて皆の注目を集めた。
「とりあえず現場に向かおう。もしかしたら海のほうが楽かもしれないぜ」
「本気でそんな風に思ってる?」
「……いや、ぜってぇ海のほうがきつい」
麻衣が「ですよねー」と苦笑いを浮かべた。
◇
ボスの場所まで船が進む中、俺達は早めの昼食を済ませていた。
「船をアップグレードしておいて正解だったな」
「これだけ広いと快適ですよね」
甲板に出て美咲と二人で話す。
他の連中は船内で戦闘の時に備えていた。
「ところで美咲、ボス戦が間もなく始まるって時にする話じゃないとは思うんだけど、一つ質問してもいいか?」
「もちろん大丈夫ですよ。なんでしょうか」
「美咲ってスカートが好きなのか?」
今日の美咲は淡い紫色のトップスに紺のフレアスカートという装い。
靴はローヒールのパンプスで、細くて綺麗な足首が見えていた。
「はい、好きです。どうして分かったのですか?」
「いつもスカートを穿いているからな」
ズボン姿の美咲を見たことがなかった。
種類は違えど何かしらのスカートを穿いている。
もしくは何も穿かずにダボダボのシャツで誤魔化していた。
「よく見ていますね」
俺は照れを隠すように小さく笑った。
「ズボンは穿かないのか?」
「基本的には穿きません。嫌いなんです」
「なるほど」
「服装といえば、麻衣さんがオシャレですよね」
「インフルエンサーは伊達じゃないってことだな」
そこから皆の服装について話す。
頃合いを見計らって、俺は〈地図〉を確認した。
「そろそろだな」
「私達も船内に戻りますか」
「そうだな」
ボスを確認するのに甲板へ出る必要はない。
麻衣が帆柱にカメラを設置してくれたからだ。
肉眼よりも高い位置にあるからよく見える。
「戻ったね、風斗。クエストが出たよー」
麻衣が言った。
「クエストって、ボスの討伐か?」
「そそ! 報酬は450万だって!」
「450!? リヴァイアサンの倍以上じゃねぇか!」
「やばいよねー、これはやばい!」
絶望的すぎて麻衣のテンションがおかしくなっている。
「ま、戦えばどうにかなるかもしれないぜ。報酬の多寡が全てじゃない」
「……で、本音は?」
「やばすぎて頭が爆発しそうだっての!」
「だーよねー!」
麻衣のテンションが伝染して俺までおかしくなっていた。
「クエストが発生する距離まで来たわけだし、船はこの辺りでストップだな」
船をとめて〈クエスト〉を確認する。
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【内容】レジェンド・ナーガに勝利する
【報酬】450万pt
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麻衣の言った通りだった。
フィールドは海で、報酬は過去最高額。
変な笑いがこぼれる条件だがやるしかない。
「バリスタの改良は済んでいるな?」
「もちろんっすよー!」
舷側の窓際にいる燈花が答えた。
彼女の周辺には一回り大きくなったバリスタが並んでいる。
大型化によって威力が高まり射程距離も伸びた。
「なら始めるとしよう」
「「「「了解!」」」」
女性陣がバリスタの前に立つ。
俺はスマホを取り出し、船の自動操縦機能を調整。
敵が現れるであろう位置にバリスタを向けたら〈クエスト〉へ。
「いくぜ、クエスト開始だ!」
ポチッと画面をタップ。
次の瞬間、数十メートル前方にボスが出現した。
「フシャアアアアアアアアア!」
下半身が蛇で上半身が人型の魔物だ。
ナーガの名前から連想した通りの姿をしている。
武器は両手持ちの三叉槍。
胴体や蛇の部分はしっかり鎧で守られている。
そいつを見た俺達の感想は共通していた。
「おいおい、デカすぎだろ」
「海であのサイズは反則っしょ!」
「ヤバすぎっすー!」
海から出ている範囲だけでも10メートル級だ。
喩えるなら4階建てのアパートと同程度のサイズ感。
陸でもきついが、海だと尚更にきつい。
「風斗、どうする?」
由香里が尋ねてきた。
「どうするもこうするもねぇ! 放てぇ!」
バリスタの一斉射撃によって戦闘が幕を開ける。
「多少の距離があるとはいえ強化したバリスタなら――」
話している最中に追加の絶望が俺達を襲った。
バリスタの矢が敵の鎧に弾かれたのだ。
「ちょっと! バリスタが効かないじゃん!」
「私達にできる最強の攻撃なのにやばいっすよ!」
「風斗君、どうすれば……」
いつもなら撤退するところだ。
下がって対策を練ろう、と言っている。
それが正解だが――。
「距離を詰めて再攻撃だ。バリスタでどうにかするしかない!」
俺は焦っていた。
その自覚はあるが、それでも突っ込む。
退いたところで名案が浮かぶとは思わなかった。
燈花も言っていたが、バリスタは最強の攻撃手段だ。
もし通用しなければ、どうやっても勝つことはできない。
そう思った。
「近距離から連射して鎧を破って――」
「待って! 何かしてくるよ!」
麻衣の言葉で気づく。
ナーガが頭上で三叉槍を回し始めたのだ。
それが何を意味するのかすぐに分かった。
「炎だ!」
ナーガの周辺に複数の火柱が現れた。
それらは等間隔にナーガを囲み、時計回りに動いている。
速度は大して速くない。
「風斗、このまま突っ込んだら炎に当たっちゃうよ!」
「たぶん大丈夫だ。懐に潜り込めるぞ!」
という俺の考えは甘かった。
船尾かどこかに炎が当たってしまったのだ。
ドゴォと轟音が鳴り響く。
「燃えてるって風斗! 船が燃えてる!」
麻衣がカメラを動かして被弾場所を映す。
思った通り船尾で、思った以上に激しく燃えていた。
「消火器で消火っすよー!」
「いや、修復機能だ!」
俺はポイントを支払って船を修復。
炎が消えて事なきを得た。
「柱の内側まで来たんだ! 今度こそ! 放て!」
バリスタ攻撃を再開。
だが、またしても鎧に弾かれてしまった。
「風斗、あの鎧は破れないと思う」
由香里が落ち着いた口調で言う。
「だが、バリスタじゃ射角が足りなくて頭部は狙えないぞ」
「私が甲板に出て射かけようか?」
「頼む」と言った直後に、「いや」と訂正した。
土壇場で頭が冷静になり、別の選択を導き出した。
「……退こう」
皆は真剣な表情で頷いた。
「麻衣と燈花は修復機能を即使えるよう準備してくれ。美咲と由香里は万が一に備えて万能薬と水を持って待機だ」
船の針路を修正。
ナーガとは真逆の方向へ走らせた。
「フシャアアアアアアア!」
ナーガは三叉槍を海に打ち付けた。
それによって生じた津波が船を襲う。
「うわぁ!」
船が大きく揺れて、皆で床を転がる。
幸いにも大した怪我をしないで済んだ。
船も無事だ。
厳密には大打撃を受けたが、即座に修復された。
「フシャアア……」
一定の距離に達したことでナーガが消えた。
どうにか撤退完了だ。
俺達は「ふぅ」と安堵の息を吐いた。
「すまん、焦りのあまり皆を危険にさらしてしまった」
落ち着いたところで謝る。
「そんなこともあるって! どんまい!」
「距離を詰めるのは悪くないと思ったっすけどねー!」
「同感です。風斗君の作戦は悪くなかったですよ」
「敵が強かった」
皆の温かい言葉に涙が出そうになる。
だが、泣いている場合ではない。
「あの怪物をどうやって倒すか考えるとしよう」
「諦めるつもりはないわけね?」と麻衣。
「もちろん。それに同じ轍を踏むつもりもない」
作戦会議だ。次は勝つ。
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