030 島からの脱出
由香里からのメッセージは驚異的な短さだった。
一言「外で待っている」のみ。
絵文字やスタンプの類は一切なく、本当にただそれだけだ。
「ちょっと外の様子を見てくる」
「どうしてここの場所が分かったんだろ? 教えたの?」
麻衣が怪訝そうな目を向けてくる。
「教えていないよ。大まかな場所に当たりを付けて探したのだろう」
由香里の知り得る情報から俺達の拠点を割り出すのはそう難しくない。
その気になれば俺にだって可能だ。
「じゃ、行ってくる」
「付き添いましょうか?」
美咲が心配そうにしている。
俺は「大丈夫」と返し、一人でダイニングを後にした。
出入口から伸びる通路に立って外を見る。
背中に大きな和弓を担いだ制服姿の金髪美人が一人で立っていた。
由香里だ。
「どうも、俺達に何か用かな?」
防壁のギリギリ内側まで近づいて話す。
由香里はペコリと頭を下げて距離を詰めてきた。
「私もギルドに入れてほしい。島からの脱出に参加したい」
「残念ながら今はメンバーを募集していないんだ」
「断る前にステータスを見て」
由香里はスマホを取り出した。
〈ステータス〉を開き、画面をこちらに向ける。
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【名 前】弓場 由香里
【スキル】
・狩人:17
・細工師:4
・戦士:4
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【狩人】のレベルが恐ろしく高い。
「レベル17って……ボスでも乱獲したのか?」
「ううん、サバンナの魔物をずっと狩っていた」
「それだけでここまで上げたのか。この短期間で」
大した腕だ。
全国に名を轟かす弓術の腕前は伊達ではない。
「私、戦闘で役に立てるよ。脱出の時に敵と戦うかもしれないでしょ?」
「たしかに」
「だからお願い」
「うーん……」
脱出に際して戦闘の可能性がないとは言い切れなかった。
そして戦闘になった場合、今の戦力だけでは不安だ。
俺と麻衣はザコだし、美咲のアルコール覚醒は継戦能力に欠ける。
弓使いの由香里が加わることの安心感は計り知れない。
それでも俺の反応が渋いのには理由があった。
「質問なんだが、栗原のギルドはどうした? 脱退金制度を設けるくらいだから、掛け持ちなんて絶対に許さないだろ、アイツ」
仕様的には複数のギルドに所属できる。
ただ、実際に掛け持ちできるかどうかは別の話。
栗原は明らかに掛け持ちを嫌うタイプだ。
「栗原のギルドは抜けた」
「30万の脱退金を払ったのか」
「うん」
由香里が所持金を見せてきた。
その額を見てこれまた驚かされる。
なんと130万も持っていたのだ。
「脱出に参加させてくれるなら100万pt支払う」
「いや、お金の問題じゃなくてだな……」
「入れてあげたらいいじゃん」
背後から声がする。
振り返ると麻衣がいた。
美咲と一緒に近づいてくる。
「風斗が懸念しているのは弓場先輩の加入じゃないでしょ?」
「そうなんだよ」
由香里が「どういうこと?」と俺を見る。
「グループチャットを見ているなら分かると思うが、俺達の脱出計画に参加したがっている生徒は他にもいる。特に先の徘徊者戦が終わってから急増中だ。そういった連中を断っておきながら由香里だけ受け入れるのは不義理な感じがしてな」
「風斗は生真面目なんだよねぇ」と俺の頭をクシャクシャする麻衣。
由香里は無表情で「なるほど」と呟いた。
「話を盗み聞きしていたんだけど、弓場先輩は100万払うって言ってたでしょ」
麻衣は俺に向かって言ったのだが、由香里が「うん」と頷いた。
「それで思ったんだけど、参加料として100万を貰うことにしたらどう?」
「どういうことだ?」
「脱出の開始時刻を少しずらして3時間後にする。で、今から2時間は参加希望者を受け付ける。参加したいなら100万払えってグループチャットで言うの。人数が増えたら船を大きくする必要があるから、100万はそれに使うってことで」
名案だ。
「普通の奴は100万なんて払えないから参加を希望するのは由香里だけになる。公平性を保ちながら彼女を仲間にできるわけだ」
「そゆこと! これで問題解決!」
「天才だな。でも、もし誰かがお金を持ってきたらどうする?」
「その時は混ぜてあげるしかないっしょ」
「ま、そうなるか」
「あと、この案には一つ欠点があるんだよね」
「なんだ?」
「拠点の場所を皆に知られちゃうこと。別の集合場所を設定してもいいけど、面倒なだけで大した効果は期待できないと思う」
「その点は別にいいんじゃないか。由香里がここを見つけたように、その気になれば今でも特定できてしまうわけだし」
「まぁね」
「よし、麻衣の提案を採用しよう」
さっそくグループチャットで脱出メンバーを募集した。
◇
拠点の外で待つこと2時間。
案の定、由香里以外の参加希望者は現れなかった。
「受付時間終了だ――よろしく、由香里」
こうして、弓場由香里が俺達のギルドに加わった。
「弓場先輩よろしくー!」
「呼び捨てでいいよ、麻衣」
「了解! 日本に戻ったらコラボ配信しようねー!」
「やだ」
「えぇぇ!」
「よろしくお願いしますね、由香里さん」
「はい、高原先生」
「私のことは美咲でいいですよ。ここでは生徒と教師ではなく、一人の仲間として接してください」
「分かりました、美咲さん」
俺は「さっそくで悪いが」と由香里を見る。
「100万じゃなくていいから、いくらかギルドの金庫に寄付してもらえると助かる」
「分かった」
そう言って、由香里は何食わぬ顔で120万を金庫に入れた。
「100万じゃなくていいとは言ったが、まさかそれ以上突っ込むとは……」
「ダメだった?」
「いや、助かったよ、ありがとう」
「こちらこそギルドに入れてくれてありがとう」
「戦闘になった時はよろしく頼むぜ」
「任せて」
新たなメンバーを加えて、俺達4人は海に向かった。
◇
海に着いたら小型帆船を購入。
ライフラフトや数日分の食糧など、事前に決めていた物を積んだ。
全ての準備が済んだ時、ちょうど出航予定時刻の12時になった。
「忘れ物はないな? 行くぞ!」
スマホで船の針路を東に設定。
「出航ォ!」
画面をタップすると、スループがおもむろに動き始めた。
錨が自動で上がり、帆が展開していく。
「見て見て、帆が小刻みに動いているよ!」
「針路を微調整しているのだろう」
早くも自動操縦機能を搭載して正解だと思った。
俺はスマホで船の状態を確認。
速度がぐんぐん上がっていた。
「船を買って分かったんだが、船は異次元に収納・召喚できるらしい」
「船内の道具や食糧はどうなるの?」と由香里。
「船と一緒に扱われるようだ。あと収納中は経年劣化しないんだとさ」
由香里は「へぇ」と言っておにぎりを囓る。
島を出る前に美咲が握ったものだ。
「うげぇ、酔ってきたよぉ」
先程まで元気だった麻衣の顔が青白くなっている。
「たしかにこのスピードは気を抜くと酔いそうですね」と美咲。
船の速度は10ノットを超えていた。
それだけに揺れも大きい。
「このペースなら1時間以内に帰還できるが我慢できそうか?」
「ぐるじぃ……」
いよいよ船の外に向かって吐こうとする麻衣。
「ちょっと待ってろ」
俺は〈ショップ〉を開いて酔い止めがないか探す。
酔いを予防するタイプと治すタイプが見つかった。
どちらも1万ptと割高だが、とりあえず両方とも購入。
「飲んでみろ。たぶん効くだろう」
「ありがどぉ……」
麻衣は死にそうな顔で二種類の酔い止めを飲む。
すると――。
「治った! 元気になったー!」
――たちまち回復した。
「流石に嘘だろ」
「マジだって! マジマジ!」
ボディビルダーのようなポーズを決める麻衣。
本当に元気そうだ。
恐るべしコクーン産ドラッグ。
「荒波で酔ったら困るし俺達も飲んでおこう」
美咲と由香里に酔い止めを渡す。
事前に酔いを防ぐタイプなので効果が分からなかった。
麻衣の様子を見る限り効いているだろう、たぶん。
「麻衣の船酔いも落ち着いたことだし、後は何かあるまで自由に過ごそう」
女性陣は三方に散らばった。
麻衣は船首でカシャカシャと自撮りに耽っている。
美咲は船尾で島の様子を眺めていて、由香里はすぐ近くに座っていた。
「隣いいかな?」
俺は由香里に話しかけた。
「どうぞ」
失礼、と彼女の隣に腰を下ろす。
甲板の壁にもたれながらあぐらを掻く。
由香里には訊きたいことがあった。
「今さらだけど、初日にフレンド申請をしてきたのはどうしてだ?」
「頼もしそうだったから。仲間になりたかった」
「その結果、俺の牛田雅人って偽名に気づいたよな?」
「うん」
「どうして皆に言わなかったの?」
「それが正しい判断だと思った」
「なんで?」
「私が風斗の立場なら同じように振る舞っていたから」
「なるほど」
俺の疑問は尽きない。
「仲間になりたかったのなら、吉岡のところを抜けてこっちに来れば良かったのに。どうして今まで栗原のところにいたんだ?」
「本当は二日目に行く予定だった。でも、栗原のギルドに参加するって話になったから。栗原のギルドも見たかった」
「栗原のギルドはどうだった?」
「雰囲気が悪くなってきている」
「何かあったの?」
「風斗らがボスを倒したから」
「俺に怒っているのか」
「ううん、ギルドメンバーに怒っていた」
「ギルドメンバーに?」
「風斗らより人数が多いのに後れを取ったのが許せないみたい。それで、ちょっと雰囲気が悪くなりつつある」
「ふむ」
「あと、私が抜けるのも癇に障ったみたい」
「なるほど」
こういう話を聞いていると少人数で良かったと思う。
ただでさえ徘徊者やら何やら大変なのにギスギスしたくない。
「そこの二人ー、会話をやめてこっちにこーい! 美咲もー!」
麻衣が呼んでいる。
用件は言われなくても分かった。
前方に分厚い暗雲がたちこめている。
島からの脱出を拒む悪天候と戦う時が来たのだ。














